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そんなよくわからない中途半端に始まる現代パロですが、それでもいいよという心の広い方はどうぞお付き合いくださいませ。 ---進む---


































ち人たりて


冬休みに入った直後にレックナートのいる田舎へと帰省したルックは、もろもろの家事を2日かけて片付けると、冬空の下小さな町駅へと出向いた。 町駅はいつものことながら人が疎らで、他にやることがないとでも言うように駅員が熱心に塵取りと箒で落ち葉をかき集めている。古い趣のある建物がどてっと横たわっていた。
その入り口で、防寒具に身を包み、白い息を溢しながら、ルックは仁王立ちで待ち人を待っていた。
たまに小石を蹴ってみたり、通り過ぎる人や車を眺める。早く家を出過ぎて暇を持て余していたルックであった。
付近にはコンビニや喫茶店と時間を潰せるところがなく、駅の隣にパン屋がひとつぽつんと立っているぐらいで、一番近いコンビニでも3分はかかる。その上道筋が一本違うせいで駅の様子がわからないから、ルックは仕方なく入り口の前に陣取って待ち構えるしかなかった。
寒い。来るなら早く来なよ。
心の中で文句を連ね、待ちに待った汽車がホームに入ってくるとのアナウンスを聞いたルックは時計を見、そろそろかと改札向こうに見えるホームをじっと見つめた。
どこかで踏み切りの音が聞こえて、2両の汽車が駅へと着く。シュッとドアが開いて外気の冷たさに肩を震わせながら乗車客がぞろぞろと出てきた。
ルックはその流れを見つめ、待ち人を探した。その姿を確認出来ないことが妙に落ち着かず、こんな風に感じるのも初めてで。
そういえば駅で人を待つというのも初めての事だというのに気付いた。ああ、なんだ、だから出て来る時間も間違えたのか。
そんな事をつらつらと考えていると、視線の先が待ち構えていた人物を捕らえた。
シーナ曰く相手には全く不自由しない容姿の男が、何度か辺りを見渡して、やがてルックと視線がぱちりと合うと、黒目黒髪の男は途端顔を緩ませてひらりと手で合図をする。
改札をくぐって近寄って来た待ち人にルックは思う。なんでそんなに嬉しそうなんだ。

「久しぶり、ルック」
「…知ってるかい。まだ3日しか経ってない場合は久しぶりって言わないってこと」
「まあそうかもしれないけど、毎日学校で顔を合わせてた分、すごく久しぶりって感じがするんだよ」

確かに。
この男とは学年がひとつ違うが昼はシーナやフッチを入れて4人で過ごすから、最低でも1日1回はこの男の顔を見ることになる。連休も家に押し掛けてくることが多い分顔を見ないこともそうなく。
ルックも姿を見つけた瞬間の安堵感を思い出し思わず頷きそうになって、発車のアナウンスに我に帰るとぶんぶんと振りほどくように首を降った。ルック、と不思議そうにする声はこの際無視する。



ユンファ・マクドール。
それが客人の名前だった。ルックとの間柄を分かり易く言えば同じ学校の一年先輩で、あともうひとつ付け足すなら男同士だが付き合っているから恋人という関係だ。(あんまり強く意識したことはないのだけど)
まあそのユンファが、突然ここに来ると告げてきたのはつい3日前のことだった。てっきり冬休みの間田舎へ帰ることを知っていると思い終業式の夜に電話で明日からしばらく会えないと伝えれば、ユンファが存外びっくりしたように言葉を詰まらせる。
なんだ? 直接会わなきゃいけないような用事あったっけ?
そう考えながらも思い浮かばず、空返事ばっかり寄越して動揺を隠しきれない相手にルックは溜息を吐く。妥協してなんぼだ。

『…そんなになんか納得いかないって言うんなら、こっち来る?』
『行く』

即答だった。
…自分から誘いは掛けたものの、帰省している実家にお邪魔するっていうのはちょっとばかし図々しいなと携帯片手にちょっぴり遠い目をしたものだ。



「ねえ、さっきから気になってたんだけど、アンタ何持ってるの?」

駅から実家までの帰路の中で、ルックはずっと気になっていた物へと視線を転じて問うた。ユンファはルックの視線を追ってああこれと片手の物を持ち上げる。男が持つには不似合いな大きめのバスケットだった。

「グレミオ特製シチュー。突然ルックの家にお邪魔するって言ったら、お世話になるのだから何も持たずに行くわけにはいきません!って怒られた」
「…で、お得意のシチューを持たされたってわけ…」
「そう。駅で何か買っていくって言ったのに、気付いたらシチュー持たされてた。ごめんな、日が持つ物の方がよかっただろうけど、味の方は保障するから」

申し訳なさそうに言われたが、ルックの頭の中では別のもやもやがぷわぷわと大きく膨らんでいた。もやもやにはシチューの鍋が入ったバスケットを膝に抱えたユンファが、ちょこんと汽車の椅子に座っている姿が映し出されている。
なに。アンタシチューに運んできたの。バスケットかわいらしく抱えて。アンタが。
急に目の前の男がかわいらしく見えてきて、ついでに腹を抱えて笑い出したい衝動に駆られたルックであった。そんなことを思ったのは初めてだった。
こいつがねえ、とユンファをじろじろと見つめ、最後に顔を見上げたルックは小さくぷっと吹き出す。するとユンファがぽかんと口を開けた。

「…ルックが笑った…」
「は。何、その失礼な言い方」
「純真に感動してるんだよ。いや、でも、すごくい……、いやいい」

バスケットを片手にユンファは自らの口を反対の手で覆い、あーとかうーとぶつくさ言って上や横へと視線を泳がせている。

「いろいろと破壊力抜群だからちょっと困るかも」
「…僕から言わせてもらえばアンタの言ってる意味がちっともわからないんだけどね」

妙に気分が浮ついてルックが視線を前に戻してたたっと歩調を速めれば、慌てたようにユンファも早足で付いてくる。いつもと逆で、なんだかこしょばゆくて変なかんじだった。ユンファの前を歩いても、この男はこんな風に置いていかれまいと焦って付いてくることはない。悠然と大股で闊歩していつの間にか隣にいるのだ。だからいつも置いていかれるのはルックの方で、こんなこと滅多にない。それがなんだかすごく面白かった。
ルックは態と早足で歩き、しばらくすると歩調を緩めてユンファを追いつかせると、また早足で歩くという意地悪な行為を繰り返した。まるでカルガモの親子だとルックはこっそり口角を上げる。
何度か繰り返したところで、さすがにユンファから「ちょっと、ルック、」と非難の声が上がってルックは足を止めて振り向いた。すぐ後ろに居るのかと思ったユンファとは、気付けばちょっとばかしの距離があった。そっか、アンタシチュー持ってたんだっけ。さっきの衝動が胸の中を擽って口元が緩んだ。結構な重さはあるだろうし、こぼれないように気を配って歩いていたのだろうとルックはひとり頷いた。

(それに、アンタ道知らないしね)

そう、初めての場所だから道を知らなくても当然。ユンファが焦ったようにカルガモの雛よろしく追いかけてくるのもきっとこれが理由で、変なの、とルックは追いかけてくるユンファを見る目を細めた。
ルックの見慣れた景色の中で、ひとり異色のユンファがいる。まるで合成写真のようだった。ありえない物とありえない物をくっ付けたような、居るはずのない場所に居るはずのない人間がいる。それがすごく奇妙で、今更ながら彼はここへ来たのだとルックは実感した。見慣れた景色に見慣れない人間がいる違和感。しかも大変困ったことに、ルックはその違和感が嫌じゃなくて、むしろ喜んでいる自分がいるのだ。
こういうふとした時に実感する、じわっと広がっていく温かい感情をどうしたらいいものかわからなくて、でもどうにも出来ず、むっと眉を寄せて困り顔をしたルックはユンファが追いつく前に踵を返してまた先へと進んだ。
変なの。こいつと出会ってから、いろんなことに気付かせられる。今更ながら自覚する、ああ好きだなあ。
ゆっくりと速度を緩めた足取りはもうカルガモの親ではなくて、隣へ並べるように人を待つ足取り、そう待たないうちにユンファが追いついた。