Attention!
- 現代パロ。
- ぼっちゃんとルックは高校生設定で、すでに付き合ってます。
- ルックは遠くの高校に通うために現在独り暮らし中。そのルックが冬休みに里帰りした話です。
- ついでにぼっちゃん付いてきます。(図々しい)
- ぼっちゃんが一割増しでヘタレで、ルックが二割増しでデレてます。
- 軽くこれ誰よってぐらい性格破綻してるかもしれないです。
揺れに揺れて
駅のホームは閑散としていた。ぽつりぽつりと人がまばらにベンチに座って、本なんか読んだり携帯弄ったりして今か今かと汽車を待っている。喧騒なんて冬の寒さに凍えてしまったみたいに静かで、たまに小さな子どものはしゃぐ声が大きく響くだけだ。
いつも人ばかりで埋め尽くされているホームを見慣れているせいかその光景がなんだか物珍しくって、階段近くに備え付けられているベンチで汽車を待ちながら俺はつい辺りをきょろきょろと見てしまう。
その様に隣から呆れたと言わんばかりの溜息が聞こえた。
「なに忙しなく頭動かしてんのさ。やっぱり田舎って珍しいもんなの?アンタ都会がすべてのボンボンだからね」
「…あんなールック、物には言い様があるって俺は強く思うんだけど」
溜息を吐いてルックの方を向くと、毒舌が素なルックは悪いことを言ったとは思ってなくて(まあ実際都会から出たことないからその通りなんだけど)きょとんと翡翠の目をぱちぱちと瞬きをしながら首を傾げた。
かわいいな、と不愉快さがあっさりと簡単に散ってしまうのは惚れた弱めとかなんとかだ。ゴホンと咳で誤魔化して冷たくなった手を上着のポケットに突っ込んだ。
「珍しいっていうかなんか見慣れていないから新鮮。あっちみたいに人でごった返してないし早足じゃないしさ、何かいいよなこういうの。静かだし、ゆったりと時間が流れる感じがして」
「ふーん、都会に慣れてるとそういう風に感じるんだね。僕は逆に引っ越したときは人の多さにげんなりとしたけどね。どこへ行っても人ひとひと、偏りすぎてんだよ」
「はは、その塊の中に移って来たルックが言えた事じゃないだろ? でも俺は嬉しいけどな」
「なにが?」
「ルックが来てくれて、よかった」
自然に出てきた言葉をそのまま言うと、口元をマフラーに埋めたままルックがちらりとこっちを見、ふいっと顔を背けた。
「別にアンタのためじゃないし」
拗ねたような口調に、こういうとこがツンデレなんだよなーなんて思って、可笑しくて笑った。
そこでなんとなく会話が止まってまた辺りを見るのに夢中になっていると、ぴゅーっと吹き抜けた風に身を縮ませたところでちょうどタイミングよくホームに汽車が滑り込んできた。一両のかわいらしい乗り物だ。
ルックの育ての親から頼まれた使いの荷物を持って車内に入ると、ルックがボックス席に座る。後に続いて隣に腰を掛けた。
ふたりでボックス席を使うのはちょっとだけ気が引けたけれど、この時間帯にこの方面に乗る乗客は少ないらしい。ルックが言う通り発車時刻になっても車内はがら空きだった。
「…窓からの隙間風が憎らしい…」
「まあ確かにこうも暖められてるとな。席窓側と変わろうか?」
「ううん、いい。ちょっとだけそっちに詰めて」
「ん」
車内にはほどよく暖房が効いていて、俺は通路側に出来るだけ寄ると同じようにルックも詰めて窓との距離をとった。一時的でもせっかく暖かい空気に包まれているのだから外の寒さは忘れておきたいものだ。
と、俺との間に置かれたルックの手がふと気になった。その手がぽつんとあって寂しそうに見えた、なんて言うと聞こえはいいけど、結局は俺がその手に触れたかったのだ。こっそりと他の人から見られてもわからないように重ねる。ルックのことだから眉間にしわ寄せて怒るか何してんだよと手を振り払われるかと思ったけれど(これでも恋仲…)、そのどちらもなくて、あれ?っと俺は不思議に隣のルックを窺うと、ルックは手が重なっていることなどてんで気付いてないようで小さく欠伸をしていた。そういえば夜遅くまで本読んでたって言ってたっけ…。
(いやだからってこの無反応はどうなの? 俺への興味なんか眠気に負けたてこと? それとも気にしないほど受け入れられたと喜ぶべき? いや、でも、やっぱり、この場合どっちにしたって面白くないよな…うん)
呆れたらいいのやら拗ねたらいいのやらどうとにも処理できない感情に頭の中がストップしている俺の目の前で、今にもルックの重たい瞼がくっ付きそうに持ち上げられたりゆるゆる落ちたりしている。
(無防備だなあ)
俺は重ねた手を一旦離し、ルックの頭をぽんぽんと軽く撫でるとくいっと軽く肩を引き寄せてルックを凭れさせた。
こればっかりはしょうがない。これもやっぱり惚れた弱みというやつで。『俺がそうしよう』と思うのではなく勝手に体のどこからか分泌されたモノが、勝手に脳をそういう気分にしてしまうのだから仕方ない。まったく相手の一挙一動で浮いたり沈んだりだ。
とかなんとか言いつつ、本音俺が触れていたいだけだったりするが。
目をこしこしと擦りながら、やっぱり何の反応も寄越さないルックはぽつりと夢心地で呟く。
「ねえ、アンタこんな田舎に来て暇じゃない? 現にこうしてレックナート様のお使いに付き合わされてるしさ」
「いやそうでもないよ。見慣れないものが見られるから結構楽しいし」
それにあの頼み事は図書館寄ったついでだから、大した事ではない。
「…なに、そんなに田舎に来たかったの…」
「なんか言った?」
「別に。変わり者って思っただけだよ」
ごめん限界、駅に着いたら起こして。
ついに眠気に負けてしまったルックはそう言うと、全体重を俺に預けて夢の世界へ旅立ってしまう。
肩に重みを感じながらちらちらと車内を改めて見てみると、やっぱり乗車客はまばらで、一両の小さな汽車はごとごとと荒く振動しながら進む。
最初の駅へと着いても人は乗ってこなかった。空いた瞬間の冷たい空気しか入ってこない。なんだかなあと思う。普段住んでるあの町では考えられないことで、こんな静かな公共の乗り物は初めてじゃないだろうか。まるで貸切だ。
(向こうの人並みが普通だと思ってたから、驚きだよな。こんなにも人がいなくてこうも違うのか)
あそこは都会だったんだと再認識してしまう。だから物珍しかったり驚いたりして、興味が失せない。ルックはここには何もないから暇しているんじゃないだろうかと懸念しているみたいだが、見慣れないものを見るというのは想像以上に楽しいものだ。
それに、もっと楽しいものもある。
それは当然俺の肩に寄りかかって寝ているこのツンデレ少年。
ここに来てからというもの、ルックの様子を観察してしまうのが習慣にもなっていた。
故郷に帰って落ち着いているのだろう、普段なら考えられないような安心しきった行動をルックは見せてくれる。
表情がいつにもまして穏やかなのだ。
気を張っていた猫が自分のテリトリーに帰ってきて寛いでいるとでも言えばいいのだろうか。
人が少ないと言っても汽車の中、誰彼が居るにも関わらずこんなに無防備に眠るルックなんて初めて見た。口調にだって普段のような尖る棘はない。
いつもと違うルックを見れただけで、俺はここに来た価値があったと思う。クリスマス前にも関わらず図々しく押しかけた甲斐はあった。(ルックの方からしたら迷惑だろうとは反省している)
(でもやっぱり、どんな姿でも知りたいもんな)
口では言わないけど常にそう考えてる。全部を知っておきたい、とまではいかなくても、知りえる範囲ならやっぱり知りたいんだ。
そうルックに言ったならきっとこう返されるだろう。一言、傲慢だ、と。
簡単に想像できて思わず笑ってしまう。俺だって他人にこんなことを求めているなんてすごく不思議なんだから、勘弁してくれよ。
温風にそよそよ髪が揺れて、つい欠伸が漏れた。
やばい、眠たくなってきた、なんて一息ついたらアナウンスで次が降車駅だと言う。
起こさなきゃな、と横を見ると、すやすやと眠っているルックの姿。
……そう言えば、こんな明るいところで寝顔を見るのは初めてだった。
ついまじまじと見てしまい、気付いてしまえばなんだかとっても起こすのが躊躇われる。
ああ、どうしよっかなー。起こさなきゃ怒るよな、ルック。
そうこうしている間に汽車はホームへ滑り込む。ドアが開いて北風が一両の中を駆け抜けた。
それでも止まった衝撃にも急な寒さにもルックは起きる気配すらなく、こくこくと眠り続けている。
あどけないその顔を見ていると気が逸れた。
「ま、いっか」
窓から駅名の看板をぼんやり見ていれば、やがてドアが閉まり汽車はまたゴトゴトと動き出す。
結局降り損ねてしまったが、まあ次の駅までぐらい寝かしといてあげようと妥協したユンファである。次の駅まで10分あるかないかは知らないが、今はこの眠りを守っていよう。
その際のルックからの文句ぐらいは覚悟しておこう。
再び温かさと隣の寝息に包まれて、俺は妙に甘ったるい感情を胸の内に巡らせて目を閉じるのだった。