Attention!
- 現代パロ。
- ぼっちゃんとルックは高校生設定で、すでに付き合ってます。
- ルックは遠くの高校に通うために現在独り暮らし中。そのルックが冬休みに里帰りした話です。
- ついでにぼっちゃん付いてきます。(図々しい)
- ぼっちゃんが一割増しでヘタレで、ルックが二割増しでデレてます。
- 軽くこれ誰よってぐらい性格破綻してるかもしれないです。
ここだけのはなし
クリスマス当日、夜はそれなりに豪勢な料理を並べるから当然それなりの食材が必要になってくる。だから味も品揃えもいいものを買いに行くのは近くのスーパーじゃ事足りなくて、この日ばかりはちょっと足を伸ばして離れた店へ買いだしに行かなければならない。
そのために使う交通機関は毎年汽車だった。歩くには時間が掛かり過ぎるし、ここだけの話実は自転車にも乗れない。
(乗れないとは言ったけどさ……、)
軽快に風を受けて進んでいくアルミ製の乗り物にガタゴト揺られながら、ルックは汽車よりもゆったり流れる景色をぼんやり眺めていた。目的の場所に着く間はそんなことぐらいしか出来ないから、土手のサイクリングロードから見える夕焼け色の川を見ている。
何度もいうようだがルックは自転車には乗れないから、今必死にぺダルを漕いでいるのは何を思ったかわざわざ労力を払うことを買って出たユンファだ。
舗装の荒い路面に乗り心地はあまりいいとは言えない。時たまチリンチリンと無意味にベルが喚いて、カゴの中の荷物も跳ねる。卵が入ってなくてよかったと安堵しながら、落とされないようにと回した腕を握りなおした。
「ねールック、なんか喋って?」
「なに、藪から棒に。なんかって急に言われても困るんだけど」
「いやだって静かだと寒くてさ」
ただ漕いでるだけっていうのも余計疲れるし。そう言ったユンファははぁーと白い息を吐いて、寒いねと呟いた。川の近くだから吹く風も一層冷たい。確かに、じっとしていたら風の冷たさとか気温の低さとかばかり気にしてしまう。話していた方が幾分気も紛れるか。じゃあねえとルックは話題を探った。
「じゃあ朝にも言ったけど、今日はレックナートさまのところに人が集まるからちょっと騒がしくなると思うんだ。初めての人ばっかりで居心地悪いかもしれないけど、アンタ社交性高いから大丈夫…だよね?アンタも来てるからってことで控えてもよかったんだけど、こればっかりは毎年恒例のイベントみたいなものだからどうにも出来なくてさ」
「それは突然押しかけた俺が悪いから全然気にしてない。というか聞こうと思ったんだけど、どんな人が来るんだ?」
「レックナートさまの姉さんと、近所の女の子。あと僕の兄さんも来るよ」
「え?!ルックって兄弟いたのっ!うわ、初耳…。何歳差?大学生とか?」
「ううん、歳は一緒。双子なんだ、僕ら。顔もそっくり、外見だけでいったら目の色が違うぐらいだよ。性格は…まあ会ったほうが早いと思う」
「へえ。そりゃ楽しみだ」
本当に楽しみだと言わんばかりにユンファの声音が弾んでいるのが背中越しに窺えて、ルックはそこでちょっとばかし面白くなくなる。
正直な話、あまりユンファに兄を紹介したくはなかった。
背格好、ましてや一卵性の双子だけあって顔は瓜二つだから、認めたくはないがユンファの目がそちらに向くというのはどうかんがえても好ましくはない。
(…別に嫉妬してるってわけじゃないけどさ)
兄のササライはルックより協調性も人当たりも良くて、ほとんどがルックと真逆だった。だから顔が同じでも性格の良さがプラスしてあっちに勝ち星が付いてしまう。(でも性格がいいとは言わない。手放しで誉めるのも癪だから)
簡単に言えば、会った場合ユンファが向こうに傾いてしまうのではないかとちょっと心配なのだ。
ふたりとも人見知りするタイプではないからすぐに打ち解けてしまうに違いない。
(…考えるのヤメた。そんなこと心配するだけで不毛だ)
バレないようにこっそりとため息をついて、なんとなく途切れてしまった会話を再開すべくルックは話題探しに思考を巡らせた。自分が話題を探すなんて殊勝だ。
と、ルックはふと今日見た夢のことを思い出した。あまりよくは覚えていないが、かなりファンタジー溢れる夢だった。モンスターとでも言うような奇妙な生き物を、赤い服を纏ったユンファが変な長棒をくるくる巧に操って次々に薙ぎ払っていく。その後ろでこれまた見たこともないようなよくわからない服を着込んだルックが、杖みたいなものを掲げて何やら呪文を唱えている。繰り出されるのは目に見えるかまいたち。一瞬で血の海と化す様を、夢の中のルックはぷかぷか空中から浮かんで見ていたように思う。辺りが静かになったのを確認すると、ぴしゃりと血を含んだ地面を踏んでユンファがルックの元へ戻り、その体に怪我がないのを見遣ると返り血の付いた顔でにっと笑いルックの腕を掴んで促す。夢の中でも鮮明に聞こえる声。
『行こう。ルック、死ぬなよ』
まるでそれが合図だとでもいうように、そこで目が覚めた。起きた瞬間どこか懐かしいようですんなり落ち着かない高揚に、すっきりしないながらも、ルックは思った。
今度からファンタジー小説読むのを控えよう。
「ねえ、アンタ生まれ変わるなら何になりたい?」
「え、そっちこそ藪から棒になに?」
「アンタが話をしろって言ったんじゃないか。ほら、早く」
「いやしろとは言ったけど話題が話題だけに唐突だなあーっていうかさ。つーか、生まれ変わる、ねえ…」
うーんとユンファは唸り、ぽつりと、鳥とか、と言った。
「鳥?」
「うん。いろんなとこ行って飛んで、人間じゃ見えないような世界を人間じゃ見えない目で見たりとか。やっぱ安易かな?そこに鳥が飛んでたからいいなーって思っただけなんだけど。っていうか、質問が質問だけに急には思い浮かばないし」
「…でも、なんか、世界を見たいっていうのはアンタっぽい。動物に例えたらアンタは絶対犬系統だと思うけど。狼とか」
「俺のことをどう見てんだよ。じゃ次ルックの番。ルックは生まれ変わったらなにをご希望で?」
「僕?」
うーんと今度はルックが唸る番で、適当に答えればいいのに何故か律儀に真剣に考えてしまう。
考えて考えた末に浮かんだ答えに、浮かんだは浮かんだで告げるべきかルックは悩んだがクリスマスだから、とよくわからない弁解を心の中でしつつ素直に吐いてみることにした。
泳いでいた水鳥がぽちゃんと餌を捕るために水の中に潜る。
「僕はアンタになりたい」
「え、俺?」
「うん」
告げた瞬間驚いたユンファが自転車にブレーキかけて停めようとしたから、そうなる前にちゃんと漕いでよねと先手を打つ。ユンファは、あ、うん、とかどこか上の空で呟いて結局ペダルを続けて回し始めた。互いに顔を見ずにいるから素直に言えるのに、後ろを見られて顔を覗き込まれて、なんで、とか聞かれたらたまったものじゃない。
「で、なんでまた俺?」
自転車を漕ぎながらやっぱりの顔を見ずに問いかけられた声に、ルックはほっとしながらユンファがなりたいと言っていた鳥を仰いだ。塒に帰るのだろう、空高く二羽の鳥が飛んでいる。
「アンタが鳥の目で世界を見たいって言ったように、僕もアンタの目で世界を見たい」
だってなんだってアンタは僕に持ってないものを持っている。いつも越えるのは躊躇して立ちはだかる壁をユンファはすんなり飛び越えて、手を伸ばして助けてくれる。それが悔しい反面、すごく羨ましかった。惹かれてる。
こんなことこんな場所で再認識するようなことでもないんだけど、きっと昔からそう思ってる。
「それ言うの、反則に近いよルック…」
あーあ降参とばかりにユンファが笑いを含んでそう言って、前に回したルックの手にユンファが一瞬手を重なる。けれどふたり乗りはバランスが取りにくいから、冷たい手はすぐにハンドルへと戻っていった。
「ルック、自転車停めていい?今すっごく顔見たいんだけど」
「ダメ。ただでさえ時間が押してるっていうのにこれ以上遅れたくないね。それにアンタ何するかわかんないし」
「何するって、そりゃー抱きしめたい」
「ば、絶対ダメ!ここどこだと思ってんのさっ!外だって意識ある?!」
「まあそう照れるのがルックのルックたるところ、ってあいた。叩くなよ。というかルック、さっきの答え訂正していい?」
「なに?」
自然と答えるつもりがむすっと拗ねたようになってしまって、ルックとしては悔しいばかりだ。それでユンファが笑う気配がするから尚更。
ユンファにだけだ、自分の感情が上手くコントロールいかないなんて。でも彼の声だけが奥深く響くのもまた事実。その声で、ユンファは言った。
「俺さ、生まれ変わったら鳥じゃなくて、やっぱりまた俺になりたい」
「…なにそれ、」
生まれ変わりってことはイコール憧れのものってことじゃないのだろうか。
(自信はやたらあるやつだとは思ってたけど、こいつそんなに自分大好き人間だったっけ…)
思わずぽかんとユンファの背を見てしまうぐらいには驚いたというか衝撃の言葉だったルックは、チリンチリンと鳴るベルの音にハッと我に帰ってユンファの背中に顔を埋めた。
すぐ横を反対方向から来た自転車がすれ違う。なんとなく顔は見られなくなかった。
するとほんのちょっとだけ、くっつけた部分が温かい。上着の上から体温が感じられるなんてどれだけ平熱が高いんだと心の中で毒づくルックであったが、そういえばユンファは延々と自転車を漕いでいるのだから体もぽっかぽっかなんだろう。
(なんだ、さっき寒いとか言ってたけど、ただ座ってるだけの僕の方がよっぽど寒いんじゃないか)
だからこれは寒いからだと言い訳をしつつ、ルックは角度を変えて今度は耳をユンファの背中にくっつける。木地の厚い上着を着こんでいるせいか風が耳元で騒ぐせいか、ちょっとだけ期待していた心音は聞こえなかった。いつもなら抱き込まれた時に少しだけ早い鼓動を聞くことが出来るのに。かぎ慣れてしまった匂いとか直接響く声だとか、不本意だから言ったことはないが実はすごく安心する。
「…ああそっか、アンタになるとこの匂いもわからなくなるのか。自分の体臭ってわかんないし」
「え、なんか言った?聞こえなかったんだけど」
「別になんでもないよ」
もしかしたらユンファがさっき訂正した答えの理由もこんなのじゃないかと思ったらなんだか悪くはなくて少しだけこしょばゆいルックは、変なこと考えてると自覚しながらも回した腕にぎゅっと力を込めて背中に額を引っ付けた。
「じゃあ僕も訂正する。僕も、生まれ変わっても僕でいたい」
そしてやっぱりアンタと居たい。
存外素直な言葉に、ユンファががっとペダルに力を込めて、だからさ、とどこか困ったような口調で言う。
「反則だって言ってるんだけど」