Attention!

本当に好き勝手やってますが、まあ暇つぶし程度にでも付きやってやるよ!という寛大な方、構ってやってくださいませ。 ---進む---


































Song Of Crow


怪盗の名を宿星という。神出鬼没で、世間じゃあちょっと騒がれている輩だ。狙う物は宝石の類、どれも星の名が付いているものばかり。今まで盗み取られた盗品はちょうど十五を数えたところで、面目丸つぶれの警察たちは躍起になってその姿を探しているとか。しかし何故か目撃情報は聞くたびに毎回違っていて、それも手を焼く要因のひとつとのことだった。怪盗とは似つかない大柄の男だと報じられれば、次の犯行では青いバンダナをしていた青年だと言われ、かと思えば短髪の女、四度目の犯行では黒髪の少年だったと目撃者は語る。犯行の度に目撃情報が異なることから、警察は組織的な犯行だという見方だ。けれどそれだけで、すでに十五回も逃げられ、毎回異なる多様な犯行手口に捜査は一向に手詰まり状態だと、メディアはどこか面白がる風に報じていた。

「ってかなんで毎回目撃されてるのさ…」
「ルック、何読んでるの?」

表面の文字を適当に拾っていると影が落ちて、ひょっこりフッチが覗き込んできた。
ガタリと空いていた前の席の椅子を拝借して、椅子を跨ぐように後ろ向きで座る。ちなみに今は授業中。黒板には書きなぐった大きな字で自習と一言だけ書いてある。監督の先生はそれだけ書くとどっか行ってしまったから、自然と僕らのクラスはこの一時間弱放置されたということになって今じゃ大天国の賑わいだ。まあ眠たい授業を受けないでいいからいいけどね。
フッチは机の上に広がっているのが雑誌だと気付くと、へぇと感嘆した。

「週刊のゴシップ誌。珍しいね、ルックでもそんなの読むんだ」
「暇潰しだよ。あることないこと書いているからね」

パタンとすでに読み終えた雑誌を閉じると、表紙には『宿星の謎!』という特集の見出しが目立つ赤い字体で記されていた。大々的にうたっている割には当たり障りない内容だらけだったけど。
ああ宿星ね、とフッチは呟いてペラペラとページを捲った。

「また犯行予告が出されたんだってね」
「らしいね。ニュースも人の話もそればっかりで飽きた」

現に今クラスでも怪盗の話題が飛び交っていて、特に女子がざわついている。目撃情報に顔が整った男だったとの話があったからだ。女の子というのは面食いだ、とどっかの馬鹿息子が言っていたのを思い出す。けどまあ、顔が整っているというのは強ち間違いじゃあない。

「そういえばさ、ルックって入ってる?」

雑誌に目をやったままちょっとだけ声を下げたフッチに、僕も視線を合わせず窓の外を眺めて頷いた。主語がないのはわざとだ。何でもないように続ける。

「入ってるよ。どっかの馬鹿が風邪なんてひくからね」
「はは、タイミング悪いよね。でも彼もきっと悔しがってるよ。好きだもん」
「毎回はりきってるよね、あいつ」

今日は休んでいるだろう、本来なら居るはずの隣のクラスへ意識だけ向ける。
と。おーいフッチ、と呼ぶ声が聞こえ何?とフッチが席を立った。去り際に雑誌を押し付けていく。こんな時だけ妙に勘が働く彼は、いらない忠告をも僕に押し付けていった。
興味本意もほどほどにしときなよ。
むっと直ぐ様睨み付けてもフッチはすでに他の奴らと話し込んでいて、空しく背中を見つめるだけだ。
机の上に放り投げた雑誌を恨めしく見つめ、はぁと息をひとつ逃がした。結局こんな雑誌を読んでも欲しい情報のひとつもなかった。いや、あっても困るのだが、もしかしてという期待を抱いていた分虚しいものである。マスコミも大したことはない。
空を見ると天気は晴れ。この空が暗くなるのを待ち遠しいと思っている僕は、きっとどうにかしているんだ。


******


宿星。
実は多々の目撃がありながらも証言に一定性がないのも仕方ないことだった。
組織的に働いていると警察は見ているが、警察が思っているよりも規模は大きい。
組織人口108人、すべて宿星の一員である。
しかし、全員で盗みをやるわけではない。きっちりと能力を活かした役割があって、大抵は一つの盗みに七人ぐらいが選抜される。実行班はその内の四人ほどで、組織人は多くても少数精鋭というところだった。
僕はどちらかというと盗みに入る建物の経路やセキュリティを調べるサポート役で、実際の犯行時に居合わせることはそうない。調べた内容を送って、そこで僕の仕事は終わりだ。
…のはずなのに、どうしてか今日は現場に出て来ている。あいつ、サスケが風邪で蹴ったおかげでメンバーが足らず潜入に専念したいから、バックアップをしてほしいとのことだった。
だからこうして、美術館に隣接する公園の隅でペンライト片手に地図を広げているわけだ。

「ここは廊下が広いけど、警備員が見回るぐらいでセキュリティは敷かれてないから突っ切っても大丈夫。でも停電にしてからだよ。今日は警官がうようよいるから。あと突き当たりの部屋に目当てのやつがあるけど、フェイクだから、無視して。宝石は暗いところで光るから、停電の間は本物の居場所が自然と分かると思う」
「わかった」

黒髪の少年は立ち上がると大きく頷いた。
少年っていっても歳は多分僕よりふたつみっつ上。憶測だけど。
彼は小型の無線機で他の仲間にいくつか連絡を取ると、着ていたロングコートを僕へと投げ寄越した。

「じゃあ行ってくるね。何かあったら無線で連絡するよ」
「ヘマだけはしないでよね。フォローなんて面倒なんだから」
「はは、わかってるよ。君の強気もこんな時は頼もしいね」

バッと身を翻した彼は、すぐに闇に溶け込んで見えなくなった。
ようやっと僕は息を吐く。彼がいると上手く息が出来ないから堪ったもんじゃない。
彼から預かったロングコートを抱いて、レンガの壁へ凭れた。
本人は去ったというのに頭の中ではまだ彼がしつこく居座っている。いい加減にしてくれ、と思ってもこればっかりは感情の問題でどうしようもなく。

黒い彼。宿星内のコードネームは天魁星、あの歳でも宿星のリーダーを務め、どうも地明星の馬鹿息子とはオフでも顔見知りのある間柄で頭が切れる、僕の知る情報なんてそんなところだった。
仲間の素性を知ることは宿星の中でタブーだ。あくまでも仕事上の付き合いだから、他の仲間の歳も知らなければ名前も星にちなんだコードネームで呼び合うことになっていて知らない。
素性を知らない連中と一緒に仕事なんて気持ちの悪い、と思っていたのは初めだけで、案外知らないからこそ気兼ねなく動ける節もあったりする。思えば僕は他人にあまり興味を持たないたちだった。
そう、持たないはずだったんだ――…彼を除いては。

彼のことは気になって仕方がなかった。それこそ何度かメールで遣り取りしただけで、実際に会うのも五回あるかないかぐらいだ。
顔はよくて頭も切れて、見たところいいとこのぼっちゃん。時々冷徹。でもそれが素の彼なのかはわからない。そこまで付き合いはないし、何よりアイツはどこか仮面を被っているような節がある。素性は絶対に見せていないような、上辺だけで接しているような、とにかく謎の人間だ。そんな男がどうしてこうも気になるのか、まったく、僕が聞きたいよ。
『恋でしょ』
それとなくこれがなんなのか聞けば、フッチは簡単にそう言う。まるで当たり前、何言ってんの?と言わんばかりの口調で、思わず頷いてしまった。…そんなもんか。なんとなくしっくりきたから、多分、そういう事なんだろうと思う。

「恋、ね…」

声に出しても実感も何もない言葉で、男が男に惚れただなんて、何がどうしちゃったのだろうと真剣に不思議でならない。でも同時に、したものはしょうがないのかなとも思って。したものが勝ち、なのか負けなのかはわからないけど、そう居心地の悪いものでもなかった。告げることはしない、想うだけならそう苦しいものでもない。
と、人がそんな感傷に浸っている時にかぎって、事態は急展開するもんだ。
がさっという物音とともに人が上から落ちてきたらそりゃ吃驚もするだろうよ。叫びさえはしなかったがぎょっとした目はしていた自覚がある。空から落ちてきた黒い物はすぐに僕以上の高さになって、もぞもぞとしてから近づいてきた。あと一秒でも声を聞くのが遅かったらきっと蹴りを入れていた。(大した威力はないだろうけど)

「天間星ッ!ごめん、ちょっとトラブルがあった!」
「え、あ、何!なんだ君かっ」

脅かさないでよ、とひっそり詰めていた息を逃がす。
瞬間パッと背後の美術館の明かりが点いて、怒号なんかが響いていきなり騒がしくなった。多分警官や警備員、マスコミの声だ。目で問えば彼はゆっくりと頷いた。そういえばさっきトラブルがどうとか言っていたはずだ。

「獲物は無事取ったんだけど、思っていたより停電の時間が短くてね。どうも自家発電装置を取り替えたみたいなんだ。これじゃ逃げる時間も惜しいから、盗みが成功した時点で他のみんなとは別れた。後は君だけだ」
「何それ、下見が不十分なんじゃないか。今回の時間予測したの誰なの」
「まあまあ。そういう責任とかそんなのは後回し、今はとんずらすることだけ考えよ」
「とんずらってアンタね…、」

と、彼の言う通りそれは後に控えた方がよかったみたいだ。じゃりっと砂利道を踏む音がして、木々の間からライトの明かりが薄っすらと漏れている。誰だよこんな時間に、なんてそんな野暮な質問はしない。警察が横にあるこの公園を見回りに来たのだ。さすが税金を食っているだけはある、仕事が早いじゃないか。
なんて悪態を吐いている場合じゃない。どうするのかと仰ぎ見れば、彼は顔を顰めるとがりがりと頭を掻いた。なんだ、悠長に悩んでいる場合じゃないぞ。

「ちょっと、どうするのさ」
「あーだねぇ。ちょっとヤバいよねー」
「ねえ、聞いてる、…ってちょっと何ッ?!」

むんずっと肩を掴んできて、迫った天魁星の顔は真剣だ。そのままレンガの壁に押し付けられて、なに、ちょっと怖いんだけどコイツ。頭の中じゃてんやわんやで、その奥でちょっと嬉しがってる自分ってどうなのさ。どうなの。

「ごめんね、あとできっちり口でも濯いどいて」

あ、近い。なんて思ったのも一瞬だった。瞬きひとつすれば、距離はゼロになって、唇の湿った感触がやけにリアルに感じられて頭真っ白だ。しかもわざと音を立てるからたまったもんじゃない。そもそもこの状況でコレをやる意味がわからなくて抗おうとすれば、いつの間にかしっかりと手首を縫い取られていた。なんて周到な男なんだ。預かっていたロングコートがばさりと手元から落ちる。
こんなことをしていればここに居るよなんてわざわざ手を挙げているようなもので、おい誰か居るのか、と見回りのふたり組みの警察がすぐに飛んできた。ほら見ろバレた、なんて言うより、僕としては目の前の警察に助けを求めたいぐらいだ。ここに変態が居ます。
なのに僕と彼がいいかんじ(一方的だが)を見た警察は、見なかったことにしようとばかりにさっさと踵を返して去ってしまった。遠巻きに「他所でやりやがれ」と公務員らしかぬ言葉が聞こえてくる。おいおいおい、もっと調べなよ、明らかな不審者だろ僕ら、ちゃんと捜査しなよこの税金泥棒ッ!と僕がキャラを忘れてツッコミを入れたいのも無理はない話だと思う。

「ごめん、大丈夫だった?」

それでもコイツとのキスはよくて、延々とされて僕は息も絶え絶え、彼に凭れかかるしかなくて情けないことこの上ない。しかもしっかりと何気に支えたりされているから、どうしたもんかと思う。この色男め。罵りたい気持ちはいっぱいだが、それより酸欠がひどい。

「咄嗟に思いついたんだけど、成功してよかった。いやからかったわけじゃないけどさ、君って体細いし髪ちょっと長めだし、そういうことしてると勘違いして見逃してくれるかなーとか」
「…なに、じゃああの警察には僕らのことがカップルに見えたってこと?」
「うん、多分」
「さいあく…」

水際に上げられた魚のように口をパクパクさせて必死に息継ぎをしている僕を見、彼は自分の口元を覆ってあらぬ方向を見た。なにさ。
でも本当に最悪なのは僕のほうだ、こんなことをされても嫌いになれないなんて。なんだか悔しくて涙が出そうになった。
今日は厄日だ、と呟くと、彼は困った顔で言葉を投げてくる。ごめんね。その言葉にまた涙が出そうで、ぶん殴ってやりたかった。

しばらく息を整えるのを待つと塀を飛び越えて現場から遠ざかる。少し行った先で足を止めれば、それが合図のようにロングコートを羽織って彼はまた闇に溶け込んでいった。
次にいつ会えるかなんて、わかったもんじゃなくて、盗みの誘いメールも一方的。それでなくても僕の仕事は資料を送るだけで済んでしまう。だから会うことなんてそうない、今日は特別だったんだ。
ああ、コートを返さなければよかった。あれを人質にとって、もう少し話してみてもよかった。
今更気付いてしまったところでどうしようもないのだが。

ふっと夜風を吸い込んで吐き出した。あともうちょっと待ってみようか。そしたら朝が来てまた平凡な一日が始まって、すべてが夢になる。それがどうしようもなく寂しいなんて、僕も大概夢想主義者だ。でもせめて忘れる前には、名前ぐらい知っておきたかった。ピピッと腕時計のアラームが鳴る。計算さえ狂わなければこの時計が鳴った時点で解散の予定だったのだ、でも確かにそれは夢の時間の終わりを告げてくる。僕はゆっくりとそのスイッチを切った。

「…なんなのさ、」

本当に、なんで、あんなこと。
今日はどうしようもない泣き虫で、困った。