愛した傷が癒えてゆく


彼の背はそれこそ戦いを経験した者の背だった。
歳は取っているといっても不老である身体、少年と青年の中間地点という微妙な間柄に立ちつつも、決して大人の体格ではない姿、けれどその背には格好と似つかない傷跡が多く残っている。
彼がひとつの戦争を生き抜いた証でもあった。
矢先が掠ったような線の傷、剣で切りつけられた深い傷。
当時は生々しかったであろうその傷たちは、今では痕としてまだ存在していた。
あの戦いからもう長い月日が流れたが、その傷跡が消える気配はなく。
多分このまま一生残るのだろうというのはわかりきったことで。
痛みはとっくに消え失せているというのに、痕ばかりが残る。
ベッドの脇に腰掛けているユンファの、自然に向けられたその傷の背をぼんやりとルックは見つめていた。
自分の軟弱な身体とは違う、しっかりと鍛えた身体。なぞるように触れれば、見た目以上にその違いが痛感できる。

「傷、多いね」
「まあな」

ぽつりと零すと、ユンファは少し苦笑した。

「気になるか?」
「別に。こんなに傷があるの、きっと君がいつも普段と変わらない軽装で乗り込んでいったからだろうね。戦争だって言うのに鎧のひとつも付けないから」
「動きにくいから嫌いなんだよ。馬も遅くなるしな」

過去の場景も交えながらの、他愛もない話。
ひとつひとつの傷痕を下からぽつりぽつりと映していくと、ちょうど会話が切れたあたりで、ある傷に目が留まった。
横向きに見上げていたルックは、シーツからゆったりとした動作で手を持ち上げ、その傷に触れる。
背に残った、引っかいたような赤い細い線と、小さな傷。痕になるようなものではなくて、表面的にしかないもの。
交わった際に、ルックが付けたものだった。
縋りついたときに付けてしまったのだろうその小さな傷は、けれどもうほとんど消えかかっている。
痕が残っている傷と比べればないようなもので、実際うっすらとしか見ることができない。
傷痕はどれほど月日が経ってもあり続けて、戦いの証をその背に刻み続けているというのに、ルックが付けたこの傷はやがて消える。
初めからなかったように。

「……………」

―その時胸に沸いたものは一体何だったのだろう。
彼を傷つけたいわけでも痕を残したいのでもないのに、けれど感じた物悲しさ。
しかし、

そこにあるのは確かに自分が彼に刻んだ証で。
そしてそれがそこにあるという、全身に疼く確かな喜び。


腕をくいっと引っ張ると、ユンファが振り向き少し困ったように笑った。
上半身で覆いかぶさってきて、腰を捻ったような状態で口付けられる。
深いそれを受けながら、ルックは首に手を回し指先で赤い傷をいとおしそうになぞった。