4月1日エイプリルフール。
どうせだからと、哀れなほど自分も天邪鬼になって満喫してみた。


結構嘘吐きも嫌いじゃなかったりする



基本ルックの言葉は真逆と捉えていい。
俺に関しては――というかあることに対しては、特に。徹底的に。


「〜〜〜〜っ、離れてよ!」

頬に赤を走らせ怒鳴られる。非常に不本意なことだ。
ふと沸いた衝動に従い、実行した結果。壁に両手を付いて間に風使いの少年を閉ざした格好で、どきまぎしながらもルックは冗談じゃないとばかりに精一杯憤慨する。
普段よりも近い距離で、囲う腕の中、ユンファより若干背の低い彼が冷静を置き忘れ睨み上げてくる姿に嗜虐心がくすぶられないといえば嘘になるが、無理強いをしてまでどうこうしようという気はさらさらないわけで。 言葉じゃ伝わらないと判断したのかこの状態をどうにか打破しようと、ルックがユンファの肩をグイッと押して「どいて」ともう一度強い口調で言ってくるものだから。
そんな態度を取られて当然面白くないのはユンファだ。
普段なら照れ隠しかとやや強引に納得してその反応だけで満足するのだが、こうもいつまでも折れずに不可侵の状態が続けられるとさすがに堪える。顔を赤らめてどうしようと本気で焦っている素振りに満更でもないのだろうと思うのに、全部空回っているようでただの虚しい独り相撲だ。ユンファに対するルックの本心を知っているならまだいい。我慢もできるし単なる照れ隠しで天邪鬼だと納得もできる。
しかし迷う素振りを見せても色好い答えがない今―もしかしたらルックですら答えを見つけていないのかもしれないが―、そう会う度会う度一定の距離を置かれて拒まれ続ければ、いくら強気でいても不安になるというものだ。
ユンファはこれ見よがしに気分の降下に合わせて目を細めた。
不機嫌顔だ。それもものすごく。
静かに下がる空気の色にルックは本能的に何かを悟りびくりと警戒する。どうして自分の欲求を聞き入れてくれず剥れるような子どもの顔をするのさ、というツッコミはこの際控えておく。今はどの言葉がこの大きな子どもの神経を刺激するかわからないから、黙っておくのが賢明だ。触らぬ神に祟り無し。
ルック、とひとつ吐息がかかるほど耳元近くで囁かれ、ざざっと全身を何かが駆け巡った。
嫌な汗を掻いてぎりぎりと視線を上げると、非常ににこやかに笑う顔。(いやこの男の場合はそれが怖いのだが…)

「ルック?」
「な、なにさっ」
「そろそろはっきりとしたラインを引いてくれてもいいんじゃないかと思うんだけどな。これじゃ生殺しだ」

いつまでたっても手が出せないんだから、という理由は手前寸前で止めておく。

「生殺しって…。僕は何もしてないんだけど…」

それ以上にアンタが我慢する対象に僕がいるのが不本意だ。

「そうだな。ルックは何もしてないさ。けど何もしてないのが問題なんだよ、この場合。いつまでも答えを出そうとしない」
「……。含んだような言いがかりは止めて欲しいね。言いたいことがあるんだったらハッキリ言えば?」

元より矜持の高いルックのこと、挑発的な言葉にむっと眉を顰め口調に棘が生え出してくる。
何も知らない通行人が目撃すればただいちゃついているだけか、中性的少年がナンパをされているのか、はたまた喝上げをされているのか。そんな誤解を生むような危なげな体勢を継続の中、ユンファが上体を少し屈め距離を一層狭めた。ルックの上に影が落ちる。
退くことのない両の腕と近づいた顔に、忘れかけていたこの状態を再認識してルックは心持ち身を引く――が、背後に冷たい壁があるばかりでどうすることも出来ない。
どうすればいいのだろう、どうにもできないのか、いやしかし。
ユンファはルックの要望に応え単刀直入に、極めて明快にして明瞭に聞いてきた。

「ルックは俺のことをどう思っているんだ?」

真剣の一言である。
ルックにしてみれば触れて欲しくない一言であるだけに、返す言葉がない。無意識のうちにどもってしまう。
ここで嘘でもいいから“アンタなんて興味ないね”。とでも強気に言えば、きっとこの状態を打破できるのだろう。
が、そうできるほどルックは器用ではなかったし、この感情にそう簡単に嘘をつくことも躊躇われた。
結果、数瞬。

「べつに…なんとも思ってないよ…。ふつう」
「…。はいそうですかって納得できない間があるのは確かだな」

はぁっとユンファはぐったりと気を落として息を吐く。
閉鎖的な場所で育ったルックの純真さ―いろんな意味で―はいいと思うのだ、簡単に嘘をつけないという点に対しては。(正直恋愛感情云々男の性っていうのをもう少し理解して欲しいところではあるのだが)
頭上で盛大な溜息を吐かれ、ルックは、無難な言葉を選んだというのになんだ、アンタが言うから今の自分が返せるだけの答えを返したというのに、その態度はなんだと言いたくなるというものである。失礼極まりない。

「なんだって言うのさ、アンタ。っていうか早く退いてくれない?!」
「――――ちなみにルック、今日がなんの日か知っているか?」
「はぁ? 何言って…、」
「4月1日。エイプリルフールだ」

それがどうしたのさ、そう文句をつけようとしたルックが勢いよくユンファを睨み上げ。…言葉を失った。
そこには太陽のバックに漆黒の髪を輝かせて、ひっじょーに愉しそうに笑うユンファの顔があったからだ。こうも長く付き合っていればどうしてもわかってしまう。何かよくないことを思いついた顔だ――少なくともルックにとっては。
――4月1日、エイプリルフール。
つまり、

「脈略ゼロ、意味がわかんない。これ以上僕に近寄らないでよね」
「じゃあ言うけどルック。エイプリルフールっていうのは堂々と嘘をついてもいい日なんだ」
「なにそれ…」
「つまり、この日ばかり俺はルックの言葉を嘘と捉えて、真逆に受け取ることができるんだよ」
「………………。」

対天邪鬼な彼の言の葉を、都合のいい様に解釈できる日なのだと。
ユンファはそれはもうにこりと音の付きそうな満面な笑顔で言った。
言うに、
退いてくれない----------行かないで ○
近寄らないで----------傍にいて ○
などと強引かつ馬鹿げた解釈をしてもいい日だというのか。
そんな馬鹿な…。
どうして僕の言うことが全部嘘になるのだと、そもそも嘘をついても咎められない日であって真逆のことを言う日ではないのだと言ってやりたいことは多々あるようにも思うが。
都合よく解釈しすぎだろう…と脱力感が勝った。
ここでもし「馬鹿じゃない?」とでも言えば、「素敵な考え」と解釈され、「黙って」なら「もっと話して」、「嫌い」は「好き」。
だんだんと頭の中でシュミレーションを繰り返す内、心底面倒に馬鹿らしくなったルックである。いっそ哀れなと同情票でも買いそうだ。

(……………)
でも、とちらりとユンファを目の端に映す。
そこまでなのかと、思う。そう疑心暗鬼すれすれの考えをもってしてまで、言葉が欲しいのか。
この声で、この口から、アンタに対しての想いの名前が。
勝手にユンファがこれまた勝手に解釈の良い様に解釈しているだけではあるが、そうされると居心地が悪いのは逆にルックのほうだ。
ユンファがそこまで不安に思っているとは知らなかった。
にこりと笑う笑顔も少し首を傾げてこちらを見ている様も、すべては不安定な心情の裏返りか。
ルックはごくりと唾を飲む。
見ようによっては、その笑顔も揺れる感情を押し隠す仮面に見えなくはない。
惚れた弱みか、そんな顔をされてはどうしようもなかった。本音、そんな表情なんか見たくはないし、ユンファが不安がっているというのもルックが望むところではない。
少しだけ。少しだけ自分が素直になればいいだけである。

「……ルック?」

黙ったルックをいぶかしんでユンファが覗き込んでくる。
馬鹿、それ以上近寄るな。
そう思っても顔を上げて予想以上に近かったら、きっとこの言葉は言えない。ルックは心を落ち着かせる為に息を大きく吸い込んで吐いた。
よし、気合をひとつ。目は合わせず顔は伏せたまま、強く打つ鼓動と熱い熱には知らないふりをして。

「ぼ、僕は……、」
「…………?」
「僕は…、アンタのこと、好きかもしれない」

言った!
口に出した瞬間一層早くなる鼓動と熱すぎる熱に、隔離していた腕が緩んだ瞬間、ルックは居た堪れなくなってどんっとユンファを突き飛ばし駆け去った。
一世一代のルックの告白である。
こんなにはっきりと、声に出して相手に伝えたことが過去にあっただろうか?いやない。
突然のことに、予想もしてなかった言葉に、残されたユンファは佇んで転移するのも忘れ駆けて行くルックの背を呆然と見ることしかできなかった。


(――そんなこと、言うのか…)

ユンファはぼんやりとする。太陽が眩しい。ちょっと泣きたい気分である。
嬉しさ、にではない。悲しさに。
ルックは大きな勘違いをしていた。ユンファはルックからの示しのなさに不安になり最初は苛ついていたが、しかし妙案―エイプリルフールに付け込み、意味を逆に捉える―ということに関しては、本当にいい考えだと思っていたのだ。つまり哀れかな、ユンファはこの同情をも買いそうな強引な思い込みを考え付いたことに大変満足していたのである。
これでルックからの相手にされない辛辣な言葉にも正面から受け止められるというものだ。
――だから、ルックのその一言が、ユンファに直接響くことはなかった。今日のユンファはすべてを逆に受け止めるのだから…。

「……、そんなに嫌いなのか…?」

普段なら口が裂けても言わない“好きかもしれない”なんて、そんな言葉を言ってまで、嫌いなのだと…ユンファは愕然とする。
すれ違いと言えば切なさをも漂わせるが、如何せんこの場合はただのアホである。


翌日、結局あの日以降部屋に篭ったルックは、どんな顔をすればいいのかわからないという理由とおさまらない熱に、「胸が痛い」と半分嘘で半分ほんとの報告をして休暇を貰った。
待ち構えたユンファはその日ずっと姿を見せないルックに、「引き篭もりになるぐらい、そこまで顔を合わせるのが嫌か…」とげんなりして終始ヤケ酒を飲んだのはまた別の話である。