じゃれあう


「もし会ってもさ、」


彼はそう切り出してコップの酒を飲み干した。すごい、一気飲みだ。向かいのテーブル席へ腰を下ろしている青年は意味もなくそんなことに感嘆する。
人も賑わう酒場はまだそう夜も深くないことからもう一段階ほど喧騒が増しそうな様子で、ある意味昼より賑やかかもしれない。
酒を飲み干した少年が杯を突き出してきたので青年は何も言わず次を注いでやった。
外見と似合わず酒を簡単に胃袋に収めてしまうがまったく酔えないと言う彼も、今夜ばかりは量が量だけにほろ酔い気分だ。
たまにはそういう日があってもいい。青年は止めることなく自分のペースで酒を飲む。少しだけ、俺って友達思いだなと自画自賛しながら飲んだ酒は最高だった。
コップを片手に頬杖をついて、軽く息を吐きながら少年が先ほどの言葉を続ける。


「もし会ってもさ、もしかしたら気付かないかなーとかちょっと思ってみたりしたわけ。実際3年は経ってるし」
「なんだよ、そんなこと思ってたのか? 関わりのない一般兵ならまだしも、相手がお前だぜ。ありえねーって」
「でもいつもの調子で『アンタ誰』って言われたら結構ショックだよなぁーって」


でも覚えてくれててよかった。
そう微苦笑を浮べて彼は酒を飲む。
酒は本音を暴くと気付いたのはどこの誰だろう、多分素面では聞けない少年の弱音、青年は改めて気が付いた気がした。
ああ、こいつでもそんな心配したりするんだ…。
彼の相手が男で、更に彼が類稀なる器用さだから、恋愛に関して心配事なんて皆無なのかと思っていた。
あーそんなことあるわけねえのにな。ちょっとだけ自分を自分で笑って、酒を口に含み青年は妙に清々しい気持ちで言ってやる。


「そう言っても、きっとそれはあいつの照れ隠しだ。ほんとはちゃんと覚えてるって」


そう、所詮はそんなもんだ。あいつがたった3年でお前を忘れるはずがねえよ。
少しでも少年の不安を拭ってやろうと、青年は励ました。けれどこれは慰めではなくて、きっと事実。彼の想い人はどんなことでも彼との関わりなら覚えているはずだろうから。
だから照れ隠しだ。そう言ってやる。
と。
途端彼はコップを机に叩き付け、えらく真面目な顔で言った。焦ったのは青年だ。あのお向かいさん、完璧に目が据わっているんですけど…。少年が構わず言葉を強めて言った。


「そうだ、照れ隠しだ!実は俺はひっそりと、3年経ったんだからルックの性格変わってないかなぁと微かな期待をしていたんだ!
 前は世間知らずの生意気魔法使いだっただろ? だからちょっとぐらい愛想よくなってたら尚更可愛いのにって!」
「………あ、そう」
「でも会ったら驚いて一言、『久し振りだね…』ときた。まああの驚いた顔もよかったんだけど…。んで今度は3年ぶりに日常的に会うようになったらちょっと照れて、『何しに来たのさ』ときたもんだ。びっくりしたよ、知らない間にあんなスキルついてんだもんなールック」
「………」


向かい席の青年は冷静に酒をくいっと飲んだ。
トランの英雄は机に頬杖をつき、熱い息をほおっと吐く。


「…俺、旅して知ったんだ。ああいうの、ツンデレっていうらしいぜ」
「黙れ、この酔っ払いめが」


まだまだ夜は長い。