寒空に星が輝く。
その子どもに出会ったのは、寒い北の地でのことであった。
誰もいない暗い暗い地下でひとりっきり、外が吹雪いているのにも関わらず薄手の布に縋りつき丸くなって、その子どもはそこにいた。
まだ本当に小さな子どもで、突然現れた己をぼんやりとした瞳で見ている。
けれどその手には……いや、その身体の芯からその子どもは真の紋章を宿していて、他の誰とも違って深いところでそれは絡み付いていた。
私欲で人為的に創られたモノだった。
しかしそれは確かに人間だった。
光を映さない目がそう言っている、幼き人の子だったのだ。

「外を見たいとは思いませんか、ここにはない色を見たいとは」

空ろな気配しかしない少年は、そう尋ねてもただ「わからない」と答えるだけだった。
ここら外に出たことはない、見たこともない。だからわからない。ここを出て何があるのかも、それがどんなものなのかも。わからない、知らない。
子どもの中はからっぽだった。今にも消えてしまいそうな希薄さだった。
レックナートは少年へ手を差し伸べ、では、と尋ねる。

「では、人として生きる意志はありませんか?」

ここで紋章の器として飼われるのではなく、ひとりの人として生きる意志は。


少年は、その手を取った。
レックナートはその小さな手を握り返す。



風がいなくなって暫らくの時が過ぎた夜に、レックナートはその時のことを思い出した。
連れだしたあの時まだからっぽだった子どもは、しかし人と関わることで多くのことを知って学び、慣性も考え方も色を増してずっとずっと人らしくなっていった。
誰が見ても人間だ、誰が見てもあの子は人の子であった。

けれどルック自身がそれを否定する。
自分は器だと、所詮は忌々しいあのヒクサクの人形でしかないと言って、悲しく笑う。
誰よりも人の子であったというのに、頑なにそれを認めない。
紋章の入れ物として創られたんだと、悲しいまでに自分に言い聞かせるように言うのだ。それだって人の持つ感情だというのに。
2度の戦争を通して多くの人と出会って、喜びも怒りも哀しみも知っているだろうに。
誰よりも人間で、誰よりも人間らしい愛しい子だ。
愛されていた子だった。


静かで己の他に誰もいない寂しさに染まった塔の、訪れる者もいない扉を叩く音を聞いてレックナートはゆっくりと振り向いた。
扉の向こうに誰がいるか、わからないわけがない。
ほら見なさいルック、貴方を最も愛してくれる人があの扉の向こうにだっています。
貴方はこんなに愛されているのですよ。

「どうぞ、入りなさい」

だから紋章を持って生まれたからといって、それを罪だとは思ってほしくなかった。
それを負い目に感じず気丈に立ち続ける、強い人間であってほしかった。

ルック、貴方は人の子なのです。
立ち向かえる強さをもった人の子なのです。


レックナートはずっと子どもの帰りを待っている。


そのを背負わせるにはあまりにも