何かの祝い事があったのか、多く作りすぎてしまったからと宿屋の女主人が二切れのケーキを分けてくれた。
机の上にそれを置き、開け放った窓の桟に腰を下ろしてユンファはふと思いついたようにルックへ尋ねる。
「なあ、そういえばルックっていつが誕生日なんだ?」
「…さあね」
風呂から上がったばかりのルックはこちらに背を向けて、髪の水滴を拭き取りながら一拍置いてそう答えた。
話すのが面倒くさいという雰囲気でもない。
その間に違和感を感じつつもユンファは方膝に頬杖を付き、何も聞き逃したりしないようその背を見つめもう一度問う。
「ふうん。それは覚えてないってこと?」
「…………」
ルックはタオルを首に掛け、言おうか言わまいか横目でちらりと後ろを伺う。
しかし窓枠に腰掛けこちらを見るユンファの顔があまりにも真剣だった。これは逃してもらえないなとルックは諦めたように息を吐き、その真摯な眼差しに観念した。
「知らないんだよ、自分がいつ生まれたのか。格別喜ばしいことでもなかったし」
紋章を入れておく器として生み出されただけの忌まわしい生だから。
それ以上黙りこんでしまったルックをユンファはずっと見ていた。
ルックは多く過去を語ろうとしない。
その分何かの拍子に垣間見せる合図のようなものを、ユンファは一時も見逃さないように心掛けている。
理由がない限り無理に聞こうとはしない。話してくれるまで、待てるだけ待てばいい。
ユンファはそう思っている。
(けど「格別喜ばしいことでもなかった」、か…)
ユンファは佇んでいるルックにちょいちょいっと手を招いて呼んだ。ルックが首を傾げて勘繰る。
まるで警戒心の強い猫のように一歩も近寄って来ないルックに笑みで息を吐きつつ、ユンファは腰を上げて歩みを進めた。
そして触れ合いそうな距離まで近づくとそっとその体に手を回す。
腕の中でルックがびくりと強張った。
ユンファは笑って宥めるかのようにポンポンと背を優しく叩く。
「こうやってしたら何か安心しないか?」
「…。そう?」
「うん。安心する」
ルックが自分の過去を嫌っているのは何となく知っている。理由は知らないけれど、あまり色良く思ってはいないようだ。ハルモニアが関わっているのは瞭然。
しかし、なのだ。
ユンファは思う。
ルックがここにいる。あの走り抜けた戦いの時、真っ直ぐな翡翠があった。欲しいと思ったことも、かけがいのないものの中でも最も手放したくない。
そんな風に思えるのだって、彼がいたからこそだ。ルックがいなかったら正直今頃、自分がどうなっていたのかもユンファは想像することができない。それだけルックという存在に影響されているのだ、己は。
ルック自身がその生を嫌っているとしても。ルックが生まれてこの世界にいることにユンファは改めて感謝したい。
それを言葉にして言った。
「俺はお前がここにいることに、感謝してる。ルックがいなかったらどうなっていたのか、全く考えられないんだ」
そのことが素直に嬉しい。
「……………」
「だからルック、誇ってもいいんだ。今お前がここにいることを」
堂々と胸を張って。誇ればいい。
ユンファは回していた腕を緩めてルックの肩に手を置いた。揺れるその翡翠の瞳を覗き込むように見つめ、顔を近づけ笑いかける。言い聞かせるように言った。
「誇れよ、ルック」
その言葉がすべてなんだ。
ありがとう、