けなげな木馬
扉の隙間からそっと中を覗いたセラは、そこにルックの姿を見つけて身体中を鞭で打たれたような衝撃を受けた。
こんな夜遅くにまであなたはひとり戦うのですか。それは切ないほど幼子の胸を打つ。
彼と彼の師と自分、三人での島暮らしの中でセラはルックが時折見せる絶望さにちゃんと気付いていた。
声なき声で苦しんでいる、そう言えばいいのだろうか。人の思考を読み取るのに長けているセラには、ルックの辛さがなんとなくではあったがわかった。(その能力が幽閉され限られた人としか接しなかったからか、または生まれついての流水の紋章のせいかはわからないが)
共有する時間が長ければ長いほど、ふと疑問を持ってしまえば、何かに耐えるような彼を見る度に、彼が抱く辛さはだんだんとセラの中にも降り積もっていく。
そして漠然と理解する。
ああ、この人はひとりで戦う人なんだ…。
何かを背負っている。それはわかる。
問題は『誰かが一緒に背負い込んでくれる』のではなく、『ひとりで背負い込んでいる』ことだ。
セラはそんなルックを見たくない。
重荷を背負ってひとりで立ち続けることが強さなのだと、どうして言えるのだろう。
だからルックが戦うときはセラも戦うときだと、決めている。
セラは唾を飲み込んだ。
小さな手をぎゅっと握った。
そう、今がその時ではないか。
扉の向こうで彼はひとりで戦っている。背中を見ただけでもわかる、彼の明確な怒りと殺意がセラを奮い立たせた。
棒を握り締め、出来るだけ隙間が開かないようすらりと中に入ると、バタンと扉を閉め真摯な眼差しを持ってして参戦を告げる。
「ルックさま! わたしも助太刀いたします!」
それは幼いセラが決意を持って挑んだ、初の戦いであった。
セラは記憶している。これほどまでに胸を高鳴らせたことはないだろう。これを戦場の高揚と言うのだろうか。
そう。たとえルックの敵が―――小さな一匹の蚊だとしても。
息を切らしてまでして追い続けたのが、ルックの睡眠を阻んだただの蚊だとしても。
セラが繰り出す一撃は、「よくぞこんなにも立派に育ってくれたものだ」と育て親が感涙を誘うほど、血気盛んな一打だったという。
ふたりで部屋中を奔走したセラの初舞台は、朝まで続けられた。