なんだってどんなことだっていい、キミとの繋がりが欲しいんだよ

そう言ったら、女々しいって笑うかな


たったひとつのがりがわたしの欲しいすべてのこと



指きりをしようかと、ユンファが小指を突き出してきた。
窓の桟に座り外の景色を眺めていたルックは急なその問いかけに一瞬目を点にする。
また妙なことを言い出してきたものだ。
脈絡のない話は何か考えあってのことなのか、それとも自己完結した上での発言なのか。小指を立てたまま笑みを浮かべているユンファの表情からはどうも判断がつかない。
もしかしてボケてきているんじゃないよね、ルックは思わず路線の外れた心配をしてしまう。

「なんでまた急に指きり?」
「別に。なんでもいいんだ。ただ約束がしたい」

片眉を上げて訝しげるルックを他所に、ユンファはそう言ってずいっと小指を突き出した手を見せてきた。

「…順序立てて話してくれなきゃわからないんだけど」

ふたり窓枠の桟に座り、眼下に広がる街を見ていたはずである。小高い丘の上に建つ宿の二階から。その眺めはルックが目を奪われるぐらい綺麗だった。強い風は心地いい、遠くに草原が広がって空一面に薄い青が鎮座している。
昼下がりに、そんな景色をふたりで見ていたはずだ。だからユンファがそんな突拍子なことをするようなことは特に何もなかったはずである。少なくともルックにしてはそうだ。

「・・・・・・・・・・・・・・」

ユンファの意図が読めなくて首を傾げていたルックだが、いつまで経ってもユンファが出した指を引っ込めないものだからルックは仕方なくユンファの小指に指を絡めた。

「・・・で、何を約束するわけ?」
「う〜ん・・・じゃあ今日の晩飯は肉全般にすること♪」
「な、そんなの約束するわけないだろっ!」
「はい、ゆびきった」

肉料理を好まないルックが声を荒げて指を離そうとする。が、その前にユンファによって節をつけた言葉とともに事が契られてしまう。
この男はこんな馬鹿げたことをしたかったのかと、ルックは重い溜息に頭痛と苛立ちをじくじくとかんじてしまった。
今のは無効だからね! そう言おうとぎろりとユンファを睨んでみれば。

「なんてな、本当はただ指きりをしたかっただけだったりして」

ユンファがははっと目尻を下げて困ったように笑う。それは柄にもなく、どこか気弱な気配さえも見せているようにも思えて、ルックはその表情に僅かに目を瞠った。
けれどそれも一瞬だけのもので、ユンファはふと思い出したような素振りを見せると「そういえば薬が切れ掛かっていたかな」なんてぼやきながらとベッド脇に置いてある道具袋へと桟から降りてしまった。だけどルックはユンファから目が離せない。さっきの顔は何? そんな表情を見てしまうと、なんだか自分までもが不安になってしまう気がして。
ルックは先ほどきった小指を改めてまじまじと見つめた。
約束がしたいと、彼は言った。
けれどどうして約束がしたいと、指きりがしたいといったのだろう。

(――・・・ああそういえば)

ルックの脳裏に、ふと過ぎるものがあった。
もう一年も前のことだろうか、己の生と百万の命と世界の未来を賭けて戦ったあの争いの後、
ルックとユンファが漸くふたりで一歩目を踏み出し転々としながら旅をしていた時、
ユンファはよく決め事を取り決めていた。
人と積極的に関わること、転移は使わないこと、ふたりでいる、突然いなくならない。
ひとりでふと思いついてはそれを口に出して、うんうんと頷いて納得していたもので。
特に最後の決め事は重症だった。
――『突然いなくならないこと』
初めの頃はそう離れることもなく何か用事があってほんの少し別行動をしていた時でも、互いの姿を認めた瞬間ひどく安心したような顔をユンファはしたりしたのだ。
いたとか、よかったというような、そんな安堵。
目に見えてわかるそれに、しかもそんな表情を見慣れていないものだから反応に困る―というか反則に近い―からルックは一度「大袈裟だ」と言ったことがあった。ユンファは言った。

「風はすぐにいなくなる。振り返って去った後じゃ嫌じゃないか」

・・・まるでいつも視界に入れておかないと不安だとでも言うような物言いだ。しかしユンファにそんな危惧を抱かせることをした手前あって、ルックには言い返すことができない。
――などと言いながらも、実はそう言われたのに安心して嬉しくも思ったなんてことは絶対に口が裂けても言わないのだけれど。
ともかく、約束云々はあの時と似たようなものではないかとルックは考えた。最近は治まっていたのだけれど、ふと突発的にその不安が芽吹いたのか。

不安がっているのだろうか、今、彼は。
荷物の確認にしては随分と長い時間をかけていて、それはあの場から逃げる口実だということが誰にでもわかって。
まったく、いろいろ馬鹿なことをしているものだ。
ルックは桟からユンファが腰掛けて荷物整理をしているベッドへ移動して、なんだか今日は小さく見えるその背へ言葉を投げかけた。

「近くにいるって言ったはずだけど?」

言動の意味をしっかりと把握した言葉に、ユンファの肩がぴくりと震える。
なんで信じてくれないんだとは言わない。その行動も、その不安を抱いてくれることもルックは愛しくてしょうがない。
こんなことを考えるなんて変だ。なんだかおかしかった。
ユンファは約束が欲しいのだ。次もあるという約束が、それを叶えるという繋がりが。
まったく、どこへ行けと言うんだ。アンタがその場所を奪ったって言うのによく言うよ。
ルックは綺麗に口の端を上げて、振り返ったユンファへ向けて小指を立てて突き出した。

「ねえ約束しようよ。来年もここで、あの窓から同じ景色を見るって」

ユンファがぽかんとして出した指とルックの顔を見やる。アホ面。ルックは思った。

「なんか俺、愛されてるって思っていい?」
「さあ。勝手にすれば」
「じゃあ決定」

照れくさそうにユンファが笑う。
来年もふたりであの窓から外を見る――約束は破らない、いなくならない、ずっと一緒にいる。
ずっとという言葉には何度も裏切られてきたからユンファはあまりその言葉を信じていない。けれど愛したルックとなら、約束なら信じてもいい。信じる。
ユンファが顔を緩ませた。

「じゃあ来年もここに来て、また来年の約束をし直さなきゃな」
「・・・呆れた。いい加減そんなことしなくてもいいってわからないわけ?」
「俺は指きりが好きなの」
「あ、そう。もう勝手にしなよ」

ルックの出した小指に、ユンファが同じように指を絡ませる。
ユンファが笑って、ルックは目を細めた。
ユンファはきっと、自分の方が想いが上だって思ってる。

「約束破ったら針千本だからな」
「そっちこそわかってるんだろうね」

ふたりして自信たっぷりに笑いあって、約束を交わす。
僕だって同じ風に思ってること、ねえ、知らないでしょ?

交わす約束はずっとともにある誓い。


ねえ、なんだっていいんだ、約束をしよう?