「俺がお前に手料理を作ってやる。」
事件はこの一言から始まった。
事の発端はこの出来事からだ。
先週のバレンタインに沖田からチョコを貰った土方は、そのお礼としてホワイトデーに何を返そうかと悩んでいた。
そして何がほしいか沖田自身に聞こうと思い、土方が沖田の部屋を尋ねたのだ。
本来この時間帯なら沖田は見回りのはずなのだが、土方はどうせ沖田がサボっていると思っていたので声をかけて堂々と襖を開ける。
すると予想通り沖田は部屋の中にいた。
「おい、お前なんか食べたいものでもある………ん?」
だがいつもと違ったのは見覚えのない弁当を沖田が食べていることだった。
女が使うには大きすぎるその弁当の中身には沖田の好みばかりが入っている。
どう見ても沖田のために作られた弁当だ。
「あ、土方さん。何か用ですかぃ?」
そう言いながらも土方には背中を向けまま。
見向きもせずに弁当を食べている。
自分と恋人関係にある沖田が自分に一切目を向けず、誰に貰ったかも分からない弁当に夢中になっていることに土方は苛立ち覚える。
「それ、どうしたんだ?」
内に秘めた怒りを隠しながら、平然を装って聞いてみる。
「あぁこれですかぃ?実は旦那から貰ったんですよ。バレンタインのお返しらしいですぜ。」
「旦那って…万事屋のことか……」
このとき土方は沖田が初めて自分以外の野郎にチョコをあげていたことを知った。
まさか沖田が誰彼かまわずにチョコをあげているとは知らず、土方の苛立ちは更に上昇する。
「味も結構美味しくてね、土方さんもどうですかぃ?」
「………………………」
そう言って弁当を差し出す沖田に、土方がなんとも思わないわけもなく…。
内に秘めていたはずの苛立ち…もとい嫉妬心が大火災のように燃え上がる。
「おい、それ捨てろ。」
「は?」
突然の土方からの冷たい言葉に、意味が分からないと首を傾げる沖田。
だが土方はそんな沖田の様子など気にとめず、差し出されたままの弁当を無理やり取り上げそれを空に向けて思い切り投げた。
「うわー俺の弁当がぁー…」
声はいつもと変わらないが表情は少し残念そうにしている。
そんなに万事屋の弁当が食べたかったのかと思ったところで、土方の嫉妬心はついに頂点に達した。
「おい。」
「なんですか?」
沖田が恨むような目で土方を見る。
「俺がお前に手料理を作ってやる。」
腕をまくりエプロンをつけた土方が、意気揚々と台所の前に立っている。
その後ろの食卓で沖田が欠伸をしながらその様子を見て、更にその後ろで不安そうな表情をしながら真選組隊士達がこっそりとその光景を眺めていた。
(絶対あの野郎より美味しい飯を作ってやる…!!)
土方は燃え上っていた。
ただの嫉妬でしかないのだが、とにかく燃え上がっていた。
「何を作るか……」
作ると言ったはいいが実はまだ何を作るか決めていなかったのだ。
相手は沖田の好みばかり作っていたので、こっちはそれを超える美味しい料理を作らなければならない。
どうするべきか…。
「土方さーん。」
悩んでいる土方に、沖田が声をかけてきた。
「俺、土方さんらしい料理なら何でもいいですぜー。」
「……俺らしい料理…?」
そう言われた瞬間、土方は一つのレシピが思い浮かんだ。
自分らしい料理と言えば一つしかないと。
早速材料を冷蔵庫から取り出した。
取り出したのは……マヨネーズだった。
使い方によったら美味くも不味くもなるその黄色い物体を一体何に使うのか…後ろで見ている隊士達は更に不安になる。
「今に見てろよ……」
次に取り出したのはキャベツだ。
キャベツにマヨネーズをかけるのはまだ許せる範囲なので隊士達も若干の安心を覚える。
が、そう思ったのも束の間……
「これを……」
どこからか取り出したフライパンにそのキャベツを入れて炒めた。
それまでは良かったのだがついでにマヨネーズも一緒に入れ始めたのだ。
「げっ。」
これには隊士も露骨に嫌そうな顔をし、沖田は目に涙を溜めて大爆笑をしていた。
フライパンにマヨネーズを入れたことでその恐ろしい臭いが台所どこか屯所中に漂い始める。
その悪臭に周囲は阿鼻叫喚の巷と化した。
後ろから「ぎゃああああああ」「くせぇぇぇぇぇ」「おい換気扇回せー」なんて声が上がるがマヨの匂いに気分を良くしている土方はそんな声など聞いちゃいない。
その恐ろしいものの中に、加えてウインナー、カボチャ、レタス、きゅうりを入れ始めた時は流石の沖田も笑えるレベルではなくなった。
「待ってろよ総悟!今すぐお前のためだけにとっておきの料理を作ってやるからな!」
そう言いながら火を止めてそれを皿の上にのせる。
出来上がったそれは色々な野菜とマヨネーズの恐ろしい炒め物のコラボで、何だかもうただの不気味な物体にしか見えず決して食べられるものには思えない。
いや、頑張れば食べられるものだけれども。
「次は、これだな。」
次が丼の中にご飯を入れ、そこに山の様なマヨネーズをかけるという…本人曰く土方スペシャルを作り始めた。
隊士達はこれを食べる沖田を心底不憫に思った。
だが当の沖田は後ろで土方を馬鹿にしてるだけで嫌がった様子もない。
まさか本気で食べるつもりなのか…隊士達の中に不安が過る。
「さて、出来たぞ。」
用意された料理は、マヨネーズと野菜の炒め物と土方スペシャルの二つだった。
銀時から貰った弁当の方がどう見ても勝ってるそれらを沖田は一体どう評価するのだろうか?
「どうだ。マヨの香ばしい匂いがたまんねぇだろ?」
「…………………」
どこが香ばしい匂いなんだと思いながら隊士達は沖田の様子を見守っている。
沖田は黙ったまま料理を眺めつづけている。
「土方さん……」
だがようやく沖田が口を開いた。
動じた様子もない沖田だが一体どうするのだろうか?
「こんなすげぇ料理一人じゃ食べきれないんで、一緒に食べませんか?」
普段見せないような特上スマイルで土方に言ってやれば、土方はその笑顔にやられてしまい幸せそうな顔をしながら頷いた。
勿論この発言と笑顔の意味はこんな恐ろしい料理を一人で食べたくないだけであって、決して土方と一緒に食べたいなんていう可愛らしい理由ではない。
沖田の真意を知らない土方は嬉々としながら料理に手を付け食べ始める。
沖田はお茶を飲みながらそれをゆっくりと眺めている。
「総悟?食べないのか?」
「大丈夫です、俺も少しずつ食べてますから。」
「そうなのか?あ、じゃあ俺が食べさせてやるよ。ほら口開けろ。」
そう言って野菜とマヨネーズの炒め物を箸で取って沖田の前に差し出す。
お茶を飲み続けて料理を食べないでいようと思っていた沖田にとってそれは誤算であり、身体がカチッと固まる。
…このままでは料理を食べなければならなくなる。
沖田は必死に逃げる策を考えた。しかし頭を動かしたところで自身の空頭では何も思い浮かばず冷や汗が流れる。
後ろで見守る隊士は沖田に同情するものの助ける気はない。
なんたって自分達が食べる羽目になることだけは嫌なのだから。
「……………土方さん。俺…」
この際だしいっそ適当な理由をつけて逃げようかと楽観的に考えが及んだところで一つ案が思い浮かぶ。
あまり良い案ではないがこの際だし仕方がない。
諦めたところで沖田は席から立ち上がり、土方の腕の上にそっと手を置く。
「総悟?」
「あんたの部屋に行きたいんですが…」
この方法はやりたくなかった。
土方の部屋に行くということはそれなりのことをするということで、起こることと言えば土方が自分で好き放題遊んで欲を満たして最終的には満足をするなんてもので、しかも一方の沖田は腰を痛めて動けなくなるなんていう悲惨な目に遭うことが明白だった。土方にとってはメリットしかないが沖田にとってはデメリットなことしかない。
そりゃあ好きな人と一緒にいられるのは嬉しいけど、そう言う行為をする際の土方は沖田に対する扱いが結構酷いから沖田としてはこっちの気持ちぐらい考え欲しい…なんて思っちゃっているのだ。
「駄目、ですか……?」
だが沖田も殺人料理と天平にかけられれば話は別だ。
自分で"土方さんらしい料理"なんて言っておきながらあれだが、これは流石に食べたくない。
「総悟…そこまでお前が言うなら………」
しかし馬鹿で沖田大好きな土方は、沖田の考えなんて知らず提案された美味しい餌にあっさりと食いついた。
そりゃあ自分の料理を食べてもらえないことは寂しいが、沖田から誘うことなんて滅多にない貴重なことなのでこれは乗るしかない。
「じゃあ行きやしょう?」
「あ、あぁ。そうだな。」
沖田に手を引かれ土方がその後をついて行く。
沖田達の様子を見ていた隊士達がいなくなる二人を眺めていると、沖田がチラッと隊士達の方を見る。
その時の瞳は鋭く、目で"後始末はお前らがやれ。"と言われているようなものだった。
逆らえば本気で殺る目だったので、隊士達は恐怖を胸に植え付けられながら、殺人料理と呼べる代物を土方にばれないようにゴミ箱へ捨てたのであった。
その日の夜。沖田の甘ったるい声が屯所中に響いたが、この時は全員が聞かぬ存ぜぬを貫き通したとか……。
愛の手料理、受け取ってください