マイコール
テレビでお笑い番組を見ながら新年になり寝て起きて迎えた元旦。
正直言って、最悪の目覚めだった。
「…土方さーん」
「ストップ。分かったからもう黙れ」
ベッドの上でぴょんぴょんと跳ねながら己を呼ぶ声に頭を抱えて手で遮る。もう暫くはこの声を聞きたくない。耳にタコどころかノイローゼになって病院へ直行だろう。
(いや、そのほうがいい。病院って携帯使っちゃいけないんだよな)
片手で額を抑えて、俺は携帯がない世界へと意識を飛ばす。人はひとつの現実から何通りの逃避方を考えるのだろう、なんて。
けれど所詮は幻想妄想想像世界。土方さん、と再度呼ぶ声に俺の意識は現実へと引っ張られる。
「新年初日からぼんやりしねェでくだせェよ。っつーか人が呼んでいるんですからさっさとメールを見なせェ」
「うるせぇな。だから後で見るから今は放っとけって言ってんだろ。誰かさんのせいで俺は寝不足なんだよ」
携帯はきょとんとしてから、呆れたように肩を竦ませて
「嫌だなァ。精力あるからってひとり遊びするのも大概にしなせェよ」
「違うだろぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!!」
なんだ。なんでお前は頭が悪いくせにそういう余計な考えは働くんだ。しかもその台詞の9割方は俺を落とし入れるような台詞だ。どこの悪魔だ。下ネタ大好きのオヤジか! 覚えたての中学生か! …いやコイツは携帯か。じゃなくて!
「だーもううっせぇ! お前がずっと呼ぶからに決まってんだろ!! 人の安眠をどれだけ妨げれば気が済むんだよ!」
思わず立ち上がって指を差す俺を見て、携帯は眉間に皺を寄せて嫌な顔をした。
「俺だって好きで四六時中アンタを呼んでいるわけじゃねェよ。ちょくちょくメールが届くんだから仕方がない話でさァ」
「だから電源を切っただろう。大人しく寝とけよ」
「俺が起きてンのに土方さんひとりがすやすや寝るなんて理不尽じゃねェですかィ」
「どこが」
がっくりと肩が落ちて気も落ちてまた座り込む。
開いた口からはため息しか零れず、はあと吐いた息は思ったよりも大きくこれまた落ちた。
年賀状がメールに取って替わったのはいつからだろう。俺の元にも年賀メールが年を越した瞬間飛んできた。
けれどみんな考えることは同じらしく新しい日付になった瞬間に送ってもすぐには届かない。ずれた時間に新年の祝いメールは飛んでくる。
それが原因だった。
何度も言うが、俺の携帯は容量がない上に悪い。
時間がずれて飛んできたメールが届く度に携帯はしつこく俺を呼んだ。最初は呼ぶ度に構っていたが、寝る時まで容赦なく呼ばれるとは思ってもいなかった。
寝てすぐに土方さんと暗闇の中から呼ばれる。放っておいてもまたすぐに呼ばれる。煩くてマナーにしても俺が起きるまでくいくいっと服を引っ張って起こし、それでも起きなければ髪を引っ張ってくる。お前はどこの女王様だ。
放置すれば俺が起きるまでベッドの上で飛び跳ねる我が侭王子は、例え電源を落としても俺が寝ているのが気に食わないらしく勝手に電源を入れて再度呼ぶ。
携帯曰く、「なんで土方さんのメールで俺が起こされるのに土方さんが寝てんですかィ」とのことだった。
知らねーよ、それがお前の仕事だろと言ったところで済まし顔。聞けよ、人の話。
というわけで呼ばれて止めて呼ばれて止めてを繰り返し、夜は更けていった。俺はまともな朝を迎えることが出来なかった。
自慢じゃないが俺も睡眠を妨害されるほど友達が居るわけじゃない。半数はアドレスを登録していない奴からのもので、俺のメアドはどこかで流通されているんじゃないかとまず疑った。
眠たい。非常に眠たい。
携帯も携帯だ。止められたメールを一気に取ってきて俺に教えればいいのに、一通ずつ取ってくるからこんなことになるんだ。
それを言うと、大量に飛ばされても俺が忘れやすとなんともコメントし難い言葉を頂いた。
お前のスペックに関してはもうミジンコ一匹分も期待していないから、そう言われると返す言葉もない。
眠気でぼんやりとしつつ、呼ぶ携帯の声を放置してテレビ番組を見ていると、アナウンサーが初夢の話題を振っていた。
「初夢か…」
そんなもの見る暇もなかった。
ぼやくと、携帯が首を傾げる。
「せっかくの元旦だってェのに、土方さん初夢見てねェんですかィ?」
「あれが夢なんか見る状態だったってーのかよ。見てないに決まってんだろ」
青い透き通った目で瞬きを繰り返して、携帯はふふんと得意げに鼻を鳴らした。
「勿体ねェなァ。俺は見やしたぜ」
「あ? お前携帯だろ」
「機械が夢を見ないなんて誰が決めたんです」
そういう声や顔がいやに柔らかくて俺は携帯をちらりと見てから、何故か長く見てはいけない気がしてテレビに顔を戻した。
「まあな、そうだな。で、なんの夢を見たんだよ」
リモコンを持って問うと、携帯が笑って、
「土方さんの夢でさァ」
なんて言うもんだから、俺は思わずゴトッと音を立ててリモコンを手から落とす。
気を利かせたアナウンサーが「良い夢は見られましたか?」と言って笑ったそんな新年のスタート。
土方さんと笑って俺を呼ぶ声がする。
「あけましておめでとーございやす」
そんなアホっぽいメールが来るはずがない、メールではなくてそれは携帯が言ったのだというのがすぐに分かって俺は妙にむず痒い気持ちになった。
おめでとうと背を向けたまま返す。
土方さんとまた名前を呼ばれる。
振り向かない。
土方さんと言う声が柔らかい。
振り向かない。
土方さん。
再三名前を呼ばれて振り向いた先に太陽の光を浴びて光る空色の瞳を見つけて、しつけーよと声を掴むように俺は手を伸ばす。