寒い、動くのが面倒、という理由でコタツから出ない総悟である。

「え? 初詣ですかィ?」
『そーそー初詣。いつものメンバーで行こうって話になってんだけど』

 足をコタツに突っ込み分厚い上着を着込んだ沖田は、携帯を耳に当てたままうーんと唸った。
 年が変わって数十分経った頃だ。ぼんやりと年越しテレビを見ていると坂田から電話があり、元日、つまり今日の昼ごろ初詣へ出かけないかという誘いがかかってきた。参加者は坂田の他に近藤、志村と何かと集まるいつものメンバーだ。

(どうすっかなー)

 総悟は頭の中でスケジュール帳を開いてみるが、基本暇人だ、どの日を何度見てもページは真っ白の一色。ところどころに誰にも話していない秘密の恋人との予定があったりするのだが、突然の誘いだったりドタキャンされることも多く、予定とは言えない。
 付けっ放しでBGMと化しているテレビをふと見ると、なんの番組を見ていたのかももう忘れてしまったがいつの間にかCMが流れていて恋人の、モデルの姿が映し出される。
 総悟はぼんやりとテレビを見た。
 見ない日がないのだ、年末も正月も忙しいに違いない。
 クリスマスの時は急に会いに来たが(というか呼び出された)、それ以降音沙汰があるわけでもなく、結局新年だってひとりで迎えた。

(どーせ仕事だろうし)

 おーいと言う呼び声で現実に戻って、いいですぜ、そう返事しようとした時だった。
 突如持っていた携帯を後ろから誰かに取られ、総悟は驚いた。
 勢いよく後ろを振り向くと端正な顔をした男が、顔を顰めて何やら不機嫌そうに立っている。
 いきなりの登場に口をあんぐりと開けて総悟が見上げる先、侵入者たる土方は不機嫌な表情はそのままに奪った携帯を片手でパタンと閉じる。勿論通話は強制終了だ。

「馬鹿面」

 閉じて用無しとなった携帯を土方は総悟の顔の上に落とす。当たる前に咄嗟に手を伸ばして受け取ると総悟はそのまま後ろへバタリと倒れてしまった。元凶たる土方を睨めば、当事者のくせに「ひとりで何やってんだ」と言わんばかりの澄ました顔をして総悟のベッドに腰掛けている。ひとり暮らしの狭い部屋の中で、ソファの代わりのようにそこが土方の定位置となっていた。

「アンタいつの間に来たんですかィ」

 連絡も寄越さず部屋に来て携帯を勝手に切ってとやりたい放題の土方に苛立ちと呆れを混ぜ込んで、総悟は床へと上体を倒したまま土方へ問うた。
 長い足を嫌みのように組んで膝の上に肘を置いて頬杖を付く男は、街中で見る顔とは違って不機嫌な顔をしている。というか拗ねている。大の大人がフンと可愛げもなくそっぽを向いて拗ねている。

「普通に鍵開けて入ったに決まってんだろ。気付けよ。不用心だな」
「そっと入ってくるアンタがいけないんでィ。幽霊じゃねーんだからチャイムぐらい鳴らしたらどうですか」
「コレ持ってンのにそれ必要なのか?」

 持っている合鍵を摘まんで、だらしなく寝転がっている沖田に見せつけると、総悟が「うっ」と言葉に詰まった。
 確かにそれを渡した時、いつでも入ってきていいと言ってしまった記憶がある。しかも思い出さなくていいのに鍵を受け取ると子どものように頬を緩ませる土方の表情も思い出してしまって、ひどく居た堪れない気分になる。
 顔が赤いと言われたらコタツが暑いからだと言おう。
 先に理由を考えて、総悟はもぞもぞと体を動かして肩までコタツに潜るとばふんと顔までコタツ布団で隠れてしまう。
 もっこりと浮き上がって散らばる亜麻色の髪に土方は心底呆れたようなため息を吐いた。

「なにやってんだ、テメーは」
「今日は冷えやすから顔も温かくしねェと」
「顔の水分が飛んでも知らねえぞ。…さっきの電話、なんだったんだよ」

 話題が変わり、総悟がぴょこんと顔を出した。潜っていたせいか髪が乱れ心なしか顔が赤くなっている姿に、土方はまたもや呆れる。

「さっきの? ああ、初詣に行こうって話でさァ」
「テメー。この前言ったこと忘れやがったのか」
「いいじゃねェですかィ。アンタどうせ仕事なんだろィ」

 あーあとでメールしないとなァとぼやく総悟に土方が舌打ちをする。がりがりと頭を掻いた。

「断れ」

 土方の言葉は容赦がない。

「嫌ですよ。ひとりで三が日を過ごすなんて味気ないじゃねェですかィ」
「ひとりじゃなかったらいいんだろ」
「は?」

 青い目をきょとんとさせる総悟を土方がじっと見下ろす。

「休み」
「?」
「だから、正月休み取った」
「はあ?!」

 驚いて飛び起きた総悟はコタツの脚で膝をガンと打って苦痛に呻き、そんな恋人の様子を土方はやっぱり呆れたような顔で見下ろす。


ふたり



 この人と付き合い始めてから何もかもが急で付いていけない。
 総悟はぼんやりとそんなことを考えながら、暗い冬空の下をとぼとぼと歩いていた。街はひっそりと静まり返っているが、年が明けてからまだ1時間ほどしか経っていないこともあって温かな明かりが漏れている家が多い。
 大きな神社は人も多いだろうから近くの小さな神社へと向かって歩きながら、総悟はチラリと隣の男を窺い見た。
 暗いとはいえさすがに素顔はまずいからサングラスを掛けているが、変装と言えばそれぐらいで、サングラスを掛けてもどこかの絵から飛び出したような次元の違う男がそこに居た。

(多分、俺ァ乗る列車を間違えたんだ)

 ノロノロと走る鈍行列車に乗ってぎゅうぎゅう詰めに埋もれて、一駅一駅止まりながら鈍間に進むはずだったのに、何故か駅を一気に飛ばす早い列車に乗ってしまった。
 その速さに、追いついていけない時がある。

 土方から視線を戻し白い息を吐くと、ふと土方がこっちを見た。

「何を考えてんだよ」
「いやあ、まさか土方さんと初詣に行けるとは思っていなかったんで、驚いてるんでさァ」
「フン。正月に休みを分捕る為にクリスマスから詰めて仕事をしてたんだよ。けどお前はなんの連絡も寄越さねーし」

 むすっと拗ねた声色に総悟は隣を見て、ガキみてェと笑う。

「仕事が忙しいと思って遠慮してたんでさァ」

 とんとんっと少しだけ駆けて、歩いて、先を行く。
 本当は何度も連絡を入れようとした。けれど彼の世界に入るのも乱すのも、総悟の思うところではなかった。触れることの出来ない硝子の壁がそこにはある。
 先を行く総悟の背中を見て、土方がため息を吐く。白い息を吐いて少しだけ声を張り上げる。

「なあ」
「なんでィ」
「年明けたし、お年玉やろうか?」
「はは。なんでェそれ。ガキ扱いすんじゃねェよ」
「遠慮するなよ」
「ンなもんしてやせんって」
「遠慮するな」

 土方の声色が変わった気がして、総悟は足を止めて振り向いた。
 真っ暗な夜の中で、上から下まで黒を纏った男がじっとこっちを見ている。
 その闇にその黒に飲み込まれたように総悟は動けなくなった。逸らすことが、出来ない。
 土方は静かに言った。

「遠慮するな。もっと我が侭になれよ」
「…だから遠慮なんて、」
「文句も全部言って、俺を安心させろよ」

 台詞は威圧的なのに、その声色や表情がひどく柔らかくて総悟は何も言えなくなる。
 卑怯だ。それは俺の台詞だ。
 言いたくても言葉は声にならない。総悟は目を合わせたまま動きも思考も止めてしまう。土方の言葉だけで頭の中が埋め尽くされる。
 微動だにしない恋人に土方は笑うと足を進めて近づいた。目の前まで来ると丸い頭を撫でてからポケットから取り出した物を手渡す。

「手、出せよ」

 言われるがまま差しだした総悟の両手に土方の手から何かが落ちてきた。
 冷たくて固い物。
 月の光を受けて鈍く光る物。
 青い目で総悟はまじまじとそれを見た。
 ひとつの鍵だった。

「これって…」
「お年玉。どっかの誰かさんが人が居ない間にちょくちょく遊びに行くから、俺は気が気じゃなくてな。だからそれやる。いつでも使え」

 驚いた総悟の表情に土方がしてやったりと言わんばかりに笑う。
 手の中に落ちてきたのは間違えなく土方の家の鍵だった。いつも土方に呼び出されるか彼が総悟の部屋に来るかの密会だった。いつだって、相手待ちの、相手の気分次第の恋だった。
 けれどこの手の中の物はその関係を壊すだけの力を持っている。コレがあれば総悟の気分次第で土方を訪ねることが出来るのだ。
 本当にいいのだろうか。不安が入り混じる瞳で土方を見上げると、コツンと額を指で弾かれた。土方が笑う。

「遠慮するなって何回言わせんだ。テメーはそれを使って堂々と部屋に入ったらいいんだよ」

 だから、その顔も声も言葉も全部卑怯だって言っている。
 そう毒づきながらも、素直にそう言われて嬉しく思ってしまう感情は誤魔化しきれない。

「じゃあこれ早速使ってもいいですかィ?」

 鍵を土方の目線まで摘まみ上げ、土方を見上げた。
 目は口ほどに物を言うと言う。
 青い瞳は総悟自身気付かないほどキラキラと光り、嬉しそうに目元が柔らかく下っている。そんな目で一心に見つめられてはたまらない。土方は満足そうに微笑む。

「家に来ンの?」

 夜色をした男は総悟の腰に手を回し抱きしめ、頬に軽く唇を寄せる。その後額にもキスを送り、その体を離した。
 擽ったそうに総悟が笑い、土方と一緒に歩き出す。

「いい加減寒ィし、温かい場所でウマいもんでも食べたいんでさァ」
「ふーん。ようするに温かくなってウマいもんが食えればいいんだろ。いくらでも俺が温めてやるしウマいもん食わせてやるよ」
「げえ。それもしかして下ネタですかィ? 情緒ってモンを大切にしなせェ。っつーかただのエロ親父だし」
「うるせえ。こっちは必死になって正月休みをもぎ取ったんだよ」

 なんだかんだ言いながらも、どことなく弾む声は抑えきれない。
 ひとりで恋をしているのかと思った。けれどどうやらふたりで恋をしていた。それが分かって、総悟は嬉しかった。

 空を見上げると星とともに月がぽっかりと夜空に浮かんでいた。
 月に向かって総悟は持っていた鍵を投げた。
 一瞬月と重なってから鍵がキラりと光り、重力にしたがって落ちてくる。
 それを受け取ろうと手を伸ばすと、受け取る前に横から手が伸びてきて落ちてきた鍵を掻っ攫った。
 釣られるようにその手の人物へと視線を移すと、夜の色をしてけれど月のように輝く男がニッと口の端を上げて不敵に笑う。

「そう簡単に帰すつもりはねえからな」


 虜になっているのはさあどっち。