ブログ内に置いていた短い話をまとめたもの。SSS。
全体的にオチがなく、いろいろと雑です。


 ▼油断大敵 ... ハロウィン話。眼鏡を掛けている土方さんを書きたかっただけ。

 ▼落ちてしまえ ... くっついてない土沖の情事後の話。悪い大人土方さんを目指して挫折。

 ▼ひだまり ... 現代パロ。くっついてない土沖でコインランドリーの何気ない日常話。

 UP (2015.12.03)
































































































油断大




「悪戯しやす」

 人の部屋にずかずかと入ってきたと思えば開口一番、子どもが意味の分からないことを言う。
 「は?」振り返った瞬間、眼鏡がずれた。最近書類整理をする時に眼鏡を供にしているが、合っていないのかよく落ちてくるのが土方の小さな悩みである。

「なんで俺が悪戯されなきゃいけねぇんだよ」
「え?だって土方さん、お菓子なんて持ってねェでしょ?」
「そりゃ持ってねーよ」

 叩くまでもなくポケットにビスケットが入っているのは、近藤や沖田ぐらいである。山崎はアンパンだ。
 土方の言葉に沖田はきょとりと空色の瞳を瞬いた。だからです、と言いたげだ。土方には意味が分からない。

「だからなんだよ?」
「これでもピンときやせんか?あー。土方さんいけやせんぜ。完璧世間に乗り遅れてまさァ」
「はぁ?」
「トリックオアトリートって言や分かりやすかィ?」

 そこで漸く土方は合点がいった。壁にかかったカレンダーを見やり、今日が10月31日だと気付く。そう言えば最近よくメディアで取り立たされていたが、土方としては仮装イベントの警備に人員を当てる為に頭を捻った面倒な行事としか記憶に残っていなかった。

「そういやそうだな」平素を装いつつ、土方は内心でひどく焦っていた。
 確かに菓子はない。しかし沖田の悪戯はきっと碌でもないものに違いない。そうあっさりと悪戯の餌食にされるわけにはいかなかった。

(マヨネーズで許してくれねぇかな)

 土方は眉を顰めて、何かなかったかと机へと視線を向けた。視界の端に悪戯の決行を今か今かと犬のように待つ沖田の姿が見えて、気分が沈んだ。
 すると机の上に転がった物が目に入った。気分転換にと午前中に山崎が珈琲と一緒に持ってきたものだ。

(これはいい)

 土方はミルク味の飴を摘まみ、笑みを深くする。こっちが負けると思っている沖田への勝機があると分かると、沖田へ仕返しをしてやりたい気持ちが浮かんできたのだ。土方は包装紙を外し、飴を口へ含んだ。

「往生際が悪いですぜ、土方さん」

 背を向けている為、沖田には土方が何をしているのか分からないのだろう。暢気に浮かれた声を上げている。土方は口の中に広がったミルク味に顔を顰めつつ、クルリと沖田の方へ向き直った。ぱちぱちと不思議そうに目を瞬く総悟に向かって、ちょいちょいと手を招く。

「ちょっとこっち来いよ」
「なんでィ?・・・って、ちょ、」

 近くによってきた沖田の腕を土方はやや乱暴に引っ張った。反動でよろけた体を受け止め、片手を亜麻色の後ろ頭に添えるとそのまま距離を近づけ口づける。空色の目が唖然としているのが面白かった。

「・・・んっ」

 口付けを軽いものからだんだんと深めていき、逃げる舌を構いつつ、飴を沖田の口へと移す。尾を引く様に甘ったるいミルク味が残った。最後にチュッとリップキスを送り、顔を離すと、沖田の顔は真っ赤になっていた。勝ち誇ったようにご機嫌だったのにな、と先程の沖田の姿を思い浮かべ、土方はくくっと低い笑みを零す。沖田は憤慨した。

「な、何すんでィ!」
「何って、お菓子をやったんだよ。欲しがったのはお前だろ?」
「だからって、」

 沖田の文句を遮るように土方は足を引っ掛け、沖田を床へと組み敷いた。油断していた沖田はあっさり倒れて、土方は可笑しくて仕方がない。沖田に乗り上げたまま、土方が顔を近づけ問うた。

「総悟、トリックオアトリート」
「は?」
「お菓子くれるんだろ?ここにあるじゃねーか」

 沖田の頬っぺたをちょいちょいと指で突き暗に口の中の飴を差しながら、土方が綺麗な笑みを浮かべる。町中ならそこら中の女が振り返るような気障ったらしい笑みだ。「変態」沖田は罵ったが、赤い顔では効果がない。

「悪戯がいいなら、それでもいいけどな」

 首筋を撫でると、白い肌がびくびくと跳ねる。土方は至近距離で空色を眺めた。生意気で手に負えない子どもだが、たまにどうしようもなく愛しいと思う時がある。

「総悟」

 耳元で囁くと、沖田の咽がゴクンとなった。今、口内で溶けた甘ったるいミルクが咽を流れていったのかと思うと、土方の熱が疼き頭を蕩けさす。さあどうする総悟。どっちでも、お前の好きにしろよ。土方が優しく問う。

(まあ、どっちでも俺が美味しくいただくんだけどな)

 総悟の口が震えたから、邪魔になって土方は掛けていた眼鏡を投げ捨てた。































































































ちてしまえ




(やっちまった・・・)

 起きた瞬間に後悔するほど、最悪な目覚めはない。総悟はそう思う。
 天井は見知ったものだが、自分の部屋とは木目が違う。布団にはヤニの臭いが染み付いていて、整然とした部屋、知らない朝日の入り方。そして肌に感じる人の温もりと寝息。極めつけにお互いが素っ裸とくれば、可哀想なぐらい空っぽだと言われる頭でも、眠る前に何があったのか分かる。

(最悪だ)

 総悟は滲んだ熱を持て余しながら、ゆっくりと上体を起こした。隣を見れば、いつも眉間に皺を寄せている端正な顔の男が、無防備な寝顔を晒している。それは総悟にとって初めて見たものではなかったが、情事の後の顔だと思うと急に知らない土方の部分を見てしまったような気がして、総悟は慌てて顔を逸らし頭を抱えた。

 そう、総悟は昨日、土方と一線を越えてしまったのである。
 衝撃的な現実とは裏腹に記憶はあまりにも希薄だった。頭が熱に侵されたように、最中のことはよく覚えていない。けれど事に及んだ経緯はしっかりと思い出せる。

 手を伸ばし、誘ったのは総悟からだった。

 人を斬った後だったのだ。
 初めて人を殺した夜、昂った精神はいくら経っても静まらず、総悟は眠れなかった。近藤には大丈夫だと強がって部屋から追い出したが、一番気にされたくない相手は何を言っても部屋に居座り続けた。いつもはちょっかいを出しても構わず、面倒そうに手を払いのけてさっさと去っていくのに、その時ばかりは根付いたとばかりに畳みの上で胡坐を掻く。かといって何か気のきく話をするわけでもない。ただただぷかぷかと煙草を吸い、総悟の部屋を汚染していくだけだ。

 はっきり言って、鬱陶しかった。子ども扱いしているのだと分かる。なんでィ、先に経験したからこっちの気持ちが分かるって?偉そうに。
 興奮した気持ちを抱えたまま、胸中で苛々と毒づく。時たま堪え切れなくて暴言をぶつけても、「うるせぇ」と言うだけで土方は立ち上がろうとしなかった。
 ぷかぷか、ぷかぷか、煙を吐く。
 臭いと思いつつ、慣れ親しんだそのにおいが、逆立った気分を妙に落ち着かせていくのを総悟は感じていた。文句を言いつつも、長年時を共にした存在の気配が、総悟の昂りを撫でていく。ここは安全だからもう大丈夫だよ。まるでそう呟いているようでもあった。土方は2度目の時も、ずっと傍に居た。

 このお節介さに付け込めないだろうか。
 背中で土方の気配を感じながら、膝を抱え無意味に足の指で畳みを弄り、総悟が不穏なことを考え始めたのは3度目の時だった。
 ふと頭に過った考えは、むくむくと総悟の中で広がっていく一方だ。

 何がどうしてそうなったのか、総悟は土方に思慕を抱いていた。浮き上がった想いを何度も金づちで打ちつけ錯覚だと否定したが、暴れ回る感情は総悟の中でパンパンに膨れ上がるばかりで、受け入れるしかなかった。
 けれど抱いたところで、決して実を結ばない花である。
 "墓場まで持っていく黒歴史"と称していたが、もしかしてこれは、チャンスじゃないだろうか。
「熱が昂ってどうしようもない、お願いだ土方さん、どうにかして」そんな風に誘えば、もしかして受け入れてくれるのではないかと、総悟は煙草の煙を吸いながら妄想した。人を斬った後は女を抱きたくなるというのは、よく聞く話だ。土方もきっとそういう口だろう。それが一番の発散方法だと土方は知っているはずだ。女を知らない総悟が求めれば、もしかして付き合ってくれるかもしれない。

 なんて、まさかそんなこと。
 いくらお節介とはいえ、男の夜伽に付き合うはずがない。
 無駄だと思いつつ、人の命を奪った4度目の夜、総悟は土方を誘った。煽る方法なんて分からず、ストレートな言葉で、乗るはずがないと自嘲しつつ、けれどどこか必死に誘った。

『土方さん』

 あっさりと払われるはずの手に、指が絡んだ。布団へと倒れ込み、視線を合わせる。見上げた先の土方は、一体どんな顔をしていただろうか。
 総悟は昨日の記憶を手繰ろうとして、失敗した。4度目の朝がまさかこんな朝になろうとは思いもよらず、総悟はため息を吐きつつ、隣で眠る男を見下ろした。

「土方さん、アンタお節介にも程がありやすぜ」

 これが自分じゃなかったら勘違いするところだ。優しいを通り越して残酷ですぜィと、身の内で呟く。それに返る声があった。

「お節介って、何が?」

 ぱちくりと目を瞬くと、土方がゆっくりと瞼を持ち上げた。上半身を起こした総悟をちらりと見ると、土方は手を伸ばして枕元の煙草を取る。うつ伏せの体勢になると火をつけ、ふっと煙を吐いた。起きぬけに煙草なんて不健康だなァと総悟はぼんやりと思った。

「勿論アンタのことでさァ。興奮が冷めないからって誘った男を、普通抱きやせんよ。面倒見が良いっつーか、その域だと全てを達観した聖母みたいですぜ、気持ち悪ィ」
「気持ち悪いって、昨日の相手に言うか?」
「まさか本当にヤるとは思わなかったんで」

 土方と言葉を交わし、ああ本当に事に及んだのだと総悟は改めて実感する。じわじわとせり上がってくる熱を見られたくなくて、総悟は「最悪だ」と両手で顔を覆った。胸に沸く喜びは見ないフリをする。声には努めて呆れを滲ませて、告げた。

「アンタって結構流されるタイプなんですね。どうりで勘違いする女が多いはずだ」
「お前の俺に対する評価は最悪だな」
「今更でさァ」
「あの熱を消すにはこれが一番よかったんだよ」

 お前はまだ子どもだから、知らないだろうけど。
 土方の言葉に、ああやっぱりだとどこかで落胆している自分が、可笑しかった。期待していたのか、俺は。土方はただ、総悟に"お付き合い"をしただけだ。それ以上はない。

 総悟は脱ぎ捨てていた夜着を羽織ると、布団の横に正座で座り直し、そっと頭を下げた。土方の視線を感じたが、頭は上げなかった。

「何やってんだ、総悟?」
「昨日は世話になりやした。土方さんのおかげで熱は下ったし、付き合い方も分かりやした。きっと飼い慣らせる。だから安心してくだせェ、アンタにはもう迷惑かけやせんから」
「・・・殊勝な事してんな」
「土方さんほどでもありやせんぜ」

 総悟が顔を上げると、土方は煙を吐きながら灰皿に煙草を押し付けた。土方の顔は寝顔からは一転して思案顔だ。いつにない態度に戸惑っているのだろう、総悟が土方相手に頭を下げるなどそうない。
 しかし総悟は、ここでけじめを付けておくべきだと思った。一時の至福で満足するべきだ。これでもうこの感情とはさよならだと、決心する。
 それじゃあ俺はこれで、と立ち上がろうとした総悟の腕を、土方が掴んだ。大きな手にドキリとする。視線を向けると、真っすぐとこっちを見る黒の双眸とぶつかった。布団が肩から落ち、改めて見る土方の裸に顔が熱くなる。
 「なんでィ」問うた声が僅かに上擦った。

「お前、俺が男を抱けるって知らなかっただろ」
「・・・知ってたら、昨日みてェな冗談、言うはずないでしょ」
「そうだな。じゃあこれは知っているか?」

 やけにあっさりと頷いた土方に傷つきつつ、問われた言葉に首を傾げる。土方の意図が全く見えない。真選組の頭脳と言われ総悟の何十倍も頭が回る嫌な大人は、ふっと笑みを見せると楽しそうに言った。

「俺は昨日、熱を冷ます為っつー建前につけ込んだ」
「・・・。は?」
「どうにかして落ちてこないかと思っていたモンが急に目の前に差し出されたから、喜んで飛びついたってわけだ。快楽を体に染み込ませて、この機会に落としてやろうと必死だった」
「・・・それはどういう、」
「単に興奮を冷ますってんなら、水でもぶっかけてるよ」

 土方の言葉が、掴まれた手首と耳を通してだんだんと浸透していく。丸くなった青い瞳を見て、土方が目を細める。上体を起こし、逞しい腕が正面から総悟を抱きしめた。瞬間、どちらの熱か分からないほど体が火照る。土方が耳元で囁いた。
 お前はまだ子どもだから、大人の策略なんて知らないだろうけど。

 土方がそのまま体重をかけてくるもんだから、総悟は土方に圧し掛かられるかたちで畳へと倒れた。ぱちぱちと目を瞬き、総悟はただただ急速に動く現実の中で土方の意図を辿るばかりだ。「それって、つまり、」

「総悟」

 甘ったるく名前を呼ばれて、顔を覗き込まれる。夜に濡れたような瞳はあまりにも深く、抜け出せない。言葉が総悟を縛りつける。奥がじんわりとぼやけて、だんだんと熱くなってきた。それを見越したように、大人が笑って問う。

 まだ熱は引かないだろう?
































































































だまり




 寒い寒いと喚くから、じゃあ押し入れの毛布でも洗ってこいよ、と言ったら総悟は本当に毛布を抱えて近くのコインランドリーへと出掛けていった。
 出不精のアイツが率先して出て行く姿に、よっぽど寒かったんだなぁと呆れたのは今から2時間前のことだ。毛布を抱えた総悟は、一向に帰ってこない。俺は時計と手元の課題をちらちらと落ち着きなく見ていたが、とうとう限界が出来なくなって家を飛び出した。
 ガチャガチャと慌ただしく鍵を閉めながら、靴を履く。
 何故帰ってこないのだろうか。コインランドリーは歩いてすぐだし、1時間程あれば終わるはずだ。また何か厄介事でも仕出かしているのかと気が気じゃなくて、踏み出した足が自然と速足になる。
 コインランドリーには5分程で着いた。
 自動ドアを抜けて中に入る。小さなフロアにドラム型の洗濯機や乾燥機が数台並んでいて、ガタゴトと洗濯機の稼働音と空調とだけがそっと部屋の中で響いていた。
 備え付けの長椅子には誰も居ない。
 そう広くない部屋の中を見回すと、窓に沿って置かれた端っこの椅子に座っている総悟の丸い頭を見つけた。洗いたての毛布を抱えて、うつらうつら舟を漕いでいる。
 総悟の姿を認めた瞬間、ふっと息が出た。何やってんだよ、という呆れと安堵。

(安堵ってなんだよ)

 総悟の傍へと近寄って、亜麻色の頭を小突く。

「起きろ、総悟」

 総悟はゆっくり瞼を持ち上げると、寝起きという言葉そのままにぼんやりと宙を眺めた。そして視線を俺に移すと、二度瞬く。くあっと欠伸を噛み殺した。

「何でィ土方さんかよ。せっかく人が気持ちよく寝てたっつーのに」
「こんなところで寝てんじゃねぇよ。寝るなら帰ってからにしろ」
「だって気持ちいいんですよ。仕方ねェじゃないですか」

 総悟の隣に座ると、窓と洗濯機の間に設置された短い椅子はそれだけでいっぱいになった。
 隣で総悟が抱えた毛布に顔を埋める。すりすりと顔を動かして、それがあまりにも気持ち良さそうで、興味半分、面白くなさ半分で俺もそれに触ってみた。
 洗いたての毛布は柔らかくふわふわとしていた。まるで陽だまりを閉じ込めたように温かい。気持ち良さに、思わずほぅっと息が出る。
「毛布がぐるぐる回ってンの、見てても飽きなくて」ぼんやりとしたまま、総悟が幼い声で楽しそうに言った。

「ぼんやりとずっとそうしてたら次に乾燥でしょ。ぺちゃんこの布団がふかふかになっていくの、結構面白かったです。取り出したら温かくて気持ちよくて、つい眠たくなっちまった。土方さん。コインランドリーって俺初めて使いやしたけど、すごいんですね。現代技術の進化に俺ァ感謝しやす」
「ふっ。大袈裟だな」

 触ったただけで気持ちいいものを抱えているのだ、それは身を委ねて眠たくもなるだろう。しかもここは窓に面しているだけあって、陽の光が入り込んで温かい。
 未だに毛布を抱えた総悟はやっぱりまだ寝ぼけていて、ふふっと笑い珍しくご機嫌だ。もし総悟が猫なら、ゴロゴロと喉を鳴らしているだろう。

 俺はそんな総悟に呆れつつも、滅多に見れない総悟の表情に釘付けだった。ガラスひとつ隔てた向こう側の寒さなんて忘れて、洗濯機や空調の音、ふかふかの布団、目の前の総悟、それだけが全てになる。
 総悟がちらりとこっちを見て、何を思ったかふわっと柔らかな笑みを浮かべた。完璧に不意打ちで、可愛くて、そっぽを向いて俺は激しく動く動悸を落ち着かせる。なんでコイツはこんなにも簡単に爆弾を投げてくるんだといっそ恨めしい気分だった。

(つーか、その抱えてる毛布、俺のだろ)

 自分の毛布と間違えたのか、総悟は白い手を回してギュッと俺の毛布を抱きしめている。抱きしめるなら俺にしろよ、なんて思いつつため息ひとつ零すと、トンっと右肩に重みを感じた。
 見やれば毛布を抱えた総悟が、性懲りもなくまた眠りこけている。人の布団抱えて、人の肩に寄りかかって、いい御身分だと文句も垂れたい。

(あーあ)

 動けない上に起こすのもなんだか忍びなくて、誰も居ないことを良いことに思わず呻る。頬に総悟の髪があたってくすぐったい。隣の呼吸が俺の心拍を乱す。抱きしめたい衝動を抑えるので俺は必死だった。そっとだけ、凭れている頭に頬を寄せてみる。

「ああ、なるほど」

 亜麻色の頭が熱を吸収していた。陽の当たる椅子にずっと座っていたから当たり前だ。恋人の真似、みたいなことがやりたくて、今度はしっかりと頬をくっつけてみる。すぐ離れるつもりが、その心地よさになんとも離れがたくなってしまった。寒い季節になった今、確かにこの春を思わす温かさは手放し難い。

 だんだんと近づいてくる眠気に、俺は潔く抵抗をやめた。仕返しとばかりに思いっきり体重をかけて、目を閉じる。冬なのに、どこからか甘い花のにおいがした。