を繋ごう


 大きな捕り物が終わると成功と労を労って盛大な祝宴が開かれることがある。みんな、お疲れさま!なんて太陽みたいな近藤さんの一声で宴が始まって、杯を乾杯して夜通し飲んで騒ぐのだ。真選組の連中は血の気が多いヤツばっかだから酒が入ると収集がつかなくなる。だからお開きになる前に大抵酔い潰れる奴等がほとんどで、その度に土方さんは「使いモンになりやしねー」なんて愚痴愚痴と文句言ったりする。
 けど俺はこの宴が結構気に入っていた。俺は昔っから近藤さんの道場に通ってはヤロー共に囲まれてはしゃいでたから、こうしてみんなでガヤガヤと騒ぐのが好きなのだ。それに昔は飲めなかった酒が今では飲める。お供は鬼嫁、こいつにかぎる。
 夜が耽るのと同時にテンションは変な方向に曲がって、隅ではプロレスやら腕相撲やら納豆の一気飲みなんかで盛り上がり近藤さんと原田さんは服を脱いで褌一丁になって踊り出した。山崎なんかがその姿で志村妙に会いに行こうとする近藤さんを「局長!それ公然猥褻物陳列罪です!」なんて必死に叫んで止めながら、何故か酔った永倉さんに首を絞められて泡吹いてた。蟹みたいだなァと鬼嫁片手に俺は思って、今度蟹鍋が食べてェなあなんてどうでもいいこと考えてた。

(土方さん奢ってくれないかなあー。でもマヨが割高になったとか呻いてたし、鍋にマヨを入れられたらたまったもんじゃねェしな、あのマヨラー)

 部屋を見渡しても仏頂面はいなかった、仕事があるとかで乾杯だけして早々部屋に戻っていったのだ。
 あの人いつか過労死すんじゃねェの?そんなことをちょっと考えて俺は、意味のないことかと直ぐ様思考を中断させて手酌で酒を注いだ。どうせあの男のことだ、録な死に方なんてしやしないだろう。鍋は近藤さんに頼もうと酒を一気に浴びると、ひっくと存外かわいらしいしゃっくりが出た。

「お、沖田さーーん!た、たす、助けてください…ッ」
「おう。俺ァちょっと厠」
「ちょ、そんな…ぐぐるしい、ロープロープ!」
「生きろよー山崎」

 今度は原田さんにバックブリーカーを食らって泡吹いてる山崎に手を振って、俺は部屋を出た。立ち上がるとフラフラ千鳥足で、俺酔ってんだなァなんて他人事みたいに考えて珍しいことだと思った。俺はどっちかっていうと酒には強いほうだ。だからこんな、ふわふわと浮き立つような気分になることもそうない。

(いつもは土方さんが居たもんなー)

 土方さんは酒に滅法弱いから揶揄い甲斐がある。俺はいつも酒飲んで騒いで飲んで土方さん揶揄ってと繰り返すけれど、今日は飲んでばっかだった。でも足がフラフラなだけで頭はしっかりとしている。やっぱりそんなに酔ってないのかもしれない。


「土方さん」
「あ?」
「アンタって馬鹿ですねィ。根性入れ直すために俺がビール瓶で頭叩き割ってやりやしょうか」
「なんでだよッ!脈絡ねーな」
「ははは、俺もよくわかりやせん。アンタの顔見て思ったままを言っただけですから」

 用を足した俺は部屋には戻らずに、何故か土方さんの部屋を訪れていた。けれど土方さんは仕事が終わったのか一区切りついたのか休憩なのか、部屋の前の縁側に腰掛けて煙草吸ってたから実際は部屋に入る前に会ってしまったわけだが。
 息抜きなら祝宴に来ればいいのにって俺は思いつつ、土方さんの横にすとんと腰を下ろした。途端に土方さんが眉を顰める。

「酒くせェな。どんだけ飲んだんだよ」
「さァ。覚えてやせんね。けどそういうアンタだってヤニくせェじゃないですか。いっつもだけど、今日はいったい何本吸ったんです?」
「さあな。覚えてねー」
「じゃあお互い様ってことで」

 なんだか変な気持ちだ。体が暑くて、あの土方さんと話してるっていうのに俺は不愉快になるどころか何故だか楽しくて仕方ない。
 あー俺気持ち悪ィなあ。呟いて、俺は縁側からぷらぷら足を下ろすと上体を倒して寝っ転がった。床が冷たくて気持ちがいい。アイマスクは持ち合わせてなかったから腕で目を隠して笑うと、土方さんがギシリと古い床板軋ませて覗き込む気配がした。

「総悟、お前酔ってんだろ」
「いーえ。俺ァ土方さんみたいに下戸じゃないしヘタレでもありやせん。ゲコゲコゲコ」
「ヘタレは関係ねェだろ。ってやっぱ酔ってんじゃねーか」

 ったく、と土方さんが呆れたように煙草を吸う。祝宴席になかった臭いに改めて土方さんだなあと思うと、俺はやっぱり奥底がくすぐったくて仕方なかった。

「土方さん、俺はどうやら笑い茸でも食べちまったみたいですぜ。それか変なモンでも食ちまったのかも」
「お前は普段でも十分おかしいよ」
「だって土方さんと話してて楽しいとか思ってんですぜ?俺。変でしょ」


 土方さんは笑わなかったし茶化しもしなかった。腕を外してちらりと見ても、黒い着流しの背中しか見えなくて今どんな顔をしてるのかわからない。白い煙草の煙が夜の闇にふっと消えてった。


「…酔ってんだよ」
「そうですかねェ…」
「ああ酔ってんだよ。正気のお前がそんなこと思うはずねェだろ」

 しばらく間を置いて吐かれた言葉を、俺はぼんやりと考えた。
 酔っているのか否か。酔っているから、俺は土方さんと話すのが楽しいのだろうか?酔っているから土方さんの傍にいて安心している?このこそばゆくてむずむずしたどうしようもない感情は酔っているから生まれたものか否か。
 気づいて、また俺は笑った。

(だったら俺ァいつも酔ってるってことになっちまうな)

 ああいつからだ。いつから俺は、この録でもない男をこんなに想うように執着するようになったんだ。
 酔っているっていうならこの男に俺は、酔っている。

(…なんて考えてる俺大丈夫か)

 うっと俺は口元を抑えた。

「土方さん、吐きそう」
「ばッ!だからガキは飲むんじゃねェって言ってんだ」
「うるせェよゲコゲコが」
「ゲコゲコじゃねェー!俺はほんのちょっと人よりアルコールの耐性がないだけであと人よりちょっとヘタレなだけで……ってそうじゃなくて、総悟我慢しろよ!絶対吐くなよ!特に俺に吐きかけるなよ、ゲコよりもゲロの方が面倒なんだよ」

 土方さんは寝っ転がってた俺の手を掴んで、引き起こそうと引っ張った。上半身だけ体起こして俺は、土方さんの手を逆に掴んでぐいっと引く。もちろん土方さんは倒れてなんかこなかったけれど、なんだよという顔を俺に向けてきた。ひとつ頷いて、俺は言った。

「土方さん、酔った人間の戯れ言だと思って聞いてくれやす?」
「んだよ」
「あーやっぱ俺酔ってんのかなァ」
「だからなんだよ」
「俺、好きな人がいるんですよ」

 知らなかったでしょ、そう言えばぴたりと目を瞠って固まる、土方さんを見て俺はしてやったりと口の端を釣り上げた。
 まさかその相手が自分だとは夢にも思ってもいまい。
 恋は先にした方が負けだなんて言うけれど俺は負けるつもりはないんで悪しからず。
 人知れない俺の宣誓布告に、宴のほうがどっと盛り上がった。