理由なんか必要ないだろ
失敗したーーー己の失態に思わず舌打ちをすると同時に、沖田は愛刀で襲い掛ってくる男の咽を力の限り貫いた。
刀を通して、柔らかな肉を抉る感触が伝わってくる。それに嫌悪する時期は当に過ぎ、今では自分は生き残るのだという勝利の感覚となっていた。更に力を込める。
男の絶命を見届けると、沖田は刀を鞘へと締まった。上がっていた息を落ち着かせ、大きく息を吸い込み深呼吸をする。途端にあーあと零れるぼやき声。興奮していた体はその頃になってやっと痛覚が戻ってきた。
「痛ってェなァ」
ふとした不注意から右腕がバッサリと斬られてしまった。押さえると手の平にべったりと血が付く。自分の血を見たのは随分と久しぶりだ。それほど一番隊隊長の名は真選組最強と恐れられているのに、情けない。
血を出し過ぎたのか若干痺れを感じる右手を開いたり閉じたりして筋が切れていないことを確認した沖田は、安心した途端いつもの堕落さが戻ってきて立っているのも億劫になり、疲労困憊の体をふらふらと壁にひっ付けた。そのままずるずると沈みこむ。
屯所に連絡を入れなければ。用もない散策の途中で運悪く浪士たちと出会ってしまい、後処理をする準備も人も居ない。さっさと応援を呼んで、ついでに迎えにも来てもらおう。どこかのマヨラーみたいにすべてを自分で背負い込む真面目さも気力も、総悟にはない。
「携帯、あったかな」
ぼーとする頭でごそごそと懐を探っていると、
「探し物はこれか?」
「あ、どうも。助かりやす」
目の前に見慣れた携帯を差し出され、総悟は首を傾げた。懐を探っていた指の端に、コツンと固形物が当たった感触がある。確かであればこれは自分の携帯だ。じゃあ目の前のこの携帯は?
ゆっくりと視線を上げて、総悟は固まった。いつの間にか目の前に土方が立っている。黒い目でじっとこっちを見下ろしている。
「なんで土方さんがここに居るんでさァ」
「偶然」
「ストーカー?」
「違ぇよ」
偶然にしては良すぎるので沖田は尚もストーカー疑惑を拭いきれなかったのだが、土方はもうそれに取り合う気がないらしく、当たりを見回し端正なその顔を歪めた。
「お前、また随分と派手にやったもんだな」
「それは向こうに行ってくだせ毛。俺は単に散歩してただけでさ」
「まあそれで傷を受けちゃ、世話ねぇんだけどな」
視線を感じて見やれば、惨状を眺めていた土方の目はいつの間にか沖田の傷を捕えていた。
かすり傷、と冗談を言っても嘘だとバレバレで、失礼にも目の前でため息を吐かれた。
「立てるか?」
深いな、と言って刺し伸ばされた手を、しかし沖田は乱暴に払い、顔を背けて地面をジッと見つめた。土方には見られたくなかった傷だ。
「大したことねェんで、放っといてくだせェ」
「はぁ? それのどこが大したことねぇんだ」
「唾でもつけときゃ治りやす。アンタの気にしすぎでさァ。それより土方さん。今日は運が悪かっただけで、俺の腕は落ちてやせんからね。今度の捕り物にも俺は出やす」
「…お前、何拘ってんの?」
何を言ったわけでもないのに必死になって弁明を測る沖田に、土方は呆れた顔をした。しゃがみ込んで頬についた血を拭ってやり、覗き込んで、どうした?と目で問いかける。
沖田あはムスッとした顔のままだったが、辛抱強く待ってやると根負けして総悟が声を落とした。
自分は一番隊長だから、刀が使えなくなったら用無しだ。だからまだ戦えるってことを言っておきたかった。
血を流したのと疲労で、頭が上手く働いていないのかもしれない。いつも以上にスラスラと落ちてくる言葉に、土方はコイツはまたしょうもないことを考えているんだなと思った。
ため息ひとつ落とす。自分のスカーフをしゅるりと取り沖田の腕に巻いてやる。
一瞬痛そうな顔をしたが、痛くないと本人が言うんだから気にしない。
結び終わると土方は手を持ち上げて、沖田の頭を容赦なく掻き回した。
「わ、ちょ」
「何を考えていんのかと思えばそんなことか」
「そんなことって」
「じゃあ総悟、右腕切り落としてみるか?」
思っても居ない言葉に、へ?と総悟は目を点にした。
何言ってんだコイツと見やった先の土方は、しかし冗談を言っているようには見えなかった。
困惑する沖田の頭を痛いぐらいに撫で回し、土方は言葉を続ける。
「右腕が使えなくなっても、パソコンぐらい使えるだろ。左手で文字を書く練習したら書類整理も出来る。刀は使えなくても銃器の引き金なら引ける」
止めどなく吐かれた言葉に沖田はただただ呆然とした。ぱちぱちと目を瞬いていると見かねたらしく額をデコピンを食らった。結構痛い。言い聞かせるように顔を近づけて土方は言った。
「お前を置いとく理由なんざ、考えたこともねぇよ。理由なんかなくても、お前はここに居るんだよ」
甘ったれんな、クソガキ。
人差し指でトントンと胸を叩かれる。一方的な言葉に、沖田は言葉が出なかった。あまりにも傲慢であまりにも勝手だ。虚をつかれ逆に総悟のほうが呆れる。
「声が出なくなったら?」
「安心しろ、お前は黙っているほうが分かりやすい」
「歩けなくなったら?」
「ずっと負ぶってやるよ」
「病気になったら、」
「看病してやる。覚悟しとけ」
理由がなくてもここに居ることが答えなんだ。理由なんて必要ないだろ。
「…なんでィ、それ」
副長の言葉とは思えないそれに、沖田は笑うしかなかった。
「土方さん。今の言葉、俺と同じぐらい馬鹿ですぜィ」
「うるせーよ。怪我なんかしやがった間抜けな馬鹿は黙ってろ」
土方は立ち上がると携帯で屯所に連絡を入れ応援を頼んだ。二言三言話し通話を切ると、改めて現場を見渡しお前やっぱりやりすぎだと頭を叩かれる。
「車全部出ってから、俺がお前を連れて帰る」
「土方さん車?」
「いや歩き」
「使えねー上司でさァ」
「テメー、置いて帰るぞ」
青筋を立てながらも、背中を向けて再度総悟の前にしゃがみ込み負ぶさるよう促す。
なんでィこの状況。何をやっているんだろうと座り込んだまま従わなければ、お前血を流しすぎてどうせ歩けねーだろと言われた。図星である。
仕方なく土方の背に乗ってはみるものの、重みを感じるでもなく難なく立ち上がるのがなんか癪だ。総悟は土方の髪を引っ張った。
「土方さん、土方さん」
「あいててて」
なんだよ、と振り向いた横顔に、さっと顔を近づけ総悟はキスをする。突然の奇襲に土方が固まった。
大きな目でそれをジッと見つめ、総悟は問う。
「土方さんコレは?」
「え?」
「理由は?」
「ああ」
そういうこと。
覗き込んできた顔に仕返しのキスを送る。
「理由なんか?」
「必要ねーだろ」
今度は即答で返事を返す。ご褒美とばかりに今度は頭に唇が寄せられ、心中で土方は唸る。
耳を赤くさせ、土方は背中の重みを感じなから歩を進める。弱ると素直なんてそんなの卑怯だと思いながら、ちくしょうその代わり屯所に帰れば覚えていろとそんなふしだらなことを考えた。