これからもずっと一緒に居て、何年経ってもダラダラとつるんでそこに居るのが当たり前で。
馬鹿みたいにそう信じてた俺が、所謂現実、ずっと一緒なんて言葉がないってことを思い知らされたのが半年前。
屋上で、まだ学生服を着てた俺が同じく似合わない学生服着た土方さんに連れられて行った屋上で、言いにくそうに土方さんから告げられた。
「実は××大学の推薦受けようかと思っててよ。総悟が蹴ったから悩んでたけど先生にも薦められたし近藤さんにも相談乗ってもらって、なんか決心ついた」
「……え」
俺と土方さんは同じ剣道部所属だった。強い部ではなかったけれど何故か俺たちの代はどの試合でも勝ちまくって、終いには全国大会までいって常連じゃないのに結構いい成績を残したっていう華やかな思い出があったりする。
その活躍を知って大学が出した推薦枠を、土方さんが乗ったというのだ。勿論俺や近藤さんの元にも来たけど俺たちは蹴った話だった。近藤さんは好きな人と離れたくないって理由で、俺は肺が弱い姉上をひとり残して行けないって理由でお断りした。××大学は有名だけど、それほど遠い場所にあるのだ。
「悪い」
つまり引っ越すのだと、土方さんは言った。ちょっとやそっとで帰れる距離じゃないから今までみたいに簡単に会うことも出来なくなる。でもそこで剣道やってみたいんだと、土方さんはちゃんと俺の目を見て強く言った。
小学校中学校高校と俺と土方さんはずっと一緒に居て馬鹿やってきたから、そこら辺の誰よりも土方さんの性格はわかってる。
(悪いなんて思ってもないくせに…)
胸の奥ががさがさと騒いで重たくなった。土方さんは自分で決めたことを絶対に曲げやしない。信念とやらを貫き通すお人だ。だから土方さんが居なくなるっていうのは絶対の決定事項で変わらないし変えれないことで。
決めた後に言われても、俺にはなんにも言えやしない。
そうですかィアンタが居なくなって清々しやす、そんな憎まれ口言うしか出来やしない。
(あの時別れとけばよかった)
幼なじみと悪友に付け加えて、どこをどう道を間違って転がり落ちたのか、俺と土方さんの間には恋人っていう違和感たっぷりの代名詞がくっついている。付き合いは長くても付き合う関係になってからその代名詞が俺の中でじっくり定着することはなかった。いきなり特別な感情が生まれて、同じもんが向こうにもあって恋人になって、けどその言葉がなんだかお互い慣れなくてとりあえずそのままずっと引き摺ってきた代名詞だった。そして慣れないまま、それが終わろとしている。
「………」
そんなことを感慨深く思いながら重たい瞼を上げると、白い段ボール箱が積み上げられているのが目に入った。何もなかった部屋が更に何もなくなっている。ああそうだ、ここは恋人の部屋だったんだって気づいた。
「あ、起きた。大丈夫か?」
「ええまァ」
体を起こすとじわっと腰が重くて痛い。引っ越しの手伝いをしにここ来て、終わったから恋人同士でやることヤったんだって思い出した。どうにも眠たくて仕方ない。がしがしと頭を掻いて欠伸しながら動き回って最後の片付けしてる土方さん見てた。
「欠伸ばっか。寝るんならまだ寝ててもいいけど」
「あー土方さん、俺たちソファーでヤったんでしたっけ?俺はてっきりベッドかと思ってやしたけど俺ァ今ソファーに居るし」
「ばーか、ベッドだよ。俺がそっちに運んだんだの。シーツ剥がさなきゃなんねェからな」
そう言って土方さんが畳んで端に置いてた汚れたシーツを指差した。もう朝日が昇っているから今日の昼に、引っ越しの業者が荷物を取りに来る。だから新しいシーツはもう敷かないんだって土方さんは言って、汚れたシーツを持つと燃えるゴミ用のビニール袋にポイっとそれを捨てた。ああなんだか俺みたいだって思った。
(俺もああして捨てられんのかなー)
引っ越すからといってそれなりに覚悟してた別れ話は土方さんからなかった。でも俺は土方さんとの関係も、こうやってヤる事ももうないだろうと思っている。だって遠距離恋愛が出来るほど俺たちは強くないし器用じゃない。きっと連絡取らなくなってどうでもよくなって忘れて、いいとこ自然消滅だ。
(大学には誘惑多いし)
いろんな人たちが居て出会う機会がいっぱいあってさぞ楽しかろう。
…想像して、何故だかもやもやした。
「土方さんコンパとかよく誘われそうですね。瞳孔開いてるけど顔良いし」
「はあ?何言ってんだお前」
「いーえ、別に。ただ思ったことを言ったまでで深い意味はありやせん」
豆鉄砲食らってるみたいな顔して土方さんがこっちを見る。その視線がなんだか嫌で、俺は掛けられてた上掛けを引っ張ってもう一回ソファーに体倒して猫みたいに丸まった。
何も聞きたくない。
大丈夫安心してくだせェよ、浮気したって俺は女みたいにギャアギャア騒ぎ立てませんから。むしろ誰も知り合いの居ない場所でひとり暮らしてて誰にもバレない部屋があったらそうならないはずがないじゃないですか。
大丈夫、あの屋上みたいに「そうですかィ」の一言で俺は受けとめて手を引きやすから。あの汚れたシーツが捨てられるように後腐れなく、燃えてしまうようにきれいさっぱりとアンタのこと忘れられるから。
だから、大丈夫。
どっちが?
「………」
「……浮気は、しねェから」
いつの間にか土方さんがすぐそこに居て不覚にも気付かなかった俺はその声でビクリと体を震わせた。案の定勘違いした土方さんが丸まった俺に手を回して、ギュッと抱き締めてくる。声だけで見なくてもわかる、今この人絶対真剣(マジ)な顔してんだ。
(さっさとどっか行きやがれ)
泣きたくなって嫌になった。上掛けの中に顔隠しててよかった。土方さんにも言ったことがないけど姉上のこととかがあって、俺は昔から声も出さずにただ涙を流すことが上手かった。頬を一筋の水が流れる感触に頭ん中ぐるぐるになってもうわけわかんなくてごちゃごちゃで。案外未練たらしいのかもしれないとか思った。
ああこれで最後だから、最後にもう一度、恋人って変な名前でくっついていた時にくれた言葉を聞かせて欲しい。最後にもう一度、
(好きって言って、)
「ねェ土方さん」
でもなんだよ、と近くで響く聞き慣れた声が体の中駆け巡って、俺は身動きがとれなくなる。この声とももうおさらばしなきゃいけないのに、頭の悪い俺は往生際悪く最後になってこの声で名前呼ばれるのが好きだったんだって、そう気付いた。