※土方さんがコロコロ彼女を変えてます。考え方も行動もわりとひどい男です。苦笑




 人間だれしも噂を好む。
 特に学校という一つの集団社会となれば、それは顕著に現れた。口や電波によって瞬く間に広った噂はすぐに蔓延し、空気となって漂い続ける。時には言われもないレッテルを貼られたりするものだ。全くもってたまったもんじゃない。
 かく言う俺も、今まさにそのレッテルを貼られているわけだが、その内容って言うのが、

「ねぇ、聞いた? 土方くんって沖田くんのこと好きなんだってー!」
「嘘っ! え、なんで?! 土方くんってホモなの?!」

 ・・・。おい誰だ、ンな噂流した奴。

 遠巻きにこっちを見ながらこそこそと言葉を交わす連中が居ることには気付いていた。瞳に宿る好奇や侮蔑、哀れみ。それにいぶかしんでいると、山崎がこっそりと教えてくれたのだ。曰く、俺が総悟に好意を持っているという噂が出回っている、とのことである。
 寝耳に水とは、まさにこのことだった。気付いた時には、既に遅かった。

「おい山崎、あの噂消してこいよ」
「無茶言わんでくださいよ」

 陰口が聞こえ、一気に気分が降下していく俺の隣で、山崎が苦笑を浮かべた。噂に気付いてからはなるべく総悟と一緒に居ないようにしているのだが、だからと言ってそこら中に散らばったウイルスが消えるわけでもなく、チクチクと俺の神経を逆なでしていくばかりだ。

「つーか、俺が、総・悟・を! 好きだなんてデマが、どうやったら出てくるんだよ」

 俺が一番納得いかないのはそこだ。女ならまだしも、男を、特に総悟を好きになるなんて冗談にもほどがある。

「さぁ。土方さんと沖田さんって仲が良いですから、そう見えたんじゃないですか?」
「どこがだよ。どこをどう見れば仲が良いなんて言えるんだ? あ゛?」
「ちょ、痛い痛いっ!」

 ぐりぐりと旋毛に拳をめり込ませると、山崎が悲鳴をあげる。恨めしい目を向けられたが、知ったこっちゃない。
 俺と総悟は確かにつるんではいるが、勿論そこに恋愛感情があるわけじゃない。総悟は俺に悪戯を仕掛けては笑っている悪魔だ。その所業に怒りは沸けど、好意なんて持つわけがない。どんなドMだよ。
 とにかくそれを間近で見ているはずの山崎にさえそう言われるのは、心外だった。お前の目は節穴かっつーの。
 ジロリと隣を睨みつけると、山崎はビクビクとしながら予想外の言葉を口にする。

「でも土方さん、沖田さんに対して優しいですよね?」
「・・・は?」
「この噂の前に、結構言われてましたよ。土方くんは沖田くんに対して態度が違うって。女子が噂してました」
「・・・なんだ、それ」

 目をぱちくりとさせる俺に、山崎が続ける。
 例えば、雨が降っていると傘に入れてあげる、汗を掻いていたらタオルを貸す、宿題などの面倒をみる、慰める、フォローする、世話を焼く、なんだかんだ本気では怒らない、頭を撫でる、等など、総悟の扱いに特別さがあるのだと山崎は言ったのだ。

「沖田さんがする悪戯も、甘えなんじゃないかっていう見解です。土方さんに自覚があるのかは分かりませんけど、女の子は結構そういうの見てますからね。この噂だって、出元は多分土方さんが相手にしなかった女の子だと思いますけど」

 山崎の言葉に、俺は驚くばかりだ。自覚があるかって? あるわけがない。そんなこと、無意識のうちにやってただけだ。

(けどそうか。そこから来てんのか)

 確かに、総悟への対応は他より多少甘いのかもしれない。お節介というほうが正しいだろうか、一度気になるとどうしようもなく気になって、気付けば手が伸びていることがほとんどだ。世話をやいてから、自分は何をしているんだと気恥しくなることもしばしばだった。
 そんな擽ったさを思い出し、俺は青褪めた。それか。それが原因なのか。無自覚からくる行動とはいえ、周りにそう見えていたのかと知ってしまえば最悪だった。この場合総悟は巻き込まれたといったほうがいいだろう。

(俺たちはそんなんじゃないっつーの)

 肩を落とした俺を見て、隣で山崎が心情を悟った顔をして笑った。ムカつく。




 原因が分かれば行動は早かった。噂のことは知ってるけど、と前置きして果敢に攻めてきた相手にこれ幸いとばかりに了承を返し、俺は彼女を作った。思った以上に女の情報網は早く、ホモじゃなかったという噂は瞬く間に広がり、俺らのレッテルはすぐに消えた。彼女との付き合いは長く続かなかったが、俺としては噂が消えたので万々歳の結果だ。
 それから何人かと付き合っては別れてを繰り返し、気付けば総悟と絡む時間が極端に減っていた。

「総悟」

 昼休みも会いたいという相手に合わせていたが、今日は用事があると言って早々に別れて教室に舞い戻る。っつーか昼休みも放課後も一緒に居て、よく飽きねぇな。正直俺はうんざりとしている。

(そりゃあまぁ、相手にもよるけどよ)

 そういう点では総悟とは四六時中一緒だった。
 机に頭をくっ付けたまま浮上して来ない相手を見てそんなことを考えながら、丸い頭をつつく。総悟は頭を重たそうに持ち上げてこっちを見ると、興味を失せたように瞳を逸らした。

「なんでィ。貴重な昼寝時間を邪魔してんじゃねーよ土方」
「昼寝って、お前授業中も寝てんじゃねぇか」
「寝る子は育つってやつです。ほっといてくだせェ。ところで土方さん、女はどうしたんです? この時間は逢引きでしょう」
「逢引きっていつの時代だよ・・・」

 総悟は欠伸を噛み殺すと、椅子に仰け反り足をピンッと投げ出した。髪がぼさぼさに乱れていて、手で直してやると総悟の青い目がじっとこっちを見てくる。また無意識な行動に、しまったと慌てて手をひっこめた。間が開くのが怖くて、急いで声を出す。

「毎日会わなくたっていいだろ。俺だって気兼ねなく過ごしたいんだよ」
「ふーん。気兼ねなく、で俺のところに来やすか」
「・・・いいだろ、別に」
「まァ、悪かァないです」

 総悟は珍しくふふっと笑った。まだ寝ぼけているのか、幼い笑みに心の奥がほっと落ち着いた。
 椅子を寄せて総悟の隣に座ると、取りとめのない会話を交わす。内容なんてあってないようなものだ。授業や最近あったこと、見たテレビ、話して笑ってツッこんで、以前と同じ時間を過ごす。居心地がよくて、しっくりときた。他と何が違うんだろうなと恥ずかしいことを考えながら、穏やかな時間を過ごす。

「土方くん」

 しかしそれは唐突に終わりを告げた。声に引っ張られるように視線を向ければ、今の彼女がひらひらと手を振っていた。用事があるって言っただろ、と苦々しく思いながら「あー」と声を濁す。チラリと総悟を見ると、くいっと顎を向けられた。さっさと行け、ということらしい。穏やかな空気が急速に冷えていくのを感じた。

「悪い」

 後ろ髪を引かれる思いで椅子から立ち上がる。総悟の視線を背中に感じた。廊下へと向かう最中、クラスメイトに「彼女のお迎えかよ」と囃し立てられる。そう、彼女だ。本当なら喜ぶべきだ。けど俺は待っている相手より、透き通った青い目の元へ戻りたい気持ちが沸き起こって仕方がなかった。だってそこが、何よりも心地よい。そう知ってしまった。

 それからというもの、俺は総悟のことばかり考えてしまうようになった。今は何をしているのだろう、誰と居るのだろう、どんな話をしているのだろう。他とは違う、総悟と過ごす時間の色を知ってからは、ぼんやりとそんなことを考えてしまう。何を聞かれても上の空で、彼女と別れてからは新しく作ることもしなかった。実にならない時間より、友達と、総悟と一緒に居る時間が楽しいと気付いたからだ。
 昼休みや放課後、どこにも行かない俺に気が付いた総悟は、笑ってこう言った。「土方さん、馬鹿でしょ」


「おい総悟! 待てって! 携帯のロック番号変えてんじゃねーよ!」
「知りやせーん」

 バタバタと廊下を慌ただしく走りながら、亜麻色の頭をした悪魔を追いかける。普段ぐうたらしているくせに、なんでそんなに運動神経が良いんだ、あの馬鹿っ。
 総悟は風のように走って、角を曲がると消えてしまった。キョロキョロと見回す俺の耳に、遠巻きにこっちを見ていた女の声が聞こえてくる。

「ほら、やっぱりあの噂本当だったんだよ」
「あーあ。ノンケだと思ったのになぁ」

 あのふたり、付き合っているんだって。



ばなし