※モデルの名前が「トシ」です
※キャラがいろいろと崩壊しています
※コメディと思ってください… orz
暇潰しに本屋に寄って、ふと目についた雑誌に眉間に皺を寄せて、ペラペラとページを捲ってもう何度も経験した蟠りをまたひとつ貯め込む。
視線の先、テレビ情報誌に特集を組まれている男は今世間で大注目のモデルだ。売れに売れまくっている証拠に並んだ雑誌の表紙がほぼそれで、流し目だったり笑ったりと様々な表情を見せている。
「…………」
総悟は、憂鬱な気分を味わいながらももう一度開いたページに目を向けた。
黒の服を着こなし、スラリとした立ち姿。次のページでは服の前がはだけて、なんというか、色気がある。
(エロ方め)
総悟は毒づいた。ペラペラと数ページに及ぶ特集のどこを捲ってもどこにも総悟が知る土方はいなかった。
眉を寄せる総悟の耳に女たちが雑誌を片手にキャアキャアと騒ぎ合う声が聞こえて、ちらりと見ると開かれたページにやっぱりこの男が居て、総悟はなんとも言えない気分になる。
雑誌を置いて本屋を後にすると、街はすっかりイルミネーションに彩られていた。どこを見てもカップルばかりでまたも重たいため息を飲み込むことになる。
北風に身震いさせて歩き出せば、数歩行った先で目に入った大きな看板。女性用の化粧品を片手に口の端を吊り上げているのはやっぱりそれで、総悟は今、世界中からこの男の存在を消してやりたいと本気で思った。
だってそうだろう。
総悟は今をときめくモデルトシの恋人なのだから、そう思うのは当然の権利だ。
密会ダンス
昨日は24日、金曜日。今日は25日、土曜日。クリスマス。
総悟は志村の家で男たちの寂しいヤローパーティーを開いていた。近藤や坂田と共に志村の家に押しかけ、飲んで騒いで暴れて世間一般に言われるクリスマスという日から全力で顔を背ける男たちの寂しい会だ。傷を舐め合うというのは素晴らしいことである。
「あー今日のお通ちゃんは一段と可愛い! これこそ聖夜の奇跡だ!」
「お。この女優胸おっきくね? なになにグラビア? クリスマスの夜にこんな女に誘われたらたまんねーな」
「何言ってんでィ旦那。こんなのただのホルスタインじゃねェですかィ。なんなら牧場に行って来なせェよ、牧場。胸がパンクしそうなホルスタインが旦那を待ってやすぜ」
「俺は牛の話をしてんじゃねーよ。規格が人間の話をしてるの。ンなホルスタインは総一郎くんに譲ってあげますー」
「総悟です。あれ? 知らねェんですかィ? そこの牧場で働いている女がホルスタインって噂ですぜィ」
「え? マジで」
「名前はウシ子さん」
「ってそれ完璧牛じゃねぇかぁぁぁぁぁぁああああ!!!」
「何言っているんだふたりとも! こんな女性よりお妙さんのほうが何百倍も綺麗じゃないか! 胸の大きさは負けるけどッ」
「アンタ何さりげなく人の姉のことを侮辱してんだよッ! ってかお通ちゃんの歌の後ですよ! もっと他に言う感想があるでしょう!」
「「聖夜に聞く歌じゃない」」
「お前ら表出ろぉぉぉぉぉおおお」
などなど、テレビ番組ひとつで男たちは不毛な言い争いを繰り返していた。
いつもなら最後まで会話に参加する総悟は争いの火を着けたにも関わらず早々に離脱し、スナック菓子をぼりぼりと食べながらぼんやりとテレビを見ている。画面の中ではクリスマスの夜だと言って芸人からアイドルまで揃えて賑やかなトークショーが開かれていた。
今日志村の家に来たら寺門通が出ているこの番組を見るだろうことは分かっていたから、本当のことを言えば総悟は来たくなかった。これにはアイツも出る。
ボリボリボリと無表情でスナック菓子を頬張る青い目が見つめる先、総悟の心を読んだように画面に黒髪の男が映った。何か一言声を落とすとスタジオで歓声が沸き起こり、司会者がそれを茶化す。
間近で聞くことが出来るはずの言葉をスピーカー越しに聞くというのは生きる世界が違うというのをまざまざと見せつけられた気分で、見るたび聞くたびに総悟の中が冷めていく。
「総悟ー?」
ぼんやりとした総悟に気付いた近藤がひらひらと手を振るが、総悟はやはりぼんやりとテレビを見ているだけだった。近藤や坂田、志村がその視線の先を追う。
「ああ、トシか。最近すごい人気だよな。俺のお袋も好きだよ」
「有名女優と一緒にCM出てから、注目されてすごい人気らしいですね。クラス女子たちもトシのファン多くて雑誌が出る度に騒いですごいんですから」
「総悟もトシが好きなのか?」
「べつにー」
テーブルに頭をゴロンと転がせて総悟はテレビから視線を外した。どこか沈んだ様子に近藤と志村が顔を合わせて首を傾げる。坂田はチラッと総悟を一瞥しただけで、腕を振り上げてテレビに野次を飛ばす。
「そんな目つきの悪いヤローじゃなくてさっきの姉ちゃん出せー」
「そーだそーだ」
一緒になって野次を飛ばす総悟の耳に、トシはクリスマスはどうするんですか?というアナウンサーの声が聞こえて総悟は視線をテレビに戻した。
テレビの中で見慣れたようで全く知らない男が、普段は見せない気障ったらしい笑みを乗せて「海にでも行きたいですね」なんて当たり障りのない返答をしている。
(凍えて死んじまえ)
胸中で吐き出し、収集のつかない苛立ちに総悟はむっと拗ねた。別にイベントだからって特別意識しているわけでもないし、クリスマスだから一緒に居たいなんて甘ったるい感情があるわけでもない。けれど会えない相手の顔を画面越しに見て、しかもいつもの不機嫌さとは裏腹に人当たりが良い態度で笑顔なんか見せて、女たちにキャーキャー言われるのを堂々と見せつけられるのははっきり言って不愉快だ。
尽きたはずのため息がまた生まれそうになって唇をギュッと噛み締める。と、ポケットに入れていた携帯が震えた。取り出してディスプレイの文字を見ると案の定今考えていた男の名前がそこに踊っていて、チラリとテレビを見ると番組はCMに入っていた。ピッと通話ボタンを総悟は押す。
「只今留守にしております。御用の方はまた次回ー」
『ふざけんな。テメー今どこに居んだよ』
「家でまったりくつろいでやすよ」
『嘘つけ』
はっきりと言われて、おや? と総悟は片眉を上げた。言葉の端から相手が苛立っているのが分かって、総悟は首を傾げながら白状する。
「暇なんで友達の家に来てやす」
『クリスマスにか?』
「暇なんで」
カンッと靴の先でアスファルトを蹴った音が聞こえた。相手が苛立っている証拠だ。
総悟は体を起こした。
CMの間に楽屋からかけていると思っていたが、耳を澄ませてみるとやけに辺りが静かだ。
「アンタ今どこに居るですかィ?」
『クリスマスなのに恋人放っといてどっかに遊びに行くバカの家の前だよ』
「へ?」
青い目が点になる。自分勝手な相手は早く来いとだけ言って乱暴に通話を切った。
(え? テレビに出てるんじゃねーの?)
呆然とする総悟を他の三人が興味津々に見つめている。
総悟?と呼ぶ近藤の声で総悟はハッと我に帰った。
「ちょっと俺用事思い出したんで帰りまさァ」
「えー。ちょっと総一郎くん、まさか恋人じゃないよね? この会に参加しといてそれはねーぞ」
「違いまさァ。ウシ子が干し草欲しいって言ってモーモー煩ェんですよ」
じゃ、そういうことで。
そう言うと総悟は荷物をまとめてさっさと行ってしまった。置いていかれた三人は三回目を瞬き、互いを見つめ合う。
「ウシ子って、牛…ですよね…?」
「でも総悟は牛なんて飼ってないはずだが…あれ?」
「もしかして…総一郎くんって本当にホルスタインの友達でも居るの?!」
総悟のいい加減な返答など、考えても分かるわけがなく、また不毛な言い合うが続く。
総悟が自分の家に向かって帰っていると、公園の横を通ったところで突然ぐいっと腕を引っ張られた。
「わっ」
バランスを崩すと誰かに受け止められる。顔を上げるとサングラスを掛けた黒い長身の男が居て、総悟は驚いた。
「土方さん」
芸名ではない本来の名を呼べば、もう片方の手でサングラスを取り真っ黒な瞳が総悟を見下ろす。
夜色をした切れ目の瞳は電話の声色と同様に不機嫌さを物語っていた。
体を離して総悟は下から上へと土方を見やる。
「番組に出てたんじゃねェんですかィ?」
「あれは収録したやつだ。生放送じゃねえよ。ったく、詰まったスケジュールをなんとかやりくりして夜に時間作って来たっていうのに、肝心のテメーは居ねーし、ほんと薄情者だよな」
ガシガシと苛立った風に土方が頭を掻いて眉を顰める。
会うことがないと思っていただけに総悟はそっくりさんじゃないかと呆然と土方を眺めていたが、ようやっとそれが土方だと分かると土方に負けず劣らず総悟も眉を寄せた。
「ンなこと言ったって俺はアンタのスケジュールなんて知りやせんぜ。急に言われても迷惑でィ」
「は? ンだよ迷惑って。お前は俺と付き合ってんだろ。だったらなんでクリスマスの夜を別の奴と過ごすんだよ。非常識じゃねーか」
「アンタだってホルスタインの姉ちゃんと仲良くやってんじゃねェですかィ。お互い様でさァ」
「だからアレは収録だって言ってんだろ。しかもホルスタインってなんだよ。牛か?」
「クリスマスに放送されたらどっちでも一緒でィ」
総悟はツンとした。
「それにさっきはヤローどもで居ただけでさァ。女が居たわけじゃありやせん」
土方が少し身を屈めてずいっと総悟と顔を近づけた。気に食わないと言いたげだ。焦点がボヤけるほどの至近距離で土方が言う。
「お前も俺もヤローだ。お前が他の男と一緒にクリスマス過ごしたってだけで、俺にとっては立派な嫉妬の対象になるんだよ」
覚えとけ。
あまりにもストレートな発言に総悟は口をポカーンと開けたまま動きを止めてしまう。
そんな総悟にはお構いなしに土方はひとつ息を吐くと、固まった薄情者に手を伸ばしてその体を抱き寄せた。すっぽりと収まった総悟に満足して、土方はまあるい頭に頬を擦り寄せる。
「ほんと油断ならねーよな」
土方の声はまだ拗ねている。総悟はどこかほだされた気分になってしまった。
「アンタだってクリスマスは海が見たいって言ってたじゃねェですか」
「あ? テレビのトークなんか信じてんのかよ。目の前に俺が居るのに?」
真っすぐな目と真っすぐな言葉に総悟は言うべき言葉を失う。画面越し、写真越しに見る土方に募る不満はいくらでもあるけれど、会ってしまえば一瞬でそれらは消え去ってしまい、総悟はどうすればいいのか分からなくなる。
「じゃあ土方さんはクリスマス何がしたかったんでィ」
目の前に広がる土方の服に顔を埋めて総悟は目を瞑った。土方が総悟の髪を触り、分からねぇか?と頭に置いた手の上に顎を乗せて笑う。振動が直に伝わった。
「クリスマスの醍醐味を堪能してみようかと思ってな」
「クリスマスの醍醐味? サンタにプレゼントでもお願いでもするんですかィ?」
「違ぇよ。サンタになんか頼まなくてもこれは俺が直に叶える」
総悟がごそごそと顔を動かして、きょとんと土方を見上げた。
「まったく意味がわからねェ」
「ったく、お前は本当に言い甲斐がねえな」
土方が可笑しそうに笑う。コツンと額を合わせた聖なる夜に、静かな闇を響かせて言霊が舞う。
「総悟とクリスマスを過ごしたかった」
今俺がここに居ることが俺の願い。だから会いに来た。
自分勝手な、けれど真っすぐとした言葉に口元を緩ませた笑い方。総悟の頭の中にあったテレビで見た土方の笑みと目の前の笑みの印象が全く違っていて、総悟は今の土方の笑顔しか記憶に残らない。自分だけが知る表情、声、感情、たとえようのない優越感が胸の内を凌駕する。
「じゃあ俺がサンタになってやりまさァ」
総悟が手を伸ばして自分勝手な大きな子どもの頭を抱き寄せると、それに倣って背を屈め、土方は腰に手を回して総悟を支えた。甘えて囁く。
「なんかくれるの?」
「土方さんが欲しがっているものをあげやす」
言われた言葉を反芻して沖田を覗き込むと、そこには町並みを彩るイルミネーションより悪戯気に輝く青い瞳があった。それはどの光よりも土方を深い海底へと誘う。もう戻れない。
息継ぎをしよう。土方は総悟に口付けた。魅了する瞳に土方は咽を鳴らして笑う。己が欲しいものなんてたったひとつだ。分かっているだろうに、たちが悪い。だが
「最高だ」
視線を絡ませて笑うと、ちらちらと雪が降り出す。
さあ舞台も役者も整った。お祝いをしよう。
「「メリークリスマス」」
今日を最高の夜にしてあげる。