用件を言わずだらだら喋るっていうのもどうかと思うが、用件だけを端的に言うのもどうかと思うわけで。

「は? 今なんて?」
『だ……か、ら…』
「ガヤガヤうっさくて聞こえねェんですけど」
『だから!』
『土方さーん。準備お願いしますー』
『ああ。くそっ。だからだな!』
「はァ」
『今週の日曜日花見に行くから予定空けとけ』
「はぁ?!!」

 ブチッ。
 プープープー。

「………」

 一方的な誘いもどうかと思うわけで。


種を



 山裾の風は少しヒンヤリとしていて、サラサラと流れる川の上を駆けるように走り抜けていく。
 陽が落ちても人の賑わいは相変わらずで、けれど人を魅了する桜は人工的な光に照らされて昼とはまた違う一面で夜空に咲き誇っていた。
 賑やかな人の賑わいから少し離れた川原に寝転がった総悟は、空を覆うそんな桜を見ていた。

「……………」

 暗い夜をバックにほわんと光る白い桜は、ぽっかりと宙に浮いた綿菓子のようだ。手にすれば何かが掴めるような気がした。視界いっぱいに広がるそれに総悟はぼんやりと手を伸ばす。
 と、伸ばした手に屋台で買ったらしい紙袋を握らされて我に帰った総悟は青い目をぱちぱちと瞬いた。

「ほら」

 仰向けで寝転がっていた視界にサングラスを掛けた男がずいっと入り込んできて、視線の対象が桜から土方へと変わる。
 暗い夜に黒い髪、黒のジャケット、黒いサングラスと黒を従えた男は桜のように照らされたわけではないのにどこか輝いて見えるから不思議だった。
 総悟は目を細めて土方を見上げた。

「物騒な顔してまさァ」
「あ゛?」
「サングラス掛けて眉間に皺寄せちゃあヤクザでさ」

 ひょいっと体を起こして総悟は手の中にある紙袋を見た。厚手の黄色い紙に可愛らしいヒヨコの絵が書かれていて、その上をカステラボールという文字が踊っている。
 ヤクザがえらく可愛い物を、とボヤくと問答無用で頭を拳骨で叩かれた。地味に痛くて総悟はう゛ーと頭を抱える。背を屈めた土方は青筋を立てていた。

「喧嘩売ってンのかテメーは」
「俺ァただ事実を言っただけでさァ。…いや、ヤクザっていうかマフィアかもってあ痛」
「国民的なモデルにンなことを言うのはテメーぐらいだ」
「…それ自分で言いやすか」
「ハッ。それこそ事実を言ったまでだ」

 隣に腰を下ろした土方は袋は総悟に持たせたまま、その中に手を突っ込んで丸いカステラボールを取り出すと口の中に放り込む。
 意外と庶民的な物を好むお隣のスターは食べながらマヨが足りねぇとぼやいていた。
 土方が重度のマヨ中毒なのは今更なので、そこはあえて突っ込まず総悟も袋に手を突っ込んで目の前の食料を頬張る。

「俺ァてっきりアンタはトイレに行ったと思ってやした」
「行ったぜ。その帰りになんか美味そうな匂いがしたから買ってきた」
「買い食いなんて珍しいですねィ」

 ひとつの袋に交互に手を入れてカステラボールを食べながら、視界の片隅に桜を映して言葉を交わす。
 総悟の言葉に土方の角張った長い指が袋に手を突っ込んでカステラボールをひとつ取り出すと、それを総悟に向けた。

「なんかお前に似ていると思ってな」

 カステラボール越しに片目を閉じて見比べるようにして見られ、大人な、けれどどこか子どものように輝いている黒い瞳に総悟は不覚にも袋に手を突っこんだまま動きを止めてしまった。
 停止した総悟には気付かずに土方は機嫌良さそうに手にしたお菓子を食べる。
 我に帰った総悟は一瞬でも土方に見とれたことが不本意だとばかりに視線を河へと背け、何でもない声色で言った。

「ンなカステラのどこが似てるってンでィ」
「色とか頭の形とか」
「…生首って言いたいんですかィ」
「…食欲無くすようなことを言うなよ」

 総悟がひとつカステラボールを口に放り込む。

「俺はマヨを塗りたくられるなんて真っ平ごめんでさァ」

 隣の土方がニヤリと口角を上げた。
 突然後ろ頭に手をやって引き寄せるとそのまま軽く口付ける。
 驚く総悟。至近距離で闇夜に笑う男がひとり。

「心配するな。マヨを掛けなくたって美味しく頂いてやるさ」
「……頭は大丈夫ですかィ」

 こんなことばかり言う人間がどうして国を代表するトップモデルなのか。
 総悟はよく分からなくなる。




 総悟は今年花見に来るのはこれが初めてだ。というのも土方に絶対行くなと先回りして言われたからである。
 と言ってもそれはただ単に仲間内で花見の企画が持ち上がっていなかっただけで、もしそんな話があれば行っていたかもしれない。
 簡単に縛られるほど、可愛い性格はしていないのだ。

「こんなとこよく知ってやしたね」

 木々に紛れ1本だけ花を咲かせた桜は、黒に沈んだ夜の中でひとつだけぽっかりと浮かび上がったように輝いていた。
 風が吹く度に周りの木々がザァァと枝を揺らし、その音に促されるように桜は静かに花を散らす。ひらひらと風に乗る花びらは雪のように美しい。

「前に1回撮影に使ったことがあってな」

 茶店や出店が出ている賑やかな場所から河口へどんどんと歩いて行った場所は誰ひとり居ない穴場だった。
 夜しか聞こえない場所にひっそりと咲く大木がある。
 自分たちしか居ないことを確認した土方はサングラスを外し桜を直にその目に映すとほぅっと息を吐いた。
 土方のこともあり、花見とは言え人が密集した場所に行くことが出来ないので、花見に来たと言ってもゆっくりと桜を見たのはこれが初めてだ。
 総悟はチラリと土方を見た。
 やはりモデルだけあって、立っているだけでも絵になり役得だなァと思う。

「いろいろ面倒そうだから羨ましくはねェけど」
「あ? 何か言ったか?」
「花見に行くっつっても、撮影で桜なんて見飽きてるんじゃねェのって言ったんでさァ」

 木の幹に凭れかかった土方は「まあな」と言ってクスリと笑った。そして静かに目を閉じる。
 余裕綽々な笑みだがそこに疲労が浮かんでいるのが総悟には分かった。疲れた顔してんじゃねェかと、総悟は面白くなさそうに続ける。

「せっかく休みが取れたンなら家でのんびりしたらよかったんでさァ。わざわざ遠出する必要もねェし、花見なんてどこでも、」
「分かってねーな」
「何がでィ」

 笑ってあしらわれた言葉。馬鹿にされたようでムッとする。
 気付かないうちに髪に花びらが付いていたらしい。長い指でそれを浚い、目の前でそっと落とされた。
 ひらひらひらひら落ちていくそれをじっと目で追っていると、ふいにギュッと腕を引かれてたたらを踏む。
 難なく受け止められた場所は言わずもがな。
 久しぶりの会瀬なのだ。ふわりと香る彼の匂いに不本意ながら総悟は安心してしまった。
 腰に手を回される。外ですぜと上目遣いで訴えると構うもんかと鼻で笑われた。

「仕事で桜は何度も見たが、所詮撮影道具だ。桜を愛でる暇も気にもならねえよ」
「だからって休み潰してまで見たいってほど、アンタが花好きだとは思いやせんでしたよ」
「同じ桜でもお前と見るのに意味があンだよ。それぐらい分かれ」

 直球直球ストレート。
 あまりにも真っ直ぐ過ぎてその言葉を拾うことが出来ず総悟は停止する。一度突き抜けた言葉はまた戻ってきてじわじわと総悟の中に広がった。
 だから、その、揺るぎない自信はどこから来るんだ。
 そう聞いてやりたかったが、聞いたところで反応に詰まるような答えが返ってくるだろうから止めておく。
 それになんだかんだ言いながら総悟だって土方が自分に夢中なのを知っている。自惚れではない自信があるのは言うまでもなく、

「俺ァ別に土方さんと桜が見たいなんて思いやせんでしたぜ」
「嘘つけ。暫く会えなくて寂しかっただろう?」
「寝言は寝て言いやがれ」
「だから分かってねーって言ってんだ」

 上から覗き込むように黒い目に見つめられる。
 アンタが俺に夢中だなんて、
 俺が寂しかったなんて、

「ンなのお前を見ていたら分かるさ」


 いつだって気に掛けて見ている。気付かない筈がないだろう?

 それはどちらにも言えることで。


「あーあ。土方さんの頭には1年中愉快な花が咲いてるみたいですねィ」

 総悟は土方を見上げて妖艶に笑ってみせた。
 土方が頭にキスを落としギュッと抱き締めてくるから総悟も両手を回して抱きついた。
 静かな夜に木々がガサガサと音を立て目の端でひらひらと桜が舞う。
 気を付けなせェよ。
 幻想的な空間に総悟は笑みをのせて囁いた。
 春の温もりではない暖かさに包まれて、久方ぶりの心地良さに総悟は目を閉じて笑う。
 満開に咲いた桜は誰を待つこともなく散っていくだろう。
 けれどその花はアンタの中に有る限り永久的に咲き続ける。
 枯れることはない。
 覚悟しろ。もっと夢中にさせて、俺というもっと大きな花を咲かさせてやる。

 挑戦的にそう言えば、望むところだと呟いて熱の籠った瞳で見下ろしてくる。
 唇をそっと近づけて交わす間際に落とされる言葉。

 上等だ。お前のすべてで咲かせてみろよ。

 桜が舞う中で、土方は新たに愛でる綺麗な一輪の花を見つけた。