※なんとビックリ、ひな祭りネタです。短め。


心配なんていらない



 机の上にコトッと置かれた物を、俺はポカンとした表情で眺めた。
 何でィ、これ。そう視線で問うように隣の男を見やる。しかし土方さんは俺の視線なんてどこ吹く風、ふふんと今にも鼻歌を歌いそうな上機嫌さで目元を緩め、一言告げる。「いいだろ」

「撮影先で偶然見つけたんだよ。亜麻色の髪のやつなんて早々居ねぇから、すごい奇跡だよな」
「そうかもしれやせんけど、だからってなんで、」

 雛人形。

 そう、土方さんが買ってきたのは黒髪のお内裏様と亜麻色の髪色をしたお雛様が一対となった雛人形だった。といっても本格的なやつじゃなくて、可愛くデフォルメ化されたいかにもお土産品ってやつだ。

(けどまァ、人形には違いねェわけで)

 問題は、あの土方さんが人形を買ってきて喜んでいるという事実だ。
 狂気にも似た事態に、俺は口をあんぐりと開けて、状況を飲み込めずにいた。土方さん。アンタ頭でも打ったんですかィ。なんてからかいは、まあ一先ず置いておくとして。

「土方さんが人形を買ってくるなんて、意外でさァ」
「うるせーな。見た瞬間、気に入っちまったんだよ」
「ふーん」

 テーブルに頬っぺたを付けて、俺は人形をツンツンとつつく。
 人形を見ても、俺は土方さんみたいに素直に喜べなかった。

(だって亜麻色っつっても、お雛様は女じゃねェか)

 女の着ものを羽織って、頬を赤く染めて、健気に寄りそうお雛様。いくら髪色が似ているからって、それは俺じゃなくて、雛人形に自分たちの影を投影させることが出来ない。寄りそうソレは、俺じゃない。胸に巣食うのは空しさばかりだ。
 あーもう、だんだん腹が立ってきた。
 ムスッと拗ねて乱暴に人形を突いていると、「馬鹿」という声とともに綺麗な手が人形を掻っ攫っていった。視線で追うと、土方さんが人形を大切そうに抱えている。その光景さえも、気に食わない。

(俺じゃないのに、そんな大切に扱うんじゃねーよ)

 ついそんな思考を抱いてしまう自分にも嫌気が差して、それ以上見たくなくて顔を見られたくなくて、俺は机に額をくっ付けた。むしゃくしゃする気持ちを押し込めて、くぐもった声を投げる。

「どーでもいいですけど、3日が過ぎたらさっさと片付けてくだせェよ。結婚する日が遠のいちまう」
「なんだ、よく知ってんだな」
「まァ、姉が居る家庭ですからねィ」
「なるほど。ま、でも結婚する日なんて、お前には関係ないだろ」

 それは俺が男だからですか?
 なんて言葉は、さすがに飲み込んだ。馬鹿馬鹿しい。額をぐりぐりと机に押し付けたまま、遣る瀬無さにため息をひとつ吐く。人気者のこの人と付き合うと決めてから、こういう思いをやり過ごすのにももう慣れた。不完全燃焼な気持ちは時間が経てば解決してくれる。

 そんなことを考えていると、隣の男がふっと笑う気配がした。何が可笑しいのかと思った瞬間、頭をわしゃわしゃと掻き回される。わっと非難の声とともに顔を上げれば、にやにやと嫌な笑みを浮かべる土方さんと目があった。雛人形を抱いていた時の上機嫌さとまた違う笑みだ。ニッと口元を釣り上げて、愉快そうな顔。嫌らしい笑みだけれど、人気モデルとだけあってどんな表情でもこの人は絵になる。
 くしゃりともう一度俺の頭を撫でて、土方さんが言った。

「なんかよく分かんねーけど、総悟、お前今不貞腐れてるだろ」
「なんで俺が不機嫌になんなきゃいけねェんでィ」
「さぁな。お前はよくしょうもないことを考えるからな。でも不貞腐れている理由が俺絡みって考えると、結構楽しいぜ」

 それが本当に嬉しそうに言うものだから、俺は呆気に取られてしまう。言われた言葉を取り零して、反芻していると動きが止まってしまうのだ。
 なんて言われたんだろうってぱちぱちと瞬きを繰り返すと、そんな反応も土方さんのツボだったようで、やっぱり嬉しそうに笑われた。

「結婚する日が遠くなる? ンな心配はしなくてもいいんだよ」

 だってお前が嫁ぐ先はもう決まってんだから。

 あまい声で告げられて、俺は額に軽くデコピンをされる。
 土方さんが言った言葉を何回も身にしみこませて、ようやくその意味が分かった瞬間、顔がボッと熱くなった。心臓がドクドクと脈打って、柄にもなく照れてしまう。
 そうだ忘れてた。この人は妙なところで自信家だったんだ。簡単にこういう言葉を言ってしまう人だったんだ。
 赤くなった耳を見て土方さんが笑う。長い指で触られて、俺は唇を尖らせる。

「土方さん。そんなくっさい台詞言ってると、人気が落ちやすぜ」
「減らず口」
「誰のせいだと、」

 ふっと笑って、土方さんが雛人形をテーブルの上に置いた。そして人形をいとおしそうに眺める。

「いいから、お前は安心してこの人形みたいに堂々と隣に居ればいいんだよ」

 そう言って、土方さんが人差し指で人形を撫でる。
 お内裏様とお雛様、二人ならんですまし顔。童話のワンフレーズが頭の中で響く。テーブルの上に置かれた人形は可愛く作られているだけあって、すまし顔どころか幸せそうな顔で寄りそっている。それでいいんだと土方さんが言う。そうやって隣に居ればいいんだと。

 携帯が鳴って、ちょっと、と一言言って部屋を出ていた土方さんの背中を眺めて、俺は仰け反った。天井を見上げてあーと声を出す。完敗。完敗だ。あの自信がどっから出てくるのかは分からないが、それにいつも飲まれる俺も俺だ。思い出しただけで鼓動が速くなる。

「どこであんな台詞覚えてくんだ、あの人」

 悪態を突きつつ、俺はテーブルの上に並んだ雛人形を眺めた。さっきはこれを見ていろいろと考えていたのに、今は全く逆な感情が身の内を巡っている。人形を見て、言葉を、声を思い出すと、途端に顔が熱くなる。
 俺は雛人形をジッと見つめ、黒髪のお内裏様を手に取った。烏帽子を被り笏を持ったのが、あの目つきが悪い土方さんだと思うと、妙に可笑しかった。プッと噴き出し、思わずけらけらと笑ってしまう。

「似合わねェの」

 ひとりテーブルに残された亜麻色の髪をしたお雛様を見やって、肩を竦めた。

「お前も趣味悪いの選んじまったな」

 問いかけて、返事がないのを知りつつ笑う。まあでも、趣味が悪いのはお互い様だ。こればかりは仕方がない。惚れた弱みだ。土方さんが出て言った扉を見て、あーあと俺は満更でもない声を落とす。

「しょうがねェから隣に居てやらァ」

 だからアンタも堂々と俺の隣に居るですぜィ。
 にししと笑って、俺は手に持ったお内裏様にキスをした。そしてお雛様の隣にそっと並べて温かな気持ちを抱いたまま雛人形をジッと眺める。
 さあ、あの扉が開いたら、開口一番なんて言ってやろうか。