さよなら僕の片想い
博打をするなら最後の最後にかぎる。
そうすれば後腐れないし失敗したってもう会わないんだから傷は浅くて済む。
そう言えば沖田さんらしくないですねって山崎に言われた。ミントンと元会長と、あと隣クラスの女に最近熱中なくせして妙にザキは目敏くて勘がいい。やんわりと痛いところばっかり付いてくる。
ああ、俺にもそのスキルが欲しかった。そうすればこんな風にならなかったのだろうか。そんなことばかり考えるけど、堂々巡りで答えなんてひとつも出てきやしない。結局俺は後先見ずに突っ走って、後悔し続けるんだ。
「別れやしょう土方さん」
ドラマとかマンガでよく使うありふれた言葉は、告げてみると意外に薄っぺらい台詞だった。賑やかなファミレスで土方さんがバカみたいに目ェ瞠って俺を見てる。そんなに予想のつかなかった言葉だろうか。俺にとっては絶対いつか遣り取りする台詞だと思っていただけに、そんな態度をとられて逆にこっちの方が不思議だった。
まあそんなことを俺から言われるなんて土方さんは塵ほど思ってなかっただろう。お互い様だ。俺だってそれを告げられる側で、百歩譲っても俺から使うことになるなんて夢にも思ってなかった。先に好きになったのも俺だしコクったのも俺だ、でも吐かれた言葉はもう戻せない。
「なんで」
「元々釣り合わなかったんですよ、俺ら。正直俺はあの時、アンタにフラれる覚悟でコクったんです」
卒業式の日だった。会うのも最後で、どうせ居なくなるんだったら卒業する土方先輩と一緒にこの煩わしさも押し付けてやろうと思ったのだ。だから俺は後任して元生徒会長になった土方さんに、「お世話になりました」っていう別れ言葉の代わりに冗談半分で告白してみたのだ。
百パーセント負ける勝負のはずだった。思い出は綺麗でちょっとしょっぱくて、俺もバカだったなーなんて後で思い返せるようなそんな思い出でよかった。土方さんもそんなトチ狂った後輩も居たな、なんて軽く思い出の端っこで思い返してくれればそれでよかった。
けど勝手に思い描いていた、俺の理想像は土方さんのまさかの同意で裏切られ、拒絶も否定もされなくて予想もしてなかった結果に俺はどうすればいいのかわかんなくなった。そしてわからないままに土方さんは大学に行った。
「勝手だったのはわかってやす。すみませんでした…」
一発ぐらい殴られるべきかもしれない。勝手に巻き込むだけ巻き込んでなかったことにしようなんて言っている。
多分生まれて初めて机に頭が付くくらい低くして謝ると、カチっという音と漂ってきたにおいで土方さんが煙草吸ったんだってわかった。
そんな土方さんだって知らない、知ってたはずなのに急に知らない人になったみたいで俺の中はぐちゃぐちゃに混ざり合って混乱してる。
「総悟」
「へィ」
「それは俺に言った言葉は全部嘘だったってことかよ」
「へ?」
「好きってこと。遊び?」
顔を上げると煙草を持った手ェ止めて、土方さんが穴開くぐらいこっち見てた。黒髪の、十人いれば十人振り返るほどの端正な顔がじっと卑怯な俺を見てる。どうしてだろう、本当なら俺は今恋が成就して幸せいっぱいなはずなのに、なんでこんなに足元グラグラで不安定で苦しいんだろう。三階の窓からとぼとぼと帰る隣クラスの女子見つめて、恋って苦しいですって山崎が呟いてた意味、今ならわかる気がした。
「嘘じゃ、ねェです。厄介なことに。嘘ならよかったんですけどね」
「じゃあ嫌いになった?」
「いいじゃねェですか土方さん。高校生と付き合ったって面倒なだけでしょ。大学には素敵な人もいっぱい居るんじゃないですかィ?広い敷地だ、出会う機会だってあるだろうしそれに」
「総悟。答えになってねェよ」
土方さんの視線は外れなかった。
嫌いじゃないと小さく呟く俺は誰だろう。
ファミレスの喧騒は楽しそうに賑わってるくせに、ちっとも俺の呟きを紛れさせてくれない。
「高校の時から接点が多かったってわけでもなかったでしょ。おんなじ生徒会だったってだけでさァ。それなのになんでか俺はアンタ好きになって、言わないつもりだったのに何トチ狂ったのか告白して、そうしてアンタは応えた。正直に言います。アンタが頷いてくれて、嬉しかったです」
また氷が音を立てたから、すっかり水っぽくなったジュースをストローでかき混ぜて、氷沈めた。
「でもアンタが大学が行くようになって会う機会少なくなって、よくわかんなくなりやした」
最後だからと、自分に言い聞かせながら俺は突っ走っていく。
俺は穴に落ちてく一方でどんどんハマっていく。そんな自分が恐くなったんだ。相手はあの生徒会長で、見てくれだけが整ったちぐはぐで欠陥だらけの俺とは違う、みんなが憧れる、ザキの言葉を借りるならヒーローみたいな人が無条件で特別なポジションにおいてくれるのだ。どうして?アンタ俺のこと好きなの?問うてやりたいがもし肯定されたら、俺はまたわかんなくなる。釣り合わすぎてなんだか惨めだ。
本当は
「いつかアンタが大学で他に彼女作んのかもしれないって待ってたんです。薬指に指輪してたりした跡あったら終わりだなって。でも土方さんの指変わんないし、絆創膏貼ったりそんな素振りもひとつも見せやせん。待てども待てども別れ話なんて振ってこないんでさァ。よく考えたら当たり前だったんですけどね。土方さんは切るならすっぱり切ってケジメ付けてから新しいことをしやすお人でさァ。だから俺が終わらそうと思いまして」
進む、為にだ。強いては土方さん、アンタの為なんだ。お前に付き合ったばっかりに青春が終わっちまったなんて後悔する前にどうかわかってほしい。
「…わかった」
待っていたはずの言葉が胸の奥まで響くのに、ちょっとの時間が必要だった。土方さんが煙草を灰皿に押し潰して、その灰が飛ぶのをなんとはなしに見ていると、ガタリと席を立った土方さんが伝票を持つから今度はそっちに目がいった。
俺がぼんやりと座って見上げてると土方さんはたった今、ただの後輩になった俺をちらりと見て、ほら、と促した。
「行くぞ、総悟」
「へィ?」
「いいから来いよ」
土方さんはとっとと会計を済ませると一度も振り返らずに行ってしまう。残された俺はとりあえず追いかけるしかなくて、小走りに土方さんの横に並んだ。確かめるように視線を一瞬七センチ上から感じる。でもすぐにそれは外れて真っ直ぐ前を見るばっかりで、俺が知ってる生徒会長の頃の土方さんと変わらない、眩しいぐらいに前しか見てなかった。
「お前、俺が指輪付けてたら縁切るつもりだったって言ってたよな」
「ええ、まあ…」
「ここら辺にそんなもん売ってる店あったっけ?」
「……なんでですかィ?」
「これから付き合うから」
「………。幻滅しやした。なんでィ、アンタもう好きな人いたんですか」
「違ェよ。お前と!…俺がつけるんだよ」
「…だからなんで?」
「これから付き合うから」
「…アンタ、人の話聞いてたんですかィ…。俺たちたった今別れたんですぜィ」
「総悟、数学で答えが間違ってたらどうする? 考え方は絶対に合ってるし選択も間違ってない、自信がある。けどどうにも答えにいきつかねェ」
「……アンタのトンチは意味がわかりやせん」
「組み直せばいいんだよ。なんで俺とお前の答えが同じなのに別れなきゃなんねェんだ」
見た目ははなまるなのに中身がヘタレでどうしようもない生徒会長は、なぜか変なところが真っ直ぐで潔かった。大学に入っても変わらない黒い髪が風に揺れる。何も変わってない、変わったのは変化を嫌った俺の方だ。信じられなくて手放した俺は、繋がれた手をどうしたらいいのか戸惑って。
「そんなしょうもない片想いなんか終わっちまえ」
離す機会を、俺は永遠に失うことになる。