Act.12
 ガチャリと扉を開けると期待の目が一斉にこっちを向いた。
 カツンと靴音を鳴らして人の道を真っ直ぐと進めば、両脇に立つ男たちが軽く頭を下げる。上下関係に忠実な様に、まるで野犬の集会場だなと土方はいつも思う。
 奥にある大きな木箱の上にどかりと腰を下せば、尻尾を振りながら側近たちがすぐに寄ってきた。

「土方さん、そろそろ動きましょうよ。ブツも獲物もたんまりだし、俺たちはいつでもOKです!」
「俺なんかもう騒げる日が待ち遠しくて待ち遠しくて、毎日夢を見てるぐらいですから」
「俺たち、土方さんとならなんでも壊せると思うんですよね。試しに三区なんてどうです? 表の奴等の真ん中にドカンと一発!」
「落ち着け」

 下準備に相当時間を掛けてきたから、暴れたい犬たちは落ち着きがなく口々に吠えている。
 その様に髪を掻き上げ苦笑し、二三の報告を聞いた後土方は目を細めて飢えた野犬たちを一瞥した。ふと不敵な笑みを浮かべ、いいだろうと許しの声を出す。

「明後日から存分に暴れていい。散々下準備に時間を掛けたからな。三区? 上等じゃねぇか。テメーたちの好きにすりゃあいい」

 その言葉に男たちが一斉に歓喜を上げた。拳を握り締めて喜んでいる。元々日夜悪事ばかりをやってきた連中だから、情報やブツの収集など地道な作業に辟易していたのだろう。
 素直に喜んでいる姿に子どものようだと口角を上げ、土方は立ち上がり扉へと進んだ。

「明日は前夜祭だ。集会を開くから時計塔の1階に全員集まれ。来ていないヤツにも声を掛けとけよ」
「はい!!」

 忘れるなよと一応釘を差すが、ちゃんと聞こえているのかは怪しいところだった。まったくと苦笑し、土方はそのまま部屋を去った。
 月さえも入り込まない暗い夜道をひたすら歩く。
 闇を潜りやがてたどり着いた建物の外付け階段を4階まで上がると、扉の前で軽く息を吸い込んだ。
 ドアノブを握り、意を決して扉を開ける。
 ギィと軋む扉の音。
 しかし小さな一間は真っ暗で、人の気配もない。

「総悟…」

 1週間前から突然失踪した少年の名前を、土方は呟く。




 翌日は快晴だった。まるでこの日を祝福したような天気だ。心地よく晴れ渡っている。

 町の西側に建つ時計塔は表と裏を分断するような位置に建っていた。
 その為大時計の周りはひどく閑散としているが、逆にその方が都合が良いことが多く、今日開く前夜祭にここを指定したのもその為だ。
 たまに決まった時間に動くカラクリを見に子どもが通りに来ることもあるが、まさか時計塔の中で裏の人間が宴を開いているとは夢にも思わないだろう。

 前夜祭開始の直前、土方は時計塔の最上階を訪れていた。
 裏から見た時計盤は細かな部品で溢れていて複雑だ。小さな歯車がカタカタカタと規則正しく動き、一定の回数を刻むと大きな歯車がガコンとひとつ動く。無機質な音は、けれど確実に時を刻んでいる。

(総悟……)

 土方の頭は今日までついに帰って来なかった少年のことばかりだ。
 どこに行ったのか、何をしているのか、土方には皆目検討がつかない。どこでもいい。どこかで元気に暮らしていればそれだけでいい。そう切に願ってやまないが、あの夜、遠いところに行こうと話をした時、総悟が流した涙を思うと気になって仕方がなかった。

(隠し通せていると、アイツは思っているだろうけどな)

 昔からそうだった。総悟は人に弱みを見せるのも頼ることもしなかった。いや、頼ることをしないというより頼るということを知らなかったと例えたほうが正しいかもしれない。いつだってひとりで背負い込んで勝手に自己解決して突っ走るところがあった。

(だから俺は…)

 髪を掻き上げ回顧すれば、今までの記憶が波のようにざっと流れる。
 いろんなことがあったと思う。けれどたったひとつのものを守りたかった。ついにここまできたのだと拳を握る。失敗は許されない。踵を返し、一番下の広場では全員が集まっている頃だろうと部屋の出口へと向かう。
 ふと、俺が組織のトップだと知れば総悟はどうしただろうなと思い、自嘲した。

「馬鹿らしい」

 吐き捨て二歩足を進めた時だった。

「本当に馬鹿らしいでさァ」

 ここにはないはずの声が聞こえて足が止まる。振り返れば、柱の影からコツっと靴音を鳴らして亜麻色の髪をした少年が姿を現した。
 久しぶりに見た空色の瞳は土方を見て皮肉げに口元を歪める。

「アンタが組織の頭と知らずに今まで過ごしていたかと思うと、俺ァ馬鹿らしくて笑えてくるんでィ。アンタはさぞ滑稽だったでしょうねィ。目の前に仇の頭が居ながら組織を倒すなんて語る俺を見るのは」
「………………」
「あれ? 反論も出来ませんか?」

 総悟はははっと馬鹿にしたように嘲笑うと、すぐに悔しそうに奥歯をぐっと噛み締めた。

「…俺も手伝うなんて言葉、信じた俺が馬鹿だったんだ。遠い場所に行きたいなんて言うアンタの言葉を信じた俺が」
「総悟、それは」
「うるせェ!!!」

 総悟は何も受け付けなかった。肩を震わせて、昂った気持ちを落ち着かせるように空気を吸って、それでも気を抜けば暴走しそうになる気持ちをグッと堪えている。それがありありと分かって、土方は開きかけた口を閉ざした。

 土方さん。総悟が先ほどより幾分落ち着いた声で名前を呼ぶ。

「俺は直接アンタの口から聞きてェ。アンタは組織のトップで、俺を騙していたんですかィ?」
「………」
「…黙ってるってことは肯定ってことですかィ。今更嘘をつかないフリなんてどうでもいいんですぜ」
「俺は、フリなんてしてねえ」
「じゃあ高杉が言ってたことは全部間違いだったってことですよね。アンタはただの看守で俺の昔の知り合いで組織とはなんも関係がなくて、」
「いや…」

 総悟の言葉を遮って、目を逸らさずに土方が言う。

「俺は組織の頭だ。組織を再編させたのも俺だ」
「っ、」

 真っすぐとした目と言葉に、総悟は青い目を揺らし顔を逸らした。本当は聞きたくなかった嘘だと言ってほしかったと言いたげに、唇を噛み締める。

「聞け、総悟」

 1歩、土方が距離を詰めてくると総悟は慌てて片手に持っていたナイフを構えた。近寄るなと唸る。脅しなどではなく、本気だった。自分を惑わす存在などいらない。
 それでも土方は足を止めなかった。1歩1歩近付いてくる。

 やがて目の前まで来ると土方が総悟を見下ろした。黒い目は驚くほど冷たい目をしている。その目は、土方が総悟を逃がしたあの時の目に似ていた。帽子が落ちて初めて土方の素顔をまじまじと見た、温かみもない冷えた鋭い目を思い出す。あの時は土方が何を考えているのか分からなくて怖かった。

(冷たくなんてなかった…)

 けれど総悟は土方という人間を知ってしまった。
 冷たいだけではない、冗談を言えば笑い、素っ気なく見えてどの話しも最後まで黙って聞いてくれた。我慢しなくていいと言ってくれた言葉を思い出す。夕日をバックに息を切らして探してくれた土方の姿を思い出す。
 冷たくなんてなかった。
 温かかった。
 総悟はその温かさに救われた。
 それが全部偽りだとは信じたくなかった。

 だって、あんまりじゃないか。

「寄るな」

 震えた声で言う。

「総悟」
「名前を呼ぶんじゃねェ!」

 総悟は構えていたナイフを振り下ろした。
 この近さだ、目掛けて振り下ろしたわけでなくても刃は必ず当たるだろう。だが相手も避けるだろうから空を切る。総悟はそう思っていた。

 ぐちゃりと、嫌な音がしたのはそのすぐ後だ。
 ハッとして総悟が顔を上げると、土方が素手でナイフの刃を受け止めていた。手の中から血がダラダラと流れている。
 途切れることなく腕を伝って床へと落ちる赤い血を見て、総悟は愕然と土方を見上げるが土方は眉ひとつ動かしていなかった。

「総悟」
「あ」

 名前を呼ばれると総悟は握っていたナイフから手を離してしまう。その隙に土方はナイフを遠くへ放り投げた。両手で総悟を抱き締める。総悟は煙草のにおいに包まれた。右手が置かれた肩の部分がじんわり濡れる。それが土方の血だと分かって総悟は息を飲む。
 頭に頬を寄せて土方がやわらく言った。

「俺はお前の味方だ」
「嘘だ」

 総悟は信じない。

「絶対嘘だ」
「嘘じゃねえよ。俺はお前に嘘はつかない」

 総悟の頭の中で土方とのいろんな出来事が頭を過った。
 信じたいのに信じられないと心が揺れる。

「信じろ」

 なのにそんなことを言われると信じたくなってしまう。真っ直ぐと目を見つめて言われ、青い瞳が揺れた。

 その時だった。

「信じられるわけねぇよ。なあ、沖田」

 第三者の声がして沖田はハッとした。
 何時から居たのか部屋の入り口によく知る男がもたれ掛かっている。
 高杉、と土方が忌々しそうに呟き、手をほどくと総悟を庇うように体の向きを変えた。
 暗闇の悪魔がククッと笑う。

「こんなところで何をやってんのかと思えば、とんだ密会現場だな。組織の現トップが組織の敵と一緒に居ていいのかよ」
「テメーこそ何しに来やがった。集会は1階だと言ったのが聞こえてなかったのか」
「ハッ。この状態で集会も何もねえだろ」

 吐き捨て、高杉は肩に手を置き首をゴキゴキと鳴らすと舐めるように土方を見た。

「漸く尻尾を出したなぁ土方。他のヤツはどうだか知らねーが、テメェは最初っから怪しさプンプンだったぜ」
「さすがは群れる野良犬なだけあるな。鼻がよく効くじゃねえか」
「あっちこっち飛び回る蝙蝠に何を言われてもなぁ」

 土方の馬鹿にした言葉にも、高杉はククッと喉を震わすだけだった。
 高杉は近付いてくるわけでも部屋を飛び出し仲間を呼びに行くわけでもなく土方と対峙しているから、高杉の背にある入り口は塞がれた状態で総悟はただただ土方の背に隠れているだけだ。大きくて広い背中が総悟を守っている。

 何をしようとした、土方。
 高杉の声に土方がニヤリと口角を上げる。

「ここに爆弾を仕掛けた」

 背後で息を飲む総悟には構わず、土方はなんでもないように言葉を続けた。

「この時計台に爆弾を仕掛けた。時間がくれば起動するように細工してある。虫みたいに沸くお前らを潰すには手っ取り早い話だろ」
「ふん。だから今日ここに全員を集めてテメーは高見から見物ってわけかよ」
「何言ってやがる。殺るなら自分の目で確かめるべきだろ。その時は俺も爆発の中心に居る気だったさ」

 つまりは土方は自分も死ぬつもりだったのだ。

「…なんでアンタまで…。それにアンタは組織のトップじゃねェですかィ!」

 総悟の言葉に、土方が少しだけ顔を後ろに向けた。肩越しに目が合う。けれど優しい目はすぐに離れて、前方に立つ高杉を見据えると何者にも負けないと言わんばかりの声で土方が総悟に言った。

「何回も言わすんじゃねーよ。俺はお前の味方だ。この時の為に、俺はこの組のトップになったんだ。俺は組織を潰す」

 手伝うって、言っただろ?

 強い言葉に総悟の青い瞳がまるくなる。
 クククと高杉が肩を震わせて笑った。

「派手なことをしてくれるじゃねーか土方。すかした顔してやってくれるな。死なばもろともなんて、流行んねーぜ」
「悪い芽は根絶やしにしなきゃなんねえ。派手なことが好きなテメー等にはちょうどいいじゃねえか。派手に散ろうぜ」
「笑えねえな」

 瞬間高杉が短銃を取り出し発砲した。咄嗟に軽く身を屈めそれを避けた土方は、腰から取り出したナイフを投げる。ナイフは高杉の視覚を捕え頬を掠めた。頬を流れた血を高杉がぺろりと舐める。ククッと愉快そうに笑い、銃を構えた。
 
「嗚呼、心の底から殺したいぜ土方」
「奇遇だな。俺も同じだ。だが…」
 
 土方がふと背後に気を掛ける。手を後ろに回し腰に差していた銃を手に取る時、高杉に見えないように背中で何かを落とした。全くついていけない状況に半ば放心状態だった総悟が慌ててそれを受け取る。見やれば、それは柄の太い短剣だ。
 土方が銃を構えて高杉に宣言する。
 
「テメーを殺るのは俺じゃない」
 
 銃を持つ手にグッと力を入れて土方が叫ぶ。
 
「総悟!!」
 
 弾かれたように土方の背中から飛び出した総悟は受け取った短剣を握り締め、高杉目掛けて駆けだした。
 チッと高杉が舌打ちをして総悟に銃を向ける。
 が、隙を見せたのが悪かった。
 バンッと鈍い音がして高杉の銃が手の中から弾け飛ぶ。見やれば銃口を構えた土方の姿。くそったれと高杉が口元を歪める。総悟が地面を蹴った。
 
「高杉ィィィ!!」
 
 ドスンッ。
 
 鈍い音と感触がした。
 それは総悟がもう何度も経験した感触だった。頭の上でカハッと空気の塊を吐くような音がする。高杉が倒れていくひどくゆっくりとした光景の中、総悟の頭の中でいろんなことが駆け巡っていた。
 雨の中でアレは水だったのだと言った笑い声、刑務所の中で再編したと言って愉快そうに細めた目、光の中へ消える背中。
 ざーと早送りのように駆け巡る映像についていけず、はぁはぁと息を荒く吐きながらドサリと倒れた高杉を見下ろした。
 
 仇のはずだった。
 憎い憎い仇の筈だった。
 それなのに地面に倒れた高杉を目の前にしても喜びも嬉しさもなく、からっぽの中をさぁぁと風が吹き抜けたような感傷だけが残った。行くぞ、と土方に手を引っ張られても、まだぼんやりとしている。
 
「…ったく、ザマァねえな」
 
 部屋の入り口で掠れ声に振り返れば、視線の先でもぞりと高杉が動いて空気を吐くような声で笑っていた。土方も足を止めて振り返り眉を顰めている。
  高杉は笑って胸を押さえると、手にべったりと付いた自分の血を見て薄く笑う。グルリと目を回し、ぼやけた視界で土方を捕えた。
 
「土方、最後に良いこと教えてやるよ…。この時計塔の整備は表の奴が担当しているが、裏からも入れると知った整備士は怖がってメンテナンスをサボってやがる。今じゃ正確な時かどうかも怪しいぜ」
 
 きょとんとする総悟の後ろで、土方がさっと顔色を変えた。まさか…と呟く土方を総悟が仰いだ瞬間だった。
 ケラケラと高杉の狂った声が部屋の中で反響する。

「ああそうさ! 土方、テメーがどの時間に爆弾を仕掛けたのか知らねえが、この時計の時間はお前が思っている時間通り進まないってわけだ!」

 片目が同情の目をしてにんまりと笑う。

「蝙蝠は誰からも好かれねえよ」
 
 瞬間、ドオン!と爆発音が聞こえて時計塔がグラリと揺れた。1階に仕掛けていた爆弾が爆発したのだ。それは土方が予想していた時間より早い。1階に居た組織の奴らだろう、人の叫び声が聞こえたがそれもすぐに立ち上った煙に消えた。
 チッと土方が舌打ちをする。爆弾は階層ごとに仕掛けていてだんだんと連続的に爆発するようになっている。

「総悟、行くぞ」

 ここも危ないと土方は総悟を促して部屋を出た。
 総悟は部屋の中で倒れた高杉を見てから土方の後を追った。下が崩れたからだろう、ひどくグラグラと揺れていて上から砂がパラパラと落ちてきている。
 総悟は先を行く土方の背中を追って塔の外壁に沿うように作られた螺旋階段を下りていた。黒い大きな背中。監獄から逃げる時、高杉と対峙した時、自分を守ってくれた。
 けれど総悟は土方が敵なのか味方なのか、いまいち土方の真意を掴めていなかった。

(このまま付いていっていいのだろうか)

 ふと疑問が生まれ、階段を下りていた足が止まってしまう。
 思考が別のことを考えてしまった。一瞬でも崩壊するここから逃げることから意識を外してしまった。
 それがいけなかった。

 第二の爆弾が起動し大きく地面が揺れ総悟がバランスを崩す。あ、と思った時には一転、天井が見えたと思ったら螺旋階段から落ちた。
 だんだんと天井が遠くなっていくのがひどくゆっくりに見える。
 無意識のうちに手を伸ばし、俺は手を伸ばしてばっかりだなと他人事のように思った。

「総悟!」

 こんな所で死ぬのかと諦めて目を閉じた瞬間、ガクンと体が揺れて落ちるスピードが止まった。捕まれた手首に濡れた感触がする。上を見上げると視線の先で土方が必死に手を伸ばして総悟の手首を掴んでいた。

「土方さん!」
「テメーはほんとふらふらとどっかに行きやがる」

 歯を噛み締めながら目だけを細めて土方が笑った。しかし重みで掴んだ手首がズルッと滑ると苦痛で顔を歪める。
 掴まれた手首には土方の血が手にべったりと付いていた。真っ赤な血がぽたりと落ちて、総悟の頬に当たる。ナイフの刃を受け止めた右手で掴んでいるのだと知って、総悟の顔が青くなる。

「何してんでィ! さっさと離しやがれ!」

 敵とか味方とか、そんなことは頭の中からすっ飛んで総悟は土方の身を案じて叫んだ。
 脂汗を流しながら土方が口角を上げて答える。

「聞こえねーな。もうお前を追いかけまわすのはうんざりだ」

 余裕はすぐに消えた。ずるっとまた滑って、土方が顔を引き攣らせる。
 ダメだ。このままではふたりとも落ちてしまう。土方に手を掴まれて揺れながら、総悟は頭をフル回転させていた。けれどどう考えてもふたりとも助かる方法が思いつかない。

(その手を離せば助かるのに)

 結局はそこに辿りついて、離せといくら喚いても土方は手を離さない。

「俺を助けたら、俺はアンタを殺しやすぜ」

 総悟は言った。
 アンタは組織のトップで、俺の願いは組織に与する人間を葬ることだ。だから俺はアンタを始末する。前の組織の人間でなくとも、組織に居るなら俺にとっては同じことだ。

「この手を離したほうがいいですぜ。助けた挙句殺されたくはないでしょ?」

 総悟の頭の中はごちゃごちゃとしていた。今言ったことは嘘ではない。土方が組織のトップと知った時から、総悟は土方を恨んでいた。この手で始末しようと思っていた。
 けれど今はそれよりも土方の身を案じていた。土方十四郎というこの人間が助かればいい。組織の頭ということよりも、この人を助けたいという気持ちのほうが勝っている。総悟は土方に何度も救われたのだ。
 だから助かりたいなら今落とすべきだと総悟は挑発した。それなのに。

「総悟がそうしたいならそれでもいい」

 総悟の期待を裏切って、土方ははっきりとそう言った。総悟が目を丸くして激昂する。

「なに馬鹿なこと言ってんでィ! 俺はテメーを殺すって言ってんだぞ!」
「殺ればいい。殺るんなら尚更今はこの手を離せねーな。お前は生きなきゃなんねえ」
「馬鹿言ってんじゃねェ! この手を離せばアンタは助かるんだ!!」
「うるせえ!! 俺はただお前が生きていればそれでいいんだ!!!」

 予想だにしない言葉に総悟が息を飲んだ。
 その瞬間また爆発が起きて土方が居た階段も崩れ土方も落ちた。落下する時土方は総悟を身の内に抱えるようにぎゅっと抱きしめる。落ちながら耳元で総悟と名前を呼ばれて、思わず涙が出そうになった。守ると言われて、服をぎゅっと握る。
 死ぬときは、ひとりだと思っていたのに。


 ゴーンと鐘がけたたましく鳴り響き、時計塔は崩壊した。