※総悟が金持ちのぼっちゃんです
※総悟は土方にぞっこんですが土方は妙な犬に懐かれた程度にしか思っていません
※総悟はいつか土方を振り向かせると豪語しています
※土方は聞こえないふりをします
※キャラが完全崩壊しています
※総悟が思った以上に乙女になってクールを目指した土方はタラシもどきになりました、御注意ください



 世界は思ってもいない日常でありふれている。
 スり常習犯の俺が偶然狙った相手が金持ちの坊ちゃんで、その坊ちゃんが俺を好きだと言ってきた。

 世界には想像を越えた様々な人間がいる。
 大人しくていいカモだと思っていた坊ちゃんが実は性質の悪い性格をしていて、白昼堂々の告白をした後、ストーカーに発展した。


214日のターゲット



 今日は会う奴見る奴、誰も彼もがそわそわとしている。
 ここは偏差値の高い学校だけあって頭もそれなりに良い奴が通っているが、生物学的には人の子である以上、気になるもんは気になるらしい。教師までもがどことなく浮ついているのは気のせいではないだろう。

「土方君、これ」
「悪い。受け取れねえや」

 あっさりと断ると女が小奇麗な箱を引っ込めて目に見えてしゅんとした。
 「受け取ってくれるだけでいいの」と女が食い下がるから、「悪いけど甘いモン好きじゃねぇんだ」と一刀両断してそのまま立ち去る。遠巻きに見ていた野次馬が興味深そうにこっちを見ていたが、どうでもいい、素知らぬふりをして横を通り過ぎた。
 学校の休み時間だった。
 真っすぐと伸びる廊下の所々で女の塊があって、その半分近くの群れが廊下から教室を覗いて囁く声で騒いでいる。今から始まるイベントを前に興奮を抑えきれないといったかんじで、対して男は当選者が自分かもしれないと女を見ながら落ち着かない面持ちだ。

(馬鹿らしい)

 前から歩いてきた男女の内男とトンっと肩がぶつかった。悪い、と向こうから謝ってきたから同じように返す。
 ワイワイと騒がしい休み時間の空気から一線を引かれたように誰も居ない静まり返った階段脇に来ると、俺はポケットから財布を取り出した。まあまあな中身に肩を竦めると、さっさと中身を取り出して近くのゴミ箱に財布を捨てる。財布はさっきぶつかった男からスったものだった。
 時間を見る為に携帯を開くと、文明機械が今日が2月14日ということを教えてくれる。

(バレンタインデーね)

 イベントごとに興味はないが、浮ついているステージは狩りにはちょうどいい。狭い学校でこうなのだから、街中に繰り出せば浮足立った獲物がそこら辺にうろついているかもしれない。

「今日は久しぶりに出るか」

 コースと場所を即座に頭の中で描きながら、俺は優等生らしくラスト1限を受けに戻る。




(ったく)

 手渡ししてくる奴はまだいい。だが机やロッカーに入れてくるのは対処のしようがない。
 置いて行くのも捨てるのも誰の目があるか分からないから憚れて、結局持って帰る羽目になったチョコを紙袋に入れた。余計な荷物を片手に昇降口に向かう。
 ふと視線を感じて顔を上げると、門のところに俺のストーカーがいた。
 青い目で人の波を注意深く見ながら、俺を見つけるとパッと顔を輝かせる。目に見えない尻尾を振っているようだ。
 ストーカーというよりアレは犬だな。野良犬が俺に纏わりついて学校の前で待ち伏せしてやがった。

「土方さん!」

 犬が声を上げて俺を呼ぶ。
 嬉しそうに俺の名を呼ぶ犬の前まで行くと、じっと見下ろした。真っすぐと見つめると犬が戸惑った声を上げる。

「え? 何ですかィ? んなじっと見ないでくだせェ。そりゃわざわざ学校の前で待ち伏せるのは土方さん嫌がるだろうなァと思ったんですけど今更だし、それに今日学校が早く終わって、」
「おい」
「は、はい!」
「これやる」
「へ?」

 聞いてもいない弁解を遮って、優しい俺は纏わりついてくる野良犬にチョコが入った紙袋を渡した。犬は受け取った紙袋をそーっと開けて中を見ると、俺を勢いよく見上げる。キラキラとした目に嫌な予感がしたんだ。
 犬が再び尻尾を振る。

「土方さん! これもしかして俺へのチョコですかィ?!」
「違うから。そんだけあったら普通横流しって分かるだろ」

 らんらんに輝く青い目に何を言っても無駄かとため息をつく。
 残念ながらコイツはなついた野良犬じゃなくてやっぱりただのストーカーのようで、全く本当に、たまったもんじゃない。




 トンッとぶつかり頭を下げる。不快そうな顔を向けてきたが急いでいるようで、花束を抱えたサラリーマンは早足で先を歩いていった。
 ポケットの中に入った財布を触り、厚さを確かめる。首尾は上々。バレンタインデー様様だなと笑みを浮かべる。
 機嫌の良い俺の足取りは雲を蹴るように軽い。ひとりだとそう長い時間出来ないことも、誰かと連れ立っていれば町中をふらふらしても怪しまれないから都合がよかった。
 ストーカーこと沖田総悟は俺の隣を歩いていた。着いてくるのはあまり快く思っていないが、こういう時は役に立つから「帰れ」とは言わず、結果一緒に歩くことになる。
 沖田は俺のスリを黙認していた。普通誰かに告げるか止めろと諭すか強引に止めるか何かするだろうに、沖田は何も言わないのだ。ただ興味がないだけかと俺は片づけているが、沖田が心の中でどう考えているのかは分からない。

 さてその沖田であるが、沖田はさっきから渡した紙袋の中をじっと見ながら歩いていた。
 食べるモノを選んでいるのかと思いきや箱には触ろうとせず、ただ虫を見るように一心に見つめているのだ。
 そんなに見つめるほど興味を引かれるものはないはずだ。それは渡した俺が一番よく知っている。
 問うのが面倒で放っていたが、さすがに気になってきた。
 何を見ているんだ。問う前に「土方さん」と沖田が呟いて俺を見上げる。

「この中に手作りって入ってるんですかィ?」
「さあな。入ってるかもしれねえし、市販かもしれねえし、ンなの見てねえよ。ああけど、これは手作りっぽいな。包装紙によれがある」
「手作り…」

 俺が手に取った箱を沖田が横から分捕ると、その場で包装紙を解き始めた。突然で多少驚くが、俺は何も言わない。

(ンなに腹へってんのかよ…)

 沖田が包装紙を解いて箱を開けると、手作りらしく少々歪なトリュフが5個、カラーが入った紙の上に乗っていた。形といい色といい市販ではないだろう。差出人は不明。食べ物の匿名希望ってどうなんだとつくづく思う。

「腹壊しても俺のせいにするなよ」

 俺の言葉をどう聞いたのか、沖田はビクッと肩を震わせた。おそるおそるといったかんじで俺を見上げると、どこか情けない声を出す。

「やっぱチョコでも腹壊すことってあるんですかィ?」
「あるんじゃねぇの。作り方にもよるだろうけど」
「チョコ溶かして固めるだけでも?」
「さあ。知らねぇよ」

 沖田は見えない耳をペタンと伏せる。
 不貞腐れたような落ち込んだような顔をしてチョコを見つめると、「でもみんな美味しそうに作るんですねィ」と言葉を零した。
 パタンとそのまま箱を閉じて紙袋の中に戻す。ご機嫌だった俺の足取りとは裏腹に、沖田の足は泥の中を進むように重たい。いつもは煩いほど賑やかなコイツにしては珍しくしょ気ている。
 心配なんて言葉は俺から最も遠いところにあった。
 だからこれは気になっただけで、沈んだ横顔を見ながら関係ない顔をして前を向いて「そういえば」と切り出す。

「その手、どうしたんだよ」
「え? あ、ああ、これですかィ。ちょっと料理してたら手が滑りやして」
「ふーん。何作ってたんだよ」
「そ、それは…」

 紙袋を持った手にも反対側の手にも、沖田の色素の薄い白い指にはそれよりも白い包帯が巻かれていた。今更ながらの問いに、沖田は焦っていた。それはそうだろう、答えは用意していただろうが、いつもなら「ふーん」と一言で終わらせる俺が何を作ったのかと追求してきたのだから。
 何か言い訳をしようと沖田は俺と地面を交互に見ながら口をぱくぱくと金魚みたいに開けていたが、良い言葉が見つからなかったのか首をだらんと前に倒して抵抗を諦めたらしい。見えない耳も尻尾も垂れている。

「土方さんに、チョコ作ろうとしたんです。でも俺、自分で料理したことなんて一度もなくて失敗しやした」
「そうだろうな。お前の家は専属のシェフが居そうだ」
「へェ。よく分かりやしたねィ。そうなんでさァ。シェフが作ってくれるから、俺はいつも食べるのが専門なんです」
「なんかむかつくな」

 沖田は尚更いじけた。

「でも土方さんにはどうしても手作りが渡したくて、みんなの反対押し切って頑張ったんでさァ。売ってるやつかシェフが作ったやつにしろって言われたんですけど譲れなくて。でも全然上手くいかなくて。俺、あんなに料理が恐ろしいもんとは思いやせんでした。つまみ捻ったら火柱が立って天井焦がすし、卵をレンジに入れたら爆発するし、鍋が焦げて煙は出るし、何もかも上手くいかなくて終いにはシェフが泣きだす始末で。俺、料理する人を尊敬しまさァ」
「…安心しろ。ンな馬鹿なことをやってのけるのはどこぞのおぼっちゃまだけだ」

 沖田の奇想天外クッキングはこの際無視をするとして、そんな中で出来たチョコを貰うのが自分かと思うと憂鬱な気分になる。作り方にもよるとは言ったが、それは作り方以前の問題だ。
 眉を顰めた俺を見て沖田は慌てて両手を振った。

「あ、大丈夫でさァ! 土方さんに渡すのは市販のチョコにしたんで安心してくだせェ」
「…? お前が作ったやつじゃないのか?」
「あんなの渡せやせんよ」

 苦笑する沖田を俺は珍しいモノを見る目で見やる。
 意外だった。お気楽でどっから沸いてくるんだというぐらいの自信さで俺を惚れさせると豪語してくる沖田のことだから、黒焦げになってもそれを渡してくると思ったのに。

 沖田はごそごそとカバンを漁って中から小さな箱を取り出した。洒落た模様の包装紙で梱包されていて、見るからに高そうなチョコだ。

「土方さん、甘いモン苦手そうだからちゃんとビターなやつを選んできたんでさァ」

 沖田はそう言って俺にチョコを渡す。その手が少し震えているのが分かった。しかし俺は箱に手を出そうとしない。

「要らねぇ。お前俺を誰だと思ってんだよ」
「…え。やっぱ土方さんにはこのチョコの味が分からねェんですかねィ。でもコレ高いですけど誰にでも親しみやすい味なんでさァ」
「お前ほんと腹立つな。庶民舐めんな」

 ふと息を吐く。手はポケットに突っこんだまま動かさない。値を張るらしいチョコは行き場を失って沖田の手の中で宙ぶらりんになる。
 沖田は受け取ってくれないのかと俺とチョコをちらちらと見ていたが、受け取ってくれないと察するとがっくりと肩を落としてチョコをカバンの中にしまった。そんな沖田が意外で、俺は顔には出さなかったが多少驚く。

「えらくあっさりと引くんだな。何時もなら鬱陶しいぐらいしつこいのに」

 「あ、ひでェの」と怒ったフリをして沖田が笑う。
 のんびりと歩きながら言った。

「まァ受け取ってくれねェだろうなァとは思ってたんでィ。嫌いなら仕方ありやせんし」

 妙に理解の良い沖田の腕を掴んで、無理やり狭い路地裏の中に連れ込んだ。力の入れようで思うように揺れる細い体を壁に押し付け、自分の体と腕で囲う。
 見つめる先で沖田は目を瞠ったまま固まっていた。ぱちぱちと瞬きを繰り返し、飲み込むように状況を理解する。

「な、な、な、」

 ようやっと出てきた言葉は最早日本語ではなく、湯に浸かったわけでもないのに顔を真っ赤にして沖田は声にならない悲鳴を上げる。
 対して俺は無表情を貫いた。沖田の顎に手を掛けクイッと上に向かせる。沖田は真っ赤になって悲鳴を押さえようとへの字で口を紡いでいた。まるで今から食われそうな雛鳥だ。
 構わず、顔を思いっきり近づける。息を飲む音がした。

「お前、俺を好きっていうわりにはあっさりと引くじゃねぇか。なに? 適当に言ってんの?」
「な…! ンな酔狂で男が好きだなんて言わねェっ!」
「じゃあ市販で済ませようって言うのかよ? 好きな奴に対して?」
「だ、だからそれは失敗したから…」
「失敗したから見てくれも味もいいやつで誤魔化そうってわけ」

 目を見たまま詰め寄ると、沖田がグッと言葉に詰まった。「図星」と大きく赤い顔に書いて、視線を彷徨わせると顔を伏せる。
 逃がさず、顎に掛けた手で顔を上げさせる。近すぎて焦点がぶれた。青い大きな目に俺が映る。尚体を密着させて顔を寄せた。これ以上開いたら目が零れるんじゃねえかってぐらい空色が見開いて、沖田が息を止める。

「お前、誰が好きなんだよ?」

 俺の低い声は呪文のようだ。沖田にはよく効く魔法。沖田はビクッと大袈裟に肩を震わせて、顔中を真っ赤にしたまま動きを止める。ごくりと唾を飲み込んで息を何度か吸ってから震えた声を出した。

「土方さんが好き」

 俺の魔法はどうやら沖田の魂を抜き取るらしい。うわ言のように吐かれた言葉に口角が上がる。沖田の耳に口を寄せて言う。

「正解」

 言った瞬間、沖田の腰が抜けた。どしゃっとその場に座り込み、カバンも渡した紙袋も地面に落ちた。あわわわと口をぱくぱくとさせているが声は失ったらしい。真っ赤な顔で俺を見上げることしか沖田には出来ないようだ。
 そんな沖田を見下ろして元凶たる俺は「風邪か?」ととぼける。芝居がかったように携帯の時間を見て肩を竦める。

「俺は帰る。動けないなら誰かに迎えに来てもらえよ」

 腰を抜かして動けない沖田をそのままに、俺はその場を後にした。沖田が何かを言おうと口を開けているが、声は未だに戻らない、呼び止める声がないことをいいことに片手を振って置き去りにする。
 沖田に背を向けて夕焼け色に染まった帰路を歩き、ポケットに手を入れて今日の獲物に触れた。
 財布が3つに、固い箱がひとつ。それは体を近づけた時にスった沖田の失敗作のチョコ。アイツは平常心じゃなかったから気付かなかっただろうが、まるで天変地異が起こったみたいに平常心を失って慌てふためいていた沖田からスるのはいとも簡単なことだった。

(そう、気付かれないようにやるのが俺の技だ)

 笑いがこみ上げて声を漏らし、真っ赤な顔をした犬を思い出して勝ち誇った声を出す。

「だから、俺を誰だと思ってんだって言ったんだよ」

 俺がチョコをスったことも、紙袋の中に俺からのチョコを入れたこともアイツは気付かないに違いない。