テレビっていう箱に入った人が言っていた。
 人は、生まれたことに何らかの意味を持っているんだって。
 じゃあその存在さえ認めてもらえない俺は一体どんな理由で生きているのだろう。

 答えを求めるように画面をじっと見つめても、賑やかなテレビはさっさと話題を切り替えて誰も答えをくれやしない。
 テレビの音だけが静かな部屋の中に響いて、反射した画面にぼんやりとテレビを覗き込む自分の姿が映る。それが妙に不思議で一心にじーと見つめていると、突然首元を後ろに引っ張られてギャアなんだかヒャアなんだか情けない声が出た。

「画面に顔近付けすぎ。目が悪くなるぞ」

 落ちてきた声を追いかけて見上げれば、シャワーから出てきたばっかりでホクホクした土方さんが俺の襟首を掴んでいた。水気を含んだ髪をタオルでゴシゴシと片手で拭っている。いつもより赤みが差した顔をじっと見つめていると、あまりにも見すぎたみたいで「何?」と聞かれた。俺はテレビに向かって指を差す。

「俺が映ってた」
「そりゃ反射すれば映るって」
「改めて見ると変でさァ」
「何が」
「まるで、俺が人間みたいに見えるんでさァ」

 土方さんは、タオルを首に掛けてじっと俺を見下ろした。
 テレビ画面に映った俺はどっからどう見ても人間みたいだった。
 土方さんよりもちょっとちっちゃくて、頭から明るめの髪が生えてて目は青色。肌は普通より白っぽいけど肌色には変わりなくて、手も足もある。犬歯が人より鋭いけれど目立つほどではない。

「人間みたいだったんでさァ」

 見上げたまま続ければ、漆黒って名前が似合う黒色の瞳が俺を見下ろしていて、まるで闇に包まれるような錯覚を覚える。それを掴むように手を伸ばして触れる。


「俺は吸血鬼なのに」


 言葉にすればこんなにもサラリと言えることなのに、けれどそれは決定的に違うことだった。見てくれはどんなに似ていても中身はまるっきり別物だ。土方さんは人間っていう生き物で、俺は吸血鬼っていう名前の化け物で全然違う。
 こんなに似ているのに一緒じゃないんだなァ。見上げたまま、ぼんやりと、寂しいなって思った。

 何を考えているのか分からない土方さんが表情ひとつ変えずに問うた。

「人間みたいなのは嫌か?」
「俺は吸血鬼です」
「知っている」
「化け物なら化け物らしい姿が良かったんでさァ」

 化け物ねえと含みを持たせて、土方さんが口角を上げた。

「例えば?」
「例えばスライムみたいにドロドロだったり肌の色が緑だったり」
「ああ、確かにンなのが居たら化け物だ」

 くすりと笑った土方さんは俺から手を離すと、ぼすんとベッドに腰を降ろした。
 ひょいひょいっと手招きして俺を呼ぶから、素直に近付くと腕を引かれて囚われる。抵抗なんて今更で、腕の中で伸びあがって俺は土方さんの目を覗き込んだ。

「俺がそんなんだったら怖いですかィ?」
「初めて見たらビックリして逃げちまうかもな」
「チキン?」
「普通だろ」

 そうなんだと首を傾げると、ちゅっと可愛らしく音を立てて額にキスをされた。
 俺は熱を持たない生き物だ。冷たくねェの?って聞くと、冷てえよって言いながら温めるように耳に鼻に頬に次々と口付けを落とす。首筋に顔を埋めて男は言った。

「お前は人間みたいな形で嫌いかもしれねえけど、俺は今の姿で良かったと思っている」
「こんなことが出来るから?」

 説得力ねェと黒い頭を抱えるて問うと、まあそれもあると土方さんが面白そうに笑った。
 持ち上げられてベッドに押し倒されて、覆い被さった土方さんが真っ暗な瞳で俺を覗き込む。俺とは全く違う大きな手で頬を撫でられて、そっと落ちてくる口付け。この時はいつも土方さんの熱が俺に移るような錯覚を覚える。

「でもな、総悟。俺はお前がそんな形だったからお前を知ることが出来たんだ。初めっからお前の姿が緑色だったら知る前に逃げちまうよ」

 土方さんは最初俺のことを人間だと思っていた。そしていろいろあったけど、吸血鬼と知った後もこうして側にいて、変わり者の土方さんはこんな俺を好きだと言ってくれた。
 最初に俺のことを人間と勘違いしたおかげだとアンタは言う。それでお前を知ることが出来た。
 じゃあ、と俺は意地悪な質問をした。

「じゃあ俺が今から突然化け物になっちまったらどうしやす?」
「今から?」
「今日はハロウィンですから、悪戯好きの妖精や魔女が彷徨いているんでさァ。ソイツらに頼むんでィ」

 そう言うと土方さんはちょっと青褪めた。吸血鬼の俺は好きと言うくせに、化け物や幽霊なんて非科学的なモノに土方さんは臆病だ。俺が吸血鬼だって何回も言ったって中々信じようとしなかった。

(嫌いですモンね)

 手を伸ばして頬を撫でて目を細めて笑う。

「そんな姿になったらアンタ俺を嫌いになりやす?」

 そうなっちまったら姿だけじゃもう騙されない。
 土方さんは暫く黙って、頬に当てている手に自分の手を重ねた。

「人間に見えないんじゃ、きっと俺は逃げちまう」
「そうですかィ」

 俺は表情ひとつ変えずに返せたはずなのに、土方さんはちょっと困ったような顔をしてから「なんて」って言葉を零して、掴んだ俺の掌に柔らかいキスを落とした。

「無理だよ。俺はもうお前がどんな姿になっても手離せなくなっちまった」

 その言葉が行為の合図だった。
 暴かれて、片手は繋がったままで、熱を交わして声を上げ蕩けるどころか溶けてしまいそうだ。
 熱くて熱くてたまらない。

 潤んだ瞳で見つめると、切羽詰まった顔をした人間の顔があった。
 俺のことを知りたいと言って傍に居てくれた人。お節介ですぐ怒るけれど、土方さんはいつの間にか俺にとって何よりも特別な存在となっていた。
 いつも一緒に居たい。
 でも時が進めば、アンタは俺より先に死ぬ。
 老いてひとりで死んでいく。

 俺は、アンタの時間を一緒に歩けない。

(人間になりたい)

「……はぁ、はぁ」

 お互い荒い息を上げていると土方さんが抱き締めてきた。
 俺も繋がっていない自由な片手を土方さんの背中に回して、潤む視界で天井を眺める。

 見てくれが同じだからいけないんだろうか。
 同じだからこんな行為も出来るし、交わす口や回す手があるからついつい求めてしまう。
 でもどれだけ見た目が同じでも中身はまるっきりの別物だ。
 首筋に鼻先を埋める。汗のにおい、引き締まった皮膚。この下には温かくて赤い血が流れている。軽く歯を立てると甘噛みと間違った土方さんが小さく笑う。
 その度に俺は思う。

(嗚呼、血を吸いたい)

 歯を立てて血を吸ってこの人間の全てを手に入れたい。
 そう感じた時、俺は土方さんが餌としか見えなくなる。人間になりたいと思うのに、その度に自分に裏切られたような絶望的な気分になる。

「人間になりたい」

 そう漏らせば、自然に流れた涙を拭って土方さんが不敵に笑う。
 いつの日か本能に負けて、俺は人の血を吸うだけの化け物になるかもしれない。人間になりたいという気持ちなんて忘れてしまうかもしれない。
 だから、今だけはアンタが俺を人間だと錯覚させて。夢を見させて。

 キスを求めれば答えてくれた。土方さんの熱い熱が俺に移って少しでも人間に近づけるように何度も何度も求める。その間俺は自分が吸血鬼だって忘れて、ただアンタのことだけしか考えられなくなる。
 涙が出てきた。
 俺は土方さんにも一生片想いで、人間にも一生片想いで、それは絶対叶うことがない恋で。
 抗えない波に必死に逆らってみてもいつかは流される。俺に出来ることと言えば、波に負けて流される日がまだ先であることを願うばかり。ああどうしよう、そんな感傷的な考えもなんだか人間っぽい。

 けれど繋がった手は土方さんの手と違って冷たいままで、お前は化け物だって現実を突き付けて嘲笑う。
 俺の想いはゆらゆらと揺れて、そしていつか消えていく。



例えば百年も続くような