着信
自慢ではないが、俺は携帯というものが苦手だ。
小さな画面にくぎ付けになるのも疲れるし、いろんな機能が溢れすぎていて、細々なことが嫌いな俺には向いていないと、心底そう思う。
(名誉の為に言っておくが、不器用とわけでは決してない)
電話と、あとちょっとした用件を伝えるメールが出来ればそれでいいじゃないか。
ネットにテレビに音楽写真、手のひらに収まる箱にあれよこれよと様々なものが付加されては、触る前から面倒で堪らない。
それでもこの情報化社会だ。現代の必需品の代名詞ともいえる携帯を、いつまでも敬遠しているわけにもいかず、俺もついに携帯を持つ時がきた。
面倒なものはいらないから必要最低限の機能だけで。そう言った結果がこれだ。渡されたのは、処分に困っていた物を掴まされたとしか思えない、古めの携帯だった。
「じゅげむじゅげむごこうのすりきれかいじゃりすいぎょのすいぎょうまつ~」
旧式の携帯は、言うことも古かった。今も寿限無という落語の前座噺に出てくる子どもの名前を、機嫌よく唱えているが、俺にとっちゃ読解不可能な呪文だ。
初めは目を白黒させて、コレが携帯ってモンかよと力学的な文化に唖然としたもんだが、こんな喋り方をするのは俺の携帯だけのようで、怖いもので今はもう慣れた。
「しゅーりんがんしゅーりんがんのー…はい、終了ー」
「あ? 何が?」
寿限無の終わりはまだ早いはずだ。(聞いているうちに覚えてしまった)
携帯は大袈裟に肩を竦めた。
「電話でさァ。アンタがさっさと取らねェから切れちまったんでィ」
「はあぁぁぁ? まさかさっきの寿限無って…」
「へィ。着信音でさァ」
いけしゃあしゃあと携帯が言うから、俺は目が点になる。
「俺はキューピー3分間クッキングを着信音に設定していたと記憶しているんだが…」
あのメロディを見つけたのが嬉しくて、慣れない手付きで意気揚々と設定した、それが完了した時の感動は今でも覚えている。
携帯は眉間に皺を寄せると、けっと吐き捨てる。
「誰があんなセンスのない音楽を歌うってんでィ。無条件でなんでもかんでも言うと思ったら大間違えでさァ」
「そこは素直に言いやがれぇぇえ!!!」
ああ素晴らしきかなこの現代社会。
俺の携帯は、今日も元気です。
防水機能
1年にあるかないかのゲリラ豪雨だ。
頭からシャワーを浴びたように髪から止めどなく水が滴り落ち、傘の柄をしっかりと掴んでいる右腕だけが、雨の脅威から逃れていた。
「ピッチピッチ チャップチャップ、ランランラン」
「おいぃぃぃ!!濡れてる濡れてるッ!!ナイアガラの滝に打たれたみたいに濡れてるッ!!!」
「ぎゃーぎゃーうるせェですぜィ。アンタ人間なんですからちっとやそっとで騒がねェで下せェ。それにさっきからわざと頭全体に水がかかるように俯いてるじゃねェですか」
「お前には分からんだろうなあッ。下向かねーと目とか口に雨が入るこの辛さがッッ!!!」
傘が身を挺して守っている安全地帯には、携帯が堂々と体を収めている。
傘の恩恵に入ろうとする俺の肩をぐいッと押し出して、無情にも豪雨の中に押しやるのだ。
おかげで俺は傘を持っているにも関わらずずぶ濡れという無様さ、悔しいやら遣る瀬無いで、流す涙も引っ込んじまう。
「せめて半分入れさせろッ!!!」
「ヤでさァ。俺が濡れて壊れたらどうすんですかィ。半分濡れるぐらいだったら潔く全部濡れちまあなせェ」
(このヤロー!)
コレじゃあどっちが主人なのか分からねえ!
雨が振り出した途端、精密機械ですから、と常套句を吐いて、傘の主導権を奪いやがった俺の携帯は、旧式だから勿論防水機能なんてものは付いてねえ。
泣けてくる。自分の身より機械を優先させるってどうなんだ。
(畜生ッ!)
けど癪なことに、コイツが言うようにポシャって困るのは俺なわけで。
壊れるよりマシか、なんてどこか開き直っているあたり、俺も相当なお気楽者だ。
籠るように響く雨の中、あっめあめふれふれかあさんがーと歌う携帯の為に、俺は健気に傘を差して歩くのだ。
「あ、ちなみに今の電話でした」
「畜生! だから勝手に着信音変えるなってぇぇぇぇぇ!!!!」