留守電


 シャワーを浴びて寝間着に着替え、髪を拭きながら部屋のドアを開けたところで、土方さん土方さんとベッドの上に座ってピョンピョンと跳ねていた携帯に名を呼ばれた。

「ンだよ。ってか跳ねるな。ベッドが壊れる」
「ヤだなァ。これは土方さんの為にやってるんですぜ。こうやって跳ねたらホコリが舞うじゃねェですか。風呂上がりにはさぞいっぱい引っ付くでしょうねィってあ痛」
「ど・こ・がッ! 俺の為なんだ! ただの嫌がらせだろ、それッ?!」

 軽く叩くと、携帯はさも「横暴だ」と言わんばかりの被害者面で俺を見る。なんだよその怨みがましい目は。

「待ってたんですぜ。迎えてくれるって良いことじゃねェですか」
「頼むから大人しく迎えてくれ。俺に安らぎをくれ」

 肩を押してバネのように弾む体を止めさせ、首にタオルを掛けると、携帯の隣にバフンと腰掛ける。
 不可抗力で舞ったホコリを、携帯は嫌そうに手で払う。青筋を立てる俺にしれっとした顔で、「俺ァ精密機械ですから埃も敵なんですよ」なんてぬかす。どの口が言うんだ。

「で、何だよ。呼んでただろ」
「ああそうでした。アンタに留守電が入ってやすぜ」
「誰から?」
「知らない番号でさァ」
「ふうん。聞かせろ」
「再生しやーす」

 携帯は片手を上げてそう言うと、一旦目を閉じて内容を引っ張り出し、目を開けると文字通り再生する。

「こ、こんばんは。土方くんの携帯だよね? この前番号を交換したA組の村山です。ごめんねいきなりかけちゃって。実は言いたいことがあって…」
「………」

 どうしても逃げ切れなくて、仕方なく番号を教えたような、そんな記憶が一瞬頭を過った。
 面倒でどうやら俺は登録していなかったらしい。

(いやまあそれはいい)

 それはいいとして、俺が気になるのは緊張して震えながらの声色なのに、携帯の顔が無表情で真顔なことだ。
 台詞と表情が一切合っていない。
 電話の内容よりそっちのほうが気になって、俺はまじまじと携帯を見る。

「あのね、土方くん」
「待て。ちょっと待て。表情を顔に出せとは言わねーが、もうちょっとどうにかなるだろ」
「えー。携帯にンないちゃもん付けねーで下せェよ。目を閉じて聞いてりゃいいじゃねェですか。ったく注文が多くて手間がかかりまさァ」

 大げさに肩を竦めると仕方ねェなァと携帯はため息を吐いて、次いで俺の目をじっと見た。
 俺との間に手を置き、ギシリとベッドを軋ませて、体を寄せる。
 引っ付きそうなほどの至近距離で、上目遣いに俺を見る。

「土方くん、好きなの。明日、返事聞かせて」

 携帯が目を閉じる。
 留守電が終わったという意味だ。
 それは分かったが、妙な勘違いをしてしまいそうで俺は止まったまま動けない。
 目を開けて携帯が首を傾げる。
 性格はひん曲がっているのにどうしてこんな綺麗な目をしているのだろう。吸い込まれるような深い瞳に俺が映り込んでいる。

「保存しやすか?」

 またその口からその言葉を聞きたいだなんて、俺も重症な携帯依存症。
 どういう意味かなんて、聞かないでくれ。
 誰にとは言わず弁明を呟いて、俺はただ、首を縦に振る。




























































































充電切れ


 いつも通り歩いていたら、いきなりピタリと止まって、動かなくなった。
 先程から気になってはいたが、やはり充電が切れたらしい。
 しまったとため息を吐きつつ、仕方がないから俺は携帯を背負っている。
 いつもなんだかんだ言いつつ弄って喋っている携帯が今は静かで、なんとも言えない心許なさをかんじた。
 電車に乗ってもちょっとした待ち時間も手持ち無沙汰で暇になる。

(俺も立派に依存しているじゃねーか)

 携帯なんて用がなきゃ使わねえ、が俺のモットーだった、はずだ。
 それが充電が切れた今は妙に落ち着かなくて、日頃俺がどれだけ携帯に依存していたのかガツンと一発言われたようだった。
 知らない間に俺も現代の中毒者、重みを感じて己を知る。

(遠いな)

 帰路、いつも耳に入れている落語がないせいか、道のりがいつも以上に長く感じて、抱えた重みに寂しくなる。
 携帯に依存するのが良いことだとは思えないが、今更手離すことも出来ないのだ、この存在は。
 なんだかなと首を傾げて、歩みを速めて、家路を急ぎ今はただコイツの空色が見たい一心だった。




























































































機種変


 携帯にも慣れてくると、便利さに惹かれてついつい目が移る。
 「0円」だの「セール中」だの、目につく色の看板が俺の前に現れて、何気なく足が止まってしまう。
 立て掛けられている携帯は色とりどりで、如何にも次世代なかんじだ。その上を、防水、カメラ機能、動画再生などそれぞれの謳い文句が踊っている。

「へえ。最近はこんなものもあるんだな。携帯でフルハイビジョンか」
「アンタには必要のねェ機能ですよ」
「どうしてそう言える?」
「土方さんは普段からあんまテレビ見ねェじゃねェですか」

 携帯は横から覗き込んで、眉間に皺を寄せる。
 じゃあこっち、と今度は画面の広い携帯を手に取ると、渋った。

「タッチパネルなんて高性能、扱えるわけねェでしょ。押しても反応しなくてブチキレるのが関の山でさァ」
「これは?」
「逆に弄ばれるんじゃねェですかィ」

 携帯は、手に取った全部にいちゃもんを付けてくる。
 それが、自分の玩具を取られないような必死さで言うモンだから、心底俺は呆れた。

「お前、俺が機種を変えると思ってそんなに焦ってんの?」

 ただの興味本位で見ているだけなのに。

「…うぬぼれンのもいい加減にしときなせェ」
「そうとしか見えねえよ」

 図星なのか癪に触ったのか、携帯はますます渋った顔をする。その奥の空色は不安そうに揺れていた。この場所からさっさと離れたそうに、そわそわしている。

 普段の仕返しとばかりに気付いておきながらも俺は意地悪その場所から動かず、飾られた機種を品定めするかのように、選ぶ素振りをした。
 何か言ってくるかと思いきや、予想に反して携帯は何も言ってこなかった。ただ俺の隣に立って、俺の様子をじっと見ている。

「俺が機種変するのが嫌か?」
「そんなことはねェでさァ。ただ、アンタが望む機能を俺は叶えることが出来やせんから、俺にとやかく言う権利はありやせん」

 どこか頼りなく呟かれたその言葉。

(なんだかなあ)

 いつも堂々と存在を主張しているクセに、妙にちんまりと小さくなる時がある。健気にぎゅっとなって、その度に俺は手放せなくなる。

「要らねーよ」

 ひとつ息を吐いて、歩き出し、その横を通る時に手を取り所有物を引っ張った。

「生憎俺の手はお前で塞がってンだ」

 精密機械と言うわりにはすぐに言葉を理解出来ない、きょとんとした顔がなんだか面白かった。
 意味を理解すると、携帯はいつもの小憎たらしい輝きを目に称えて、後ろ頭で両手を組む。

「そうですねィ。アンタの機械との相性の悪さなら俺ぐらいがちょうどいいでしょうねェ」

 今泣いたカラスがなんとやら。満更でもなさそうに、どこか誇らしく言う。
 調子に乗るなと、隣に並んだ頭を、軽く叩いた。