ちいさな明かり
「クリスマス」
いつものように突拍子もなく口を開き携帯がそんな言葉を口にする。
テレビを見ていた俺の耳はしっかりとその言葉を拾っていたのだが、問い返すと碌な話にならないと分かっていたから俺はただただ聞こえないフリに徹した。少しでも気に掛けたら負けだと自分に言い聞かせる。
しかし携帯は最初から俺の返答など気にしていないようだ。「スケジュールにクリスマスの予定が登録されてねェんですけど?」と一番問われたくないことを聞かれて、俺が憂鬱な気分になるのは時間の問題だった。
「今年は3連休ですぜィ。なんか予定ないの?」
「……うるせーな、お前には関係ないだろ」
「あらら、ってことはなんもねェわけだ。可哀想に」
「クリスマスに大切な人と過ごすなんて決まりはねえ」
「アンタに恋人も意中の人が居ないのも俺が一番知ってやす」
「……だったら聞くんじゃねえよ」
はぁと落としたため息は鉛よりも重く、ごろごろと音を立てて部屋の隅へと転がっていく。
外へ出る時は最低限財布と携帯を持てばいいというこのご時世だ、身から離すことなどほとんどない携帯が俺の予定を知らないわけがない。
知っていて聞いたんだ。コイツのSっ気は本物でほんと俺の携帯は碌でもないと再度認識する。
不機嫌な俺の気配を汲み取ったらしい携帯が背後のベッドからのそりと身を乗り出してまァまァと今度は俺のご機嫌取りに取りかかった。
「俺が知らねェことがあるかもしれねェから、知りたいんですよ。ほら、寂しいヤロー達で集まるとかそんな予定はねェんですかィ?」
携帯の声にムッとしながらもひとり剥れているのはなんだかガキみたいで、短く「ねえよ」とぶっきらぼうに答える。
「クリスマスに何が悲しくてヤロー共とそんな傷を舐め合うようなことをしなきゃなんねぇんだよ」
「……土方さん」
妙に沈んだ携帯の声が聞こえて携帯を見やると、哀れみという言葉がぴったりの目で俺を見て悲し気な声色で俺を茶化すことが大好きな携帯が口を開く。
「土方さん、友達居ねェんだ」
「ンなんじゃねーよ!!!」
クリスマスだと意識するから虚しいんだ。これからの3日間はただの連休で、俺は予定のない連休を過ごすだけ。
情けなさなどこの際一切見ないフリをして気にしたら負けで、俺はクリスマス色よりも年末色を出しているテレビを無心で見る。
が。
「真っ赤なおはなーのー、トナカイさんはー」
ベッドに寝そべり妙にご機嫌な携帯は、先ほどからクリスマスの歌を熱唱している。また着信音を勝手に変えたのかと思いきや、今は単に内臓されている曲を流しているらしい。電池が減るから止めろと言ったって聞きやしない。
(イジメだ)
背中で携帯の歌を聞きながらそう思わずにはいられない。
「そういえば土方さんはサンタに何かお願いしてねェんですかィ?」
「もうサンタなんて信じる年じゃねえよ」
「トシだけに!」
「うまくねえ。っつかお前サンタって知ってんのか?」
精密機械というけれど頭が空のコイツのことだ、知ったかぶって何も知らないのかもしれない。そう思って問えば、携帯はふふんと得意げに鼻を鳴らした。
「知ってやすぜ。ちゃんと俺の辞書にも載ってやす」
「なんて?」
「クリスマスの日に子どもにプレゼントを贈る赤い服と白い髭を生やしたじいさんでさァ。空飛ぶトナカイに乗って煙突から侵入しやす。でもそれはただの伝説で、本当は子どもが寝入った後にプレゼントを置いていく心優しい人間のことを差しやす。主に親。だからクリスマスと称して品定めにおもちゃ売り場に行って「これサンタさんにお願いしようなー」なんて言いながら子どもが欲しい物に目を付けるんでさァ」
「なんて辞書だよ。そこはオブラートに包めよ。夢がなさすぎんだろ! 辞書にそんなこと載せちゃいけねぇだろッ!!」
ちょっと「あ、ちゃんと知ってんだな」なんて思った俺が馬鹿だった! サンタなんてもう信じていない俺が見たから良かったものの、無垢な子供がこの携帯の辞書を見たらどうするつもりだ!
お前の頭は空というよりなんか黒いと抗議すると、携帯は何でもないように肩を竦める。
「土方さんは目つきが悪くて悪人面なのにロマンチストだからいけねェ。クリスマスだってアンタから誘いをかけりゃ一緒に過ごしてくれる女なんていくらでもいるのに、好きな奴としか過ごさねェなんて意地を張ってるからひとりで過ごす羽目になるんでさァ」
「うるせーな」
呆れた声の携帯に俺はむっとした声で返す。しょうがねえじゃないかよ。ってかなんでお前はそんな冷静に俺のことを分析してんだ。
改めて言われると恥ずかしくなって誤魔化すように頭を掻く。携帯はそんな俺を後ろのベッドから見て、もう一度呆れたと言わんばかりのため息を吐いた。そしてこんなことを言う。
「ま、そんな不器用な土方さんが良いんですけどね」
「え?」
言葉が一度で飲め込めないで振り向くと、思っていた以上に携帯の顔が近くにあって驚いた。息も止めて頭が真っ白になった俺には構わず、至近距離で携帯が目を細めてにんまりと笑って言う。青い目がきらきらと輝いていて俺は釘付けだ。
「じゃあ俺が可哀想な土方さんのサンタになってやりまさァ」
「は?」
「ほらほらさっきの歌にもあるじゃねェですかィ。トナカイはみんなの笑いモノだけれど、サンタに言われて今夜こそは頑張るんでさァ。俺も他のヤツらより機能も処理も劣ってる処分品だって店にあった時は笑いモンでしたけど、土方さんが手に取ってくれたから俺はここに居られるんです」
だから今日は恩返し! サンタになって素敵なあなたにプレゼント!
ぼーとしてないで電気を消してくだせェ。そう言われて言葉にもその姿にも言霊に宿る感情にも飲まれていた俺は、ハッとして言われるがまま部屋の電気を消した。何をするのかと思って振り返れば、ベッドの上には黒い箱の姿へと変わった携帯があって、暗闇の中で携帯のカラーランプがピカピカと色とりどりに輝いていた。
ちっちゃくて街頭に飾ってあるような光輝かなものとは違う、しょぼいイルミネーションだ。
俺は立ったまま壁に凭れてぼんやりとその明かりを眺めた。
ひとつだけのちっこいランプが部屋の暗闇を照らしていてそれは頼りなく、キャンドルの明かりとはまた違う人工的な光がチカチカと発光しいているだけで幻想的でもなんでもない。
けれどたったそれだけのことなのに、あのバカで意地が悪くて天然の携帯が俺のために必死になってやってくれているのかと思うと妙にじんわりと感動してしまう俺がいて。
「クリスマスプレゼント、か」
もう随分と昔に忘れたものが目の前に現れたようだった。小さい頃、サンタを信じていた自分を思い出す。あたたかい気持ちになって自然と目元がやわらかく緩む。
暫くしてパチンと部屋の電気をつけると、携帯が目を輝かせてどうでした?と反応を期待してやる。手放しで誉めるのも癪で、綺麗だったと言える程俺は真っすぐに出来ちゃいなかった。再びベッドに背を預けて座って頭を掻きながら平常心を装って言う。
「まあ、お前にしちゃよかったよ」
ぶっきらぼうな言葉。嗚呼なんで俺ってこうなんだと身の内で軽く反省してみたり。
けれど携帯はその言葉で十分のようだった。
そっか。と満足そうに頷いて、成功したと嬉しそうに笑いながらベッドに転がり上機嫌に歌を歌う。
「いっつも泣いてーたー、トナカイさんはー今宵こそはーとー」
よろこびまーしーたっ!