恋人ごっこ
せっかくの休みだっていうのに買出しを頼まれて、しかも何故か沖田とセットで、私服で街を歩いている時だった。なんの前フリもなくそれはやってきた。
「………なに、コレ」
「うん?」
「ん?」
「え?」
「イヤイヤイヤ、だからこの手、何? 俺の腕に巻きついてんだけど」
土方の腕に二本の細い手が巻きついている。思わず足を止めて、信じられないものを見るような目で、土方は自分の腕とそれに絡まる沖田の白い手を見やった。先に断っておくが沖田とは決してそのような関係ではない。ないはずだ。つい土方の視線が疑わしそうなものに変わる。
「あのー、熱でもあんの?」
「あ、勘違いしないでよ。私土方さんなんて全然タイプじゃないから。ってか天パ自体考えられないし」
「…そんなストレートに言われるといくら沖田とはいえちょっと傷付くんだけど。ってか天パの存在否定する時点で俺の存在価値全否定なんだけどッ。じゃあ誤解を招くようなこの手はなんなわけ」
「んー、ただちょっと楽しいのかなぁって思ってさ」
そう言って、沖田が腕を組んだとは別の手で指を差す。
沖田が指差した先には、甘えて彼氏の腕にベッタリと張り付く女の姿があった。否周りにいっぱいいた。休日なのだから当然と言えば当然だろうか、それを確認して、土方は珍しく驚いた顔を沖田に向ける。沖田は眉を寄せ怪訝そうな顔をした。
「なに?」
「いや…素直に驚いているのよ俺。そうか、沖田もそんなお年頃になって、」
「オヤジ」
「………。んで、楽しいの、これ」
立った青筋は見ないフリをして、土方が沖田と組んだ腕を目で示すと、沖田はふるふると顔を横に振った。
「別に。普通。土方さんのにおいしかしないもの」
「そりゃまぁ、こんなに密着してるし」
「ねえ土方さん。ステーキが食べたい」
「……」
卑怯だと、思うのだ。これはあの冷酷な女番長で、沖田であって可憐な女の子なんかじゃない。わかっている、わかっているのだけれど腕にすがり付いて上目遣いで物を強請る様は何かしらの魔力があるものなのだ。
ちっちゃく、本当に小さく根負けした土方が一センチほど首を縦に動かした。途端に飛んでくる沖田の半眼が痛いいたいイタイ。
「土方さんのロリコン」
「うるせぇ。ってかなんなのお前、ほんとなんなの。悪魔? サド?」
「土方さんはカモ」
「んだとコラァぁぁ!」
「なんてね」
土方の叫びを斜め後ろに聞き流し、沖田はするりと腕を解いた。今まで沖田が掴んでいたせいで皺が寄っている。突如消えたぬくもりに、土方はほんの少しだけ、覚えのない寂しさに突かれる。気づかないフリをした。
「なんだかなぁ。私ちっとも興味ないんだ。愛とか恋とか、煩わしいとも思うの」
「…それはどうかと思うぞー。十八やそこらのガキが悟りなんて開くもんじゃねぇ」
「だって戦いには必要ないものでしょ? むしろ邪魔。土方さんだってそうでしょ?」
「…………」
返答に、詰まった。
沖田も漸く異性を意識するようになったのかと思った、親心のようなどこか淡い気持ちはすぐに掻き消えてしまった。振り返った沖田の、ぱちぱちと瞬く目がどうしようもなく無垢で、犯罪者になったかのように土方は息が少しばかり詰まる。
沖田の中には戦いの世界しかないのだ。土方は一生独り身でも、近藤と真選組の為に生きる覚悟が出来ている。けれど沖田は違う。まだ若いし、普段は分け隔ててなどいないが何より女なのだ。女に生まれて女として生きていけるのに、沖田はその幸せを知らない。沖田の判断基準は戦いに必要か否かなのだ。
土方は顔を伏せると、バレないように小さく息を吐いた。沖田がそうなった原因はなんだと言われたら、十中八九土方と近藤のせいだろう。その世界しか与えず、心配しなくとも時が来れば、沖田が勝手にどこかへ行くだろうと甘く考えていた。過失は沖田が真っ直ぐ近藤と土方の背ばかりを見て進む、一途さを考慮していなかったせいだ。
土方はそっと歩き出すと沖田の横を通り、その隙に沖田の手を握って引っ張った。急の出来事に沖田がわっと短い声を上げる。土方は握った手を解きつつ、指を絡めてもう一度握り直した。
「ひ、土方さん…?」
沖田の上ずった声が聞こえる。そりゃそうだ、自分だって何をしているんだかと問うてやりたい。
けれど沖田を思えばせずにはいられなかった。戦いの世界だけではなくて、他にも生きていけるのだ。例えば好いた男と結婚して子ども産んで育てることだって出来る。けれどそう言って今更放り投げるのはあまりにも身勝手で最悪だった。だから少しずつ気づいてくれればいい、そして沖田自身が選べばいい。今だけだ、土方は言った。
「ありがたく思いなさい。屯所に戻るまで俺が恋人役やってやるよ」
「なんで?なんで? っていうか土方さん役不足だよ」
「贅沢言うな。これでも俺は昔はーっていやいや今もだけど、何を隠そう全国の女性が羨むだなー」
「うそだーぁ」
「本当だって。人の言うことは信じなさい。長いものには巻かれろってやつよ。いや俺が年寄りとかじゃなくてな。うん。さて沖田、昼飯にしよう。何が食べたい?」
指は絡ませたまま、柔らかく言えば沖田がきょとんと瞬いて、変なのとどこか楽しそうに笑う。思えばこうしてゆったりと過ごすのは随分久し振りだ。合わせた手がしっかりと重なって、どうにも離れ難くなってしまったような、そんな春の錯覚を土方は全身で感じる。