本日も晴天なり
家家が建ち並ぶ中にひとつぽっかりと空いた空き地がある。ちょっとしたキャッチボールができるその敷地の真ん中には、土管がみっつ三角に積み立てられていて、ネコ型ロボットが活躍する世界に出てきそうな空き地と瓜二つだった。子どもたちにとっては絶好の遊び場だ。けれど目の細い坊っちゃんが物自慢をするわけでもガキ大将のリサイタルがあるわけでもないのに、空き地は常にひっそりと静まりかえって子どもの声ひとつない。何故か。スネちゃまとタケシの変わりに、空き地の土管はサド王子の昼寝所として愛用されていたからだ。チンピラ警察を不審がって賢い奥様方は、可愛い子どもが空き地に近寄らぬよううんと言い聞かせている。本来なら窓ガラスを割られて怒鳴る雷さんの怒鳴り声もなく、空き地周辺は静かに静まりかえっていた。
さてサド王子こと沖田総悟は今日も今日とて仕事をサボり、その空き地へ昼寝をしにやって来た。誰もいないのは知っているから、大きく出た欠伸を隠しもせず沖田はとぼとぼと土管へと近寄った。上着はすでに抜いでいて片手で肩に掛けている。アイマスクはポケットに突っ込んで持ってきた。あとはもう日当たりのいい土管に寝っ転がるだけの格好で、沖田はどんな夢を見ようか心踊らしていた。土方をからかう方法だとか、山崎をどうやってコキ使おうか等考えることは山ほどある。
あれこれイメージを膨らましてうきうきとしながらよいしょっと土管に登れる、その時になって初めて、沖田は人の存在があることに気付いた。めそめそと泣く子どものすすり泣きがやや反響して聞こえる。ん?と首を傾げて沖田が土管の中を覗き込む、ひとりの少年が膝を抱えて丸まって、泣きじゃくっていた。
沖田は昼寝を断念せざる終えなかった。
「母ちゃん…もう俺のことなんていらないんだ…」
土管から出てきた子どもは土管の上に座り込んでもまだ泣きじゃくっていた。名前をゲンタという。なんでネコ型ロボットが活躍する世界と類似した空き地に、小学生とは思えない頭脳を持つ探偵団の一番頭悪いやつがいるのだろうと総悟は思ったが、ゲンタの頭に十円禿げはなかった。
ゲンタの隣に腰を下ろした沖田はくあーと欠伸を噛み締めると、頬杖を付いてゲンタに言った。黒服の隊服を着た少年と泣きべそを掻く子どもいった、奇妙な組み合わせがそこにあった。
「んで、なんつったっけ?お前の母ちゃんと父ちゃんがー、産まれてきた赤ん坊ばっかりに構って、お前を相手にしてくれねェって話だっけ?」
「うん。父ちゃんも母ちゃんもオレなんていらないんだ」
ぐずぐずそう言ってゲンタは泣く。沖田は子どもが土方ほど嫌いでもなかったし、近藤ほど好きでもなかった。けれどふたりと同じで泣いている子どもというのはどうも無碍に出来ず、沖田はハァとため息を吐いてゲンタの頭を撫でてやった。
「まァ泣くなってゲンタ。男だろィ。男はめそめそしちゃいけねェんだぜ。カッコ悪いから(近藤さんはよく泣くけど)」
「オレまだ子どもだもん。泣いたって許してくれる年だもん」
(…ふてぶてしいガキだな…)
沖田はポコンとゲンタの固い頭を軽く叩くと、こっそりと息をついて泣くゲンタを見ていた。なんとなく、この子どもを放っておくことが出来なかった。沖田には弟も妹も居なかったが、ちょっとはゲンタの気持ちが解るような気がしたからだ。
「オレ、ミツヒコなんて嫌いだ。あいつが居なきゃ母ちゃんも父ちゃんもオレと遊んでくれたのに」
(お前の弟ミツヒコかよ。どんな理由でネーミングしたんだか…)
「まあ、なァ。俺にも分かるぜ。確かに居なくなっちゃえばいいのにーとか思うよな」
「え!お兄ちゃんもそう思ったことあるの?!」
ゲンタがキラキラとした目で沖田を見つめた。ガキってのはなんでこんなに無邪気な目をしているのだろうと、なんとなく眩しく見えた。
「思う思う。ゲンタとおんなし、後から来たくせに俺の大切なもん全部かっさらいやがったそいつがスゲー憎たらしかった」
沖田の頭にぽかんとひとりの男が浮かんだ。黒髪で長い髪をひとつに束ねたいつも済ました顔をしている男だ。姉ちゃんも近藤さんも、そいつ来た途端そいつばっかり構うようになった。憎くてたまらなかった。ふたりを取ったそいつが、大嫌いだった。はずなのに…。
(はずなのになー…)
今は髪を切っていっつも仏頂面で、タバコをすぱすぱ吸っている男を思い出して沖田は笑った。
兄ちゃん?とそんな沖田をゲンタが不思議そうに見上げる。沖田はぽんぽんとまたゲンタの頭を柔らかく叩いた。
「でもな、不思議なことに気付いたらそいつも、いつの間にか自分の大切なもんになっちゃったりしてるんでェ」
「…そうなの?わかんない…」
「今はな。でもゲンタだって父ちゃんと母ちゃんが遊んでくれなくて寂しいだけで、ミツヒコのこと嫌いじゃないんだろ?」
「…………」
「家帰って名前呼んで、一緒に遊んでやってみな。ミツヒコはきっと笑ってくれるぜ。ゲンタの父ちゃんも母ちゃんも、今はミツヒコが産まれてきたばっかで手がかかってゲンタのこと構ってやれないけど、ゲンタのこと嫌いになったわけじゃないから」
「……うん」
「ミツヒコの兄ちゃんするのが辛くなったら、またここに愚痴りに来なせェ。絶対、とは言えないけど俺も居るかもしれねーし」
「………うん」
ゲンタは両膝に拳を握って両手を置いて、グッと我慢していたがついに堪えきれず最後は涙声になって泣いた。沖田はそれ以上何も言わず黙って空を眺めた。
ゲンタはミツヒコが悪くないことぐらいわかっているはずだ。父親と母親がゲンタのことを前と変わらず想ってくれていることだって、ゲンタはちゃんと感じ取っている。
けどそれでも、寂しいのは寂しいのだ。だから剥れたり拗ねたり落ち込んだり、ちょっかい出して相手を怒らせて構って欲しかったり、いろんなことをして気を引かせたいのだ。
(まだまだ子どもだねェ、俺も…)
弟のこと、実は可愛いくって好きだろ?と聞くと、ゲンタはちょっと考えて頷く。
素直でいい、それでいい。沖田はくしゃくしゃと子どもの頭を掻き混ぜてやって、自分も帰ろうと思った。