た者同士の好き同士


 マヨ方が出張に出掛けた。
 会合だとかなんとか言っていたけど、難しいことはよく覚えていない。
 俺にわかることと言えば土方の野郎が屯所にしばらく居なくて俺はサボり放題ってことと、近藤さんを独り占めできるってことだ。やったね俺、鬼の居ぬまになんとかってやつだ。
 俺はその日を今か今かと待ち、カレンダーにも丸を付けてまでその日を楽しみに待った。
 そして土方さんが出て行ったのがちょうど1週間前。天国だ! 俺の天下だ!
 そのはずだったんだけど…。

(なんだかなあ…)

 マシュマロみたいな雲がふわりふわりと飛んでいく。駄菓子屋で買ったアイスを口に銜えて、ぼんやりとそれを見ていた。
 今日で6日連続のアイスは最早魅力も感動も何も感じられなかった。ああ今日も今日とて6回連続ハズレだ、ついてない。

 神社の境内は俺の絶好のサボりスポットだった。特に夏は初夏のように心地好い風が吹いて昼寝には最高だ。
 今も空には夏の太陽が燦々と輝き、両脇の木が枝を広げて優しい木陰を作ってくれている。耳に聞こえるのは蝉の鳴き声だけ。
 田舎を思い出させるそれは、ゆっくりと俺を眠りに誘ってくれる。

「そのはずなんだけどなァ」

 境内の階段に寄りかかり、枝の向こうに広がる空を見つめた。
 今は天国のはずなのに、誰も俺を咎めないはずなのに、何故か昼寝をする気になれず仕事もきっちりこなす真面目っぷりだ。今もサボりではなく昼休憩の時間である。
 俺ァ一体全体どうしたんだ。拾い食い? いや何も拾ってねェしマズいモンも食ってねェ。

「あーあ」

 恨みがましい目で晴れ渡った空を見つめて、ガックリと肩を落とした。
 そろそろ時間だろうと時間ぴったりに腰を上げてお気に入りの場所からさっさと立ち去る俺は、何がどうしていきなり真面目モードなんかになったのか。
 分からないまま、そういえば今日は野郎が帰って来る日だなァなんてことを考えていた。




 1週間ぶりに屯所に戻ってきた。
 帰るなり仕事に取り掛かるのはもう慣れた。
 煙草を吸いながら手と目で書類を整理して耳で留守中の組の様子を山崎から聞いていたのだが、絶対報上がってくるだろう問題児の名前が掠りもしないうちに報告が終わったモンだから俺は虚を突かれた。

「おい、まだあんだろ」
「…? 以上で全部ですけど」
「ああ? 下手に隠しても無駄なんだよ。あのバカ王子のことだ、俺の留守中に思いっきり羽伸ばしてやがっただろう? 今度は何をした? 7日連続欠勤か? 派手な器物損害か?」

 矢継ぎ早に言った俺の言葉に山崎はきょとんとしていたが、やがて「ああ沖田さんのことですか?」とポンと手を叩いた。チッ、白々しいんだよ。
 どんな仰天ものの報告が飛び出してくるのかと考えるだけで今から胃が痛くなる思いで煙草の灰を落としていると、山崎があっけらかんと言った。

「沖田さんならちゃんと仕事をしていましたよ。いつものハチャメチャぶりが嘘のように」

 ええそれはもう心を入れ替えたように大人しかったです。山崎はそうも付け加えてはっきりと言った。
 耳を疑うとはこのことだ。たっぷり数秒思考が固まり、俺の脳は止まった。

「はぁ? ンなわけねーだろ。アイツが誰か知ってんのか? 破壊の星に生まれたようなヤツだぞ。それってセルが地球に来て人造人間どころか人間も襲わねーってことと一緒だろ」
「いやそれが本当なんですよ。セルも副長が居ない間はサボりもせずに毎日仕事をしていたんです。いやーセルもちゃんと血が通っていたってことだったんでしょうねえ」

 ボケても山崎はツッコまず感慨深そうに頷いた。
 山崎が出ていった後で俺は書類を片付けていたが、気分が乗らずそれも面倒になって結局止めた。
 ゴロリと仰向けに寝転がって古くさい天井を眺める。
 俺が居ない間総悟は仕事をしていたという。
 良いことだと分かっているが、それが面白くなかった。
 手が付けられないほど勝手をしているのだ。帰ってきたらちゃんとしろと一番に怒ってやる。総悟は渋々と従うだろう。俺がいなければ仕事もしない。やんちゃ馬の手綱を操れるのは俺しか居ない。
 そう思っていただけに、なんとも肩透かしを食らったような気分だった。
 アンタが居なくても俺ァひとりでやっていけまさァ。
 言葉はなくても面と向かってそう言われたようで、ギッと唇を噛み締める。

(俺は一体何を考えてんだか)

 良いことには違いがないのに、何故かジリジリと焼け付くような痛みがあって呆れた。
 こういう時は何も考えないのが一番だ。
 寝てしまおうと片腕で目を覆って目を閉じたところで、頭の上でスパンッと障子が勢いよく開いた。
 驚いて見上げた視線の先で、障子を開け放った総悟が俺を見下ろしていた。




 交代の時間になり屯所に帰ってきた総悟は、山崎から副長がお帰りですよとの言葉を受けてなんとなく副長室に向かっていた。
 障子の前に立つ。この7日間人気がなかった部屋から人の気配を感じ、沖田は部屋の障子に手を掛けた。

(しまった。バズーカを持って来るの忘れちまった)

 何せここまで一直線に来たものだから、沖田は手ぶらだ。
 俺もまだまだあのヤローを殺す覚悟が足りねェなァと、スパンッと勢いよく障子を開け放つ。

 土方は畳の上に寝転がっていた。見下ろす沖田を驚いた目で見ている。
 7日ぶりに見た男の顔はちっとも変わっていなかった。当たり前だ。たった1週間外に出ていただけである。
 それなのにひどく懐かしさ感じて、顔には出さずに心中で沖田は戸惑った。
 一方土方もまさか帰って来て早々沖田が来るとは思っていなかったのか、逆光で影を翳した顔をきょとんと見つめている。
 と、いきなり沖田が顔を踏もうとしたものだから急いで飛び起きた。

「のわっ! 人の顔を踏もうとするんじゃねェよッ!」
「人が齷齪働いてンのに昼寝たァいい度胸じゃねェですか。こりゃもう死んで詫びるしかねェですぜ土方さん。死んで詫びるか詫びて死ぬか好きなほうを選びなせェ」
「どっちも死んでるぅぅうう!! つーかお前が言えた義理じゃねえだろッ! 隊長のくせに万年寝太郎しやがってッ」

 起き上がった土方の前にドカリと腰を下ろした沖田はムッと拗ねた。

「失礼なことを言わねェでくだせェ。俺ァちゃんと仕事してやしたぜ。少なくともアンタが居ねェこの1週間は大真面目でさァ」

 はァと思わせ振りなため息を付いて肩が凝ったと言わんばかりに腕をぐるぐる回す。いかにも疲れたと言わんばかりの無言の主張と、ちらちらと何かを催促するように青色がこっちを窺うが、土方は冷静だった。

「いや何も奢ってやんねえよ。それが当たり前だっつーの。働け」
「ちぇ。ケチくせェ」

 舌打ちをして総悟がそっぽを向く。あ、拗ねた、と土方は思った。
 出来ることなら俺だって「よくやった」と思う存分誉めてやりたい。しかしそれを素直に表に出すのは性分じゃないし総悟ももう子どもではないのだ。
 土方は自分に言い聞かす。しかし言い聞かしていると思っているのは土方だけで、土方は総悟を甘やかしもすればまだまだ子ども扱いしていた。本人に自覚がないというのが一番恐ろしい。

「しょーがねえ。何が食いてぇんだよ」

 よって今回も例外なく土方は総悟を無意識に甘やかしていた。

「角のファミレスの高級パフェ」
「アレ無駄に高いんだよ。調子に乗るな」
「ディナーコースでもいいですぜ」
「なんでいきなりコースッ?! 却下」
「ごちゃごちゃうるせェなァ。じゃあ仕方ねェから店のメニュー片っ端からで勘弁してやりまさァ」
「どこのワガママ王子だよッ!! ったく。高級パフェで我慢しろ」

 だからそれが食べたいって言ってんだろィ。
 煙草に火を付ける土方から見えないように沖田は顔を逸らして、チョロいと舌を出した。
 と、そんな折、

「ははは。早速トシに甘えているなあ、総悟」
「近藤さん」

 開けた障子から近藤が顔を出して中へと入ってきた。

「近藤さん、間違えないでくだせェ。俺ァ甘えンじゃなくてたかってんでさァ」
「悪びれずにいけしゃあしゃあと言うよな、お前は…ッ!」
「まあまあ」

 火花を散らす土方と沖田の間に入るように近藤が腰を下ろす。
 そして沖田のほうを向くと「そういえばプリンを買って来たんだ。食べてもいいぞ」とその頭を撫でて太陽のように笑った。
 自分が容易に出来ないことを簡単にやってみせる近藤に土方は少なからず複雑な気持ちを抱く。
 そんな土方の絡まった心境なんて露知らず、沖田は子犬が尻尾を振るようにパッと顔を輝かせて「マジですかィ」と声を上げるとさっさと食堂の冷蔵庫へと行ってしまった。
 薄情という単語が頭を過った。高級パフェはどうなったんだよ。土方は苦虫を噛み締める。

 近藤とふたりきりになると、近藤は「そういえば聞いたか?」と可笑しそうに親友に笑い掛けた。

「この1週間、総悟はサボらなかったんだぞ」
「ああ聞いたよ。ったく俺が居ない時だけ真面目にやりやがって。アレか? サボりは俺に対する嫌がらせか?」

 面白くないと言わんばかりの声色に、近藤はニヤニヤと笑った。「何を気にしているんだトシ」と不貞腐れた親友の背中をドンッと叩く。

「痛ッ」
「お前の居ない間、総悟が大人しかったのがそんなに気に食わないのか」
「誰もンなこと言ってねーよ」
「隠すな。顔に書いてある」

 近藤の声には妙に面白がっている節があり、土方はムッと眉を寄せた。

「からかってンのかよ、近藤さん」
「そういうワケじゃねーが、お前たちは自覚がないからな、傍から見ている分には面白いのさ」
「自覚? なんのだよ。アイツのサボりが俺への嫌がらせに繋がってるっつー自覚? そんな自覚があったらアイツはもっと楽しんでサボるだろうよ。俺の苦しみを糧にして生きているようなヤツだからな」
「おいおい何ヘソを曲げているんだ」

 小さな子どものようにいじけている親友の姿が近藤にはたまらなく可笑しかった。
 土方が居るからサボり、居ないから真面目に職務をする。それもこれも全部、総悟の甘えだということにどうして気がつかないのだろう。
 その不器用さに近藤が笑い、そんな近藤の様子に土方が首を傾げ、甘えているという自覚のない総悟がパフェをたかりにまた土方の部屋を訪れる。
 その足音がいつもより速足だということもふたりはやっぱり気付かない。