※当日UPが無理なので、フライングのひじたん。キャラが行方不明。



 自分でも忘れていたことを他人から言われて、今日が自分の誕生日だと土方は思い出した。
 この歳になると誕生日は”めでたい”よりも”またひとつ年を重ねる”という悲しい意味合いの方が強く、それでも直接送られる祝いの言葉はいつになってもくすぐったく身の内に響く。
 最近何かこそこそとしていると思っていた近藤は、「トシの誕生日だ」と屯所で宴を開いてまるで自分のことのように喜んでくれた。
 単純に飲みの口実が欲しいだけだとは分かっていても、やはり悪い気はしない。仕事も落ち着いているから土方は機嫌よく杯を重ねる。四方からの「おめでとうございます」って言葉を素直に受け取り、普段であれば話す機会もないような平隊士の言葉に声を上げて笑う。
 穏やかだ。平和すぎるぐらいの誕生日。

「………」

 しかしふと、土方は物足りなさを感じた。視線を上げて何かを探すように部屋の中を見渡す。
 歌って踊って笑って大賑わいの大広間。そこに一番最初に見つけられる筈の、亜麻色の姿はどこにもなかった。


性電波



 程好いところで酒席を抜け自室に戻った土方は、寝る前に簡単な書類を片付けていた。
 しかし視線はちらちらと書類から外れて、筆を持つ手が単語を綴る度に止まる。
 視線の先にあったのは文机の上に置いた携帯だった。机上の書類と携帯に視線を往復させて、メールや着信がないのか、餓鬼でもないのにそんなことが気になって仕方がなかった。
 ついには書類を書く手が完全に止まり、携帯だけをじっと見つめて土方の眉が不機嫌そうに寄る。
 鳴らない携帯。
 何時もはつまらないことでも電話したりメールしたりするくせに、こんな時だけさっぱりの音信不通。
 淡い望みを抱いて手動で送受信したって、一切の音沙汰なし。
 機械の箱はメールも着信もないことを告げて、時間の経過だけを見せつけた。
 日付が変わるまであと10分。
 総悟率いる一番隊は今遠方の助っ人として応援に行っている。
 報告を聞くと称してこちらから電話を掛けることも出来るが、今日は、総悟から連絡して欲しかった。

 明日の朝になれば戻ってくるのだ。夜が過ぎ陽が昇れば、あの子どもはおのずと戻ってくる。
 けれどそれは俺の誕生日じゃない。
 
 時計は淡々と時を重ね、日付が変わるまであと5分となった。
 誕生日なんて今更だ、あんなに屯所中の奴らが祝ってくれたというのに、これ以上俺は何を求めるというのだ。あのドSの塊が、俺を陥れようと日々虎視眈眈と目を光らせているアイツが、俺に何をくれるというのだ。
 土方は上体を倒して寝転がった。
 抱いていた期待は時間の経過と共に諦めに変わり、だんだんと上手く飲み込めない鉛のような重さになる。
 目を閉じて亜麻色の頭を思い出し、恨めしく思った。

「…餓鬼かっていうんだよ、俺は」

 一抹の寂しさを覚えてしまって、自嘲し酔っているからこんなことを思うんだと自分を納得させて、閉じた瞼の上に腕を置く。
 未だに盛り上がっている酒席の賑わいが夜の空気を伝って聞こえる。
 主役は俺なのに、置いてきぼりで、ついさっきまで俺もあの中のひとりだったのにと土方はいじけて、携帯からもその賑わいからも逃げるように睡魔という泥の中に飛びこもうとした。

 その時、携帯が音を立てた。
 メールの着信音。
 土方はハッと飛び起きて文字通り携帯に飛び付いた。
 ディスプレイに表示された名前は心待ちにしていた子どもの名前。
 餓鬼でもねぇのに何が心待ちだと自嘲して、けれど抑えられない高鳴り。
 ごくりと唾を飲み込んで、メールを開いた。

 『誕生日だからってアンタがもてはやされる日もあと3分47秒でさァ。…って打ってる間に3分42秒なっちまった。ま、いっか。俺は今、日付が変わるのを今か今かと待ちながらにやにやしてやす。せいぜいあとちょっとを王様気分で満喫しなせィ。日付が変わったらアンタはいつも通りただのマヨラーになり下がるんですから』

 おめでとうも何もない言葉。最後に舌を出して小馬鹿にしている絵文字まである。
 小さな機械の箱の画面をじっと見つめていた土方は、メールを読んでふっと相好を崩す。
 祝いの言葉もない捻くれたメールだが、しかし逆にそういうのが総悟らしい。このメールを送ったのが紛れもなくあの生意気な子供だと思うと、どうしても口元が緩んだ。

 なぁ総悟。
 お前、時間ぎりぎりになるまで送るの待ってたのかよ。
 何かをやり始めるとすぐに他のことを忘れるお前のことだから、きっとずっと携帯の時計と睨めっこしていたんだろう。
 俺が時計を見てやきもきしていたように、お前も時計を見ながらいつ送ろうかとボタンに指を添えて待っていたんだろう。
 そんな総悟の姿が目に浮かぶ。

 総悟から祝いの言葉を貰えずとも、総悟が自分の誕生日を覚えていたと知って土方はご機嫌になる。
 普段「お前は本当に俺のことが好きなのか」と疑いたくなるほど素っ気ない恋人が、自分でも忘れていたことを覚えていたと思うと、大切にしていると言われているようでこそばゆくなる。
 複雑でクールそうに見えて、総悟のこととなると土方は実に単純だった。

 『誕生日覚えてたんだな。サンキュー』
 返信の2行を打ち終わり、送信ボタンを押そうとすると、突然パッとディスプレイが変わる。
 びっくりして目を瞠る土方の目に、ディスプレイに表示された文字が飛び込んでくる。
 着信だった。発信元は沖田総悟。日付はまだ、変わっていない。
 ピッとボタンを押して、携帯を耳にあてた。

「総悟?」
「…………」

 電話を掛けてきたくせに、総悟は無言だった。
 慌てて掛け時計を見ると、日付が変わるまであと20秒と言ったところだ。
 もしかして祝いの言葉を言ってくれるのかと土方は期待する。

「総悟?」

 大人げなく、その言葉を誘うように土方はどこか甘い声で総悟を促す。このまま無言状態で日付を越したくない。
 そう思って、ふと浮かぶ。

(…いや…総悟ならありえるか。黙ったままで日付越えた途端喋り出すとか)

 ぽんと浮かんだ考えに土方は慌てた。そんな終わり方冗談じゃない。

「総、」
「おめでとーございやす」

 とうしろう。

 慌てた土方の声を遮って、電波を伝って届いた小さな声。
 ぼそりと落ちたそれに、土方は呆然とする。
 その隙にブチッと通話が切られて、ツーツーと無機質な音を携帯は繰り返す。けれど土方はただただ瞬きを繰り返すだけだった。
 心此処にあらずといった様子で携帯を降ろす。だんだんと顔に熱が集まるのを感じた。顔を俯けて反対の手でガシガシと頭を掻いてから、ギュッと奥歯を噛み締める。覗いた顔も耳もゆで蛸のように赤い。

「……なんだよ、それ」

 カチッと音が鳴り、掛け時計の長針と短針が重なったことを知って土方は呻く。
 顔に集まった熱がなかなか引かず、名前で呼ばれたのなんて初めてで、どう反応していいのか分からない。
 最悪だ。
 どうしてお前はそう最後の最後でとびきりの爆弾を落としてくるわけ。

「反則だろ」

 赤い顔を上げ携帯の画面を見ると、編集中のメール画面でチカチカとカーソルが点滅していた。
 土方は暫く画面を見つめてから打っていた文字を全部消すと、新たな文字を打ってぱっぱと送信ボタンを押す。パタンと携帯を閉じて立ち上がり、部屋を出る。

 星がきらきらと光る、心地よい5月の夜。ピカピカと、総悟の元にメールが届く。
 差出人は土方十四郎。本文はたったの一行。
 ひとつ歳を重ねた土方が一番最初に送った総悟への言葉。


 会いたい。