※映画、完結編のビジュアルふたりの話です。
ネタバレは多分大丈夫なので、映画見てない方も大丈夫だと思います。
相変わらずふたりしか出て来ず、なんか前にもこんなの書いた気もします。
せかいは回る
案外、何も変わらないもんですね。
風呂からあがり部屋に戻ると、畳の上で大の字になった総悟が俺を見るなりそんなことを言った。
総悟の話は昔から突拍子もないことばかりだ。
だから今更何を言っているのだろうと、俺の頭の中は呆れ一色になる。
この変わりきった世界で何を言っているのだろうと。
「夢でも見たのか? 生憎何もかも変わっちまった世界だ」
国も人も、俺たちも、数年ですっかり形を変えてしまった。
呆れ混じりの俺の言葉に、しかし総悟はきょとんとして、次いで声を上げて笑った。
「あははは。ンな難しいことは言ってやせん。俺は土方さんのことを言ってんですぜィ」
「あ、俺?」
「そう。髪。前髪でさァ。そうしてると昔のまんまだ」
「…ああ」
そういうことか。
雫がぽたりと前髪から落ちる。普段は上げたり分けている髪が、水に濡れてしっとりと下りてきていた。
元々直毛だから、セットをしないとすぐにこうなる。
今の髪型に慣れ切ってしまって気付かなかったが、確かに以前は総悟が言う通りこういう髪型だった。
「まだ乾かす前だからな。懐かしいか?」
「別にー」
「…お前はもうちょっと俺に興味を持てねーのか」
「そもそもどうして前髪を分けようと思ったんです?」
総悟の横に腰を下すと、総悟が寝返りをうってうつ伏せになった。
どこか悪戯気な瞳が垂れた前髪から見えて、なんだか嫌な予感がする。
そういう時ほど勘は良く当たるものだ。口の端をにっと上げて獲物を追い詰めた猫のようににたにたと総悟が笑う。
「まァだいたい予想は付いてやすけどね。幼く見せる為でしょ。分け目作ったら、アンタ幼く見えやすもんねェ。嫌だなァそんな努力しても歳が食った事実は変わらないのに」
「テメーはいっつも余計なことしか喋んねーな! お前こそ抜刀斉かぶれな格好しやがって! 俺が頬っぺたにバッテン傷入れてやろうか!」
衝動のまま頭を叩くと、スパーンと良い音がする。あまりに良い音だから、本当にコイツの頭は空っぽなんじゃないだろうかといつも思う。
俺ももうテンション高くつっこめるほど若くねーんだ。
頭を抱えて痛い痛いと喚く総悟を見下ろして、ため息を吐いた。
ふとやった視線の先で、結っていない亜麻色の髪が背中を覆っている。
それを何気なく見ていると、雫がぽたりと落ちたような、妙な感傷が胸の中で疼いた。
「お前は随分と変わっちまったな」
俺みたいに水に濡れただけじゃ戻らない。
後頭部から撫でるようにその髪を梳くと、総悟の青い目が探るようにじっと俺を見つめた。
そして何が可笑しかったのかふと笑う。
「前のほうがいいですかィ?」
総悟は起き上がると、両手を伸ばして俺の首を掻き抱いた。胡坐を掻いた俺の上に座って、甘えるようにまだ濡れた髪に頬を付ける。
まるで猫だ。
総悟がこうやって甘えるのも珍しいと内心感心しつつ、気に入ったようなので再度髪を梳いてやる。
静まり返った世界では、ふたりの呼吸以外に、何も聞こえない。
障子向こうには月明かりも届かない暗闇が広がっている。
賑やかだった昔に比べると、夜はあまりにも静かすぎた。
虫の声さえも飲み込む闇にいろんなものが姿を消したのだと知る。
ゴキブリ並みの生命力をもつあの男さえもその中のひとつだ。
何もかもが暗澹としていて、手に触れられるものだけが真実のような気になる。
(手に触れられるものだけ、か)
髪を梳く手を止めると、勘付いた総悟が首元から顔を上げた。
静けさは人肌を恋しくさせるのかもしれない。そんな馬鹿なことを考えたが、結局思いつく場所は同じだったようだ。
総悟の顔が近付いてくる。顔の角度を変えて、俺はそれを待った。
唇が触れそうになる瞬間だった。
急にどっと笑い声が聞こえて、俺と総悟は驚いて顔を離した。
お互いぱちくりと一瞬きして見つめ合う。
静けさを破ったそれは仲間の声だった。
近くの部屋で何か話し合っているようだ。それが盛り上がって、幾人かの笑い声と囃し立てる声が聞こえる。
ぱちぱちと総悟と見つめ合う。
驚いた顔がどこか間抜けで面白い。総悟の青い瞳に同じ表情をした自分が映っている。
糸が切れたみたいにふたりで噴き出した。
「こういうの、いつもありやしたね。アンタの部屋でヤろうとしたら、誰かの笑い声や叫び声が聞こえたてびっくりしたり」
「ああ。そういや、声に飛び起きたお前が俺の顎にその石頭をぶつけたこともあったな。ありゃ痛かった」
「俺だって激痛でしたよ」
ひとしきり笑いあい、総悟が俺の上から退いた。
隣に座ると、可笑しそうに目元を緩めて呟く。
やっぱ案外、何も変わらないのかもしれない、と。
「どこにいたって、世界がどうなったって、きっと俺たちは同じ場所でこうやって、馬鹿なことをしているんですぜィ」
総悟がそう言って嬉しそうに笑った。
そうだな、と俺も頷いた。
手に触れられるもの、手が届くものは大きく変わったようで、その実は何も変わっちゃいないのだろう。
嗚呼、それはそうか。俺たちが俺たちで在る限り、何も変わり様がないのだから。
「こういう繋がり、なんていうんだろうな、ってちょっと考えてたんです。そしたら近藤さんが言ってやした」
「なんて?」
総悟の目は昔と変わらず青空のような綺麗な色をしている。それを爛爛と輝かせ、武州時代の子どものような、宝物を見つけたような目をして声を弾ませた。
「家族ですって」
それがあんまりにも嬉しそうだから、つい俺も口元が緩んでしまう。
縁のない、あまり言い慣れない単語をなぞって声に出す。
「そうか、家族か」
「へィ」
「それはいくら経っても変わらねーな」
「変わりやせんね」
きっとどうなっても、俺たちは固まりになって群れて、同じ目的に向かって立ち向かう。変わらない居場所がある。
そのパーツに自分が居るのは、誇らしくもあるが、なんだか恥ずかしかった。
改めて思う。
嗚呼、青臭いモン持っちまったな、って。
俺の顔を見咎めた総悟が、何にやけてんでィ土方、と茶化した。顔を覗き込むように総悟が俺を見る。面白がるような笑みは、悪戯を思いついた子どものそれだ。いつになっても変わらない。
「家族だから、アンタともこんなことしねェほうがいいですかね?」
「馬鹿。家族+αな仲だろ、俺とおまえは」
「αってなんでィ」
「さあな」
家族? 恋人? それとも運命共同体?
どれもしっくりこないし、それはきっと言葉にはできない。そういうものもある。
総悟の目は、昔と比べ丸味がなくなり鋭くなったが、それでも綺麗な青空は変わらない。
身長はずっと見続けていなければ分からない程の僅かな変化があった。
髪も伸びた。けれど亜麻色も手触りも頭の丸さも、何も変わらない。
剣の腕は相変わらず敵知らず。
変わったようで、本質的には何も変わっていない。
やけに甘ったるく感じる口付けを交わし、仲間の声を聞きながら確信する。
そしてこれからも、これは変わらない。