夕食後、自室へと戻ってきた沖田は後ろ手でバタンと襖を乱暴に閉めた。暫くそのままで居たが、のろのろと部屋の中央まで歩くと力を失ったようにへたり込む。

「・・・・・・」

 さっきから沖田の頭の中では、山崎の言葉が延々とリピートされている。

 『万事屋の旦那が入った副長に沖田隊長が懐いたのが、副長悔しいんですよ』

 思い出すだけで、心の底がむず痒くなってくる。何かの冗談かと思ったが、土方に問うと否定はしなかった。自分に興味がないんだろうと思っていた相手だけにその言葉は急に大切だと言われたようで、沖田の心情は大きく掻き乱された。

(いやでも俺のこと犬とかに例えてたしな)

 淡い期待を掻き消す様に、沖田はフルフルと首を振る。考えるのは止めだと勢いよく立ち上がり、夜着に着替える為隊服を脱ぎ始める。

 土方の様子がおかしいのは気付いていた。妖刀に取り憑かれた前歴を持つ男だ。今更中身がどう変化したっておかしくはない。
 けれど面白そうだから沖田は事態を楽しむことにした。普段言えないことを言ったり、ちょっと甘えてみたりもしてみた。土方ではない誰かだからこそ、出来たことだった。トシさんと呼んだのも、その延長戦上である。

 『ちょっとトシさんって呼んでみ?』

 土方の台詞を思い出し、上着をハンガーへと掛けた沖田はカァっと顔が熱くなるのを感じた。馬鹿じゃねーの。アンタにそんなこと言えるわけねェだろ。言いたい言葉はいくらでもあるのに、声が詰まって言えやしない。
 沖田は夜目でも分かる青空の瞳で、親の敵のように掛けた隊服の上着を睨んだ。キョロキョロと見回し誰も近くに居ないことを確認した後、ぼそりと、虫の声にも負けそうな声で呟く。

「・・・トシさん」

 頭の中で土方の顔を思い浮かべる。鋭い目つき、煙草のにおい、夕食時に触った手の感触を思い出し、徐々に顔を俯ける。

「・・・とうしろうさん」

 土方との思い出がパチンと弾ける。なんだかんだ言って世話を焼いてくれるお節介いな人。怒られることもあるけど、時にはあの大きな手で頭を撫でてくれる。ふっと口角を上げ笑う顔。耳元で声が蘇る。「総悟」。

「・・・とうしろう」

 ぎゃああああああ!!!
 羞恥心に叫びたい一心で沖田は頭をぐしゃぐしゃと掻き毟った。この感情との付き合い方が分からず、気持ち悪い気持ち悪いとひぃひぃと唸る。暴れたい衝動を自制し目の前の隊服を両手でギュッと抱きしめた。ガチャンとハンガーから隊服が外れる。構わず沖田はずるずると床に座り込んだ。隊服を握りしめたまま上体を倒して丸くなる。
 沖田の顔は真っ赤だった。何かに縋らないとやってられない。心臓が馬鹿みたいに暴れて息苦しい。何だよこれ、と未知との遭遇に頭が真っ白になる。土方のことを考えると胸が苦しいとかコレってまさか

「・・・恋・・・?」

 沖田は、恋する男の子だった。