※土方さんがちっちゃくなってます。
為五郎さんと一緒に居た幸せな頃なので良い子です。でも口調があやふやです。そして総悟がデレてます。いやみんなデレデレです。
ちっちゃな土方さんも土方疑惑が激しい感じ。あまり誕生日感はありません。。
なんでも良い人向け。苦手な方はご注意ください。
屯所の中庭に、黒髪の少年が居た。齢は十にも満たないぐらいの、無垢な目をした子どもだ。あどけない顔で池の金魚を眺めている。
子どもの姿を捕えた沖田は、深いため息をついた。沖田はどちらかと言えば子ども好きな類だが、この子どもはちっとも可愛いと思えない。むしろ同情さえ沸いてくる始末だ。沖田はしみじみと呟いた。
「あれ、何年かしたらマヨ好きの残念な大人になるんだよなァ」
視線の先に居るのは、小さくなった土方だ。
ブルーバード
発端は些細なことだった。
もう日常の一片だと片づけ他の隊士たちも気にしない、土方を茶化して始まる屯所内の追いかけっこの最中だった。青筋を立てながら追いかけてくる土方の怒声をBGMに沖田は広間へ入ると、机上に置いてあった瓶を手に取った。栓を抜くと中身を土方へぶっ掛ける。
「な!」
ちょうど角を曲ったところだった為、土方は避けることが出来ずにずぶ濡れだ。
「ざまあみろィ」回避出来ないだろうと見越して仕掛けたことであっただけに、しとしとと濡れる土方を見て沖田はご満悦だ。
しかし問題は、それが攘夷たちから没収した”退行薬”だったということである。
厠から戻ってきた山崎が悲鳴を上げるのと土方がしゅるしゅると小さくなるのは、ほぼ同時だった。土方が立っていた場所に、ぶかぶかの隊服を着た小さな子どもがきょとんとした顔で立っている。少し遅れて、沖田も悲鳴を上げた。
「でもなんで俺がコイツの世話なんか」
沖田は不満たらたらである。
確かに原因は沖田だったかもしれない。けれど避けなかった土方やちょっとの間だからと薬を机の上に放置した山崎にも非はあるんじゃないか。
騒ぎを聞きつけた近藤に沖田は抗議したが、どれも却下されて、沖田は子どもの世話をするよう言い渡された。持続性は一日だからと山崎も言う。
じゃあ放置プレイだ、放し飼いだと沖田は騒いだが、どうにも記憶も退行しているらしく今の土方は何も覚えていない、本当の子どもなのだという。
恨みを買う仕事とだけあって屯所に居るだけでも何が起こるか分からない。
そんな局長らしい配慮もあって、責任を取りなさい、と言われてしまった。
「いいじゃないか。総悟もよくトシに世話されたんだ。お返しをしてやりゃあいい」なんて近藤は笑ったが、沖田にとっては全くもって冗談じゃない話だった。
「ヤローに世話された記憶なんて、これっぽっちもねェよ」
沖田は不貞腐れながら立ち上がった。ごねても仕方がないと腹を括り、池の金魚をジッと眺めている子どもへと近づく。影が落ちて沖田に気が付いた子どもが顔を上げた。何も知らない無垢な目だった。
小さくなった途端、「為五郎さんは? 為五郎さん!」と騒ぎたてた子どもに、近藤は優しく笑って「為五郎さんは用事があって、今はここで預かっているんだよ」と説明した。沖田はあまり土方の過去を知らない。土方はあまり喋りたがらないし、沖田も興味がないので聞いたことがない。今の土方が沖田にとっては全てで、それさえあれば過去なんてどうでもよかった。
(それでもコイツにとっちゃ、知らない場所に突然放り出されたようなもんだろうな)
自分も経験したことがある苦い感情をそっとなぞり、沖田は子どもに問うた。
「金魚、好きか?」
「・・・別に」
素っ気ない返事である。
「餌やってみるか? つっても今日の分はもう山崎がやっちまっただろうけど、食い意地は良いから多分食うぜ」
「・・・今日のご飯、あげたならいい。見てるだけでも楽しいから」
「そうかィ」
子どもの隣に座り、沖田も同じように金魚を眺める。二匹の赤い金魚は、縁日で沖田が掬ってきたものだ。見ない内にすくすくと育っている。
ぼんやり見ていると、右隣から視線を感じた。転じればさっきまで金魚を見ていた大きな目が、沖田をジッと見つめている。もう興味が移ったのだろうか、あまりにも真っすぐな視線に、「なんでィ」と沖田が問うと、子どもが目を輝かせて言った。
「アンタの目、綺麗だな。青空みたい」
「・・・そうかィ」
「すげー綺麗」
「・・・・・・」
この男の垂らし具合は天性かもしれない。呆れていると、子どもの小さくてむちむちした手が伸びてきた。沖田の頬っぺたを恐る恐る触って感触を確かめると、ほぅっと息をつく。
「女みたい」
沖田は子どもの首根っこを掴むと、宙ぶらりんに持ち上げた。「ほーら餌だよぉ」そう言って土方を池の中へと投げ入れる。ドボンと大きな音を立てて、子どもが沈んだ。金魚が驚いて逃げる。
「な、何しやがんだ!」
「いやァなんか言ってる言葉が分け分かんねーから、人間じゃねェのかなァと思ってよ」
「誉めただけだろ!」
「どこがでィ。女みたいって言われて、お前は嬉しいのかよ。嬉しくねーだろ」
「・・・・・・」
子どもはむっと口を噤んだ。自分の言葉が間違っていたと気付いたらしい。
「ごめんなさい」土方は小さく小さく呟いた。
「あ? なんて? 全然聞こえねー」
「ごめんなさい!」
「あーもう優しくするのはやめた。アンタが子どもだと調子が狂う」
沖田は立ち上がると、顎をしゃくって言った。
「道場で稽古をつけてやらァ」
アンタを強くしてやるよ、と言うと、子どもは挑むような色を瞳に燃やす。勝気で負けず嫌いなのはやっぱり土方だった。
結果から言うと、沖田は道場で子どもをコテンパンに叩きのめした。わざと負けてやるということは一切しなかった。とある筋の子どもを預かっていると事実をほろめかし説明した隊士たちに、大人げないと言われたが知ったこっちゃない。
わざと負けてそれが何になるのか。まやかしの喜びを与えるより、目指すべき壁を与えてやったほうが良いにきまっている。植物のように逞しく伸びて、やがてはその壁を越すと知っているからこその、それは信頼にも似ていた。
沖田の信頼に応えるように、子どもは何度だって立ち上がって向かってきた。それどころか沖田の強さにやられては興奮を増しているようだった。「Mまで変わんねェのか」なんて沖田は笑ったが、向かってくる子どもをつい微笑ましく思ってしまう。諦めが悪いのは嫌いじゃない。
やがて、子どもの気力よりも体力が尽きてしまい、稽古はお開きとなった。子どもは悔しそうに「早く大人になりたい」とぼやいた。それがなんだか可笑しくて、沖田は笑って子どもの頭を撫でてやった。
「沖田先輩!」
稽古を経て子どもはすっかり沖田に懐いてしまった。「沖田先輩って呼べよ」と沖田が教えたことを忠実に守って、子どもが走り寄ってくる。素直で真っすぐな信頼と好意はくすぐったくて仕方がない。でも無碍には出来なくて、沖田は子どもを待ってやった。
「沖田先輩は短冊書いた?」
「え?」
「さっき山崎さんがくれたんだ」
子どもが嬉しそうに取りだしたのは、七夕に飾る短冊だった。今日は七月七日だ。お祭り好きな局長に倣うように隊士たちも騒ぐのが好きで、男所帯であるのにイベント毎は進んで取りいれている。庭の隅に置かれた笹には既に多くの短冊が吊るされ、風とともに揺れていた。
「俺はもう書いたぜ」
「なんて書いたんだ?」
「"叶いますように”。ひとつに絞るのは勿体ねェからなァ」
「なんだよそれ」
子どもはあどけなく笑った。縁側に座り込んで、持っていたマジックでぐりぐりと短冊に願いごとを書く。沖田はそれを眩しそうに眺めた。
副長となった土方は、短冊なんて書かなかった。イベントは容認だが、自分が参加するとなると恥ずかしさが勝つらしい。大人ぶって頑固な土方に、沖田はいつも呆れていた。不器用な大人だとも思っていた。
けれど彼の子ども時代はこんなにも素直だ。後の彼に一体何があったのか。遠回しに触れた土方の過去に、沖田は自然と寂しさを抱いた。
「書けたか?」
「うん!」
「じゃあ飾りに行くか」
沖田が草履をひっかけると、子どもが袖を引っ張った。見やると、立ち上がった子どもが両手を一心に伸ばしてくる。沖田は苦笑して、その場に背を向けて座り込んだ。
「甘えたがりだなァ、お前」
嬉しそうに飛びついてきた子どもは、よじよじと登り沖田の肩に腰を下した。所謂肩車だ。俺も近藤さんによくしてもらったっけ、と懐かしさを感じながら、沖田は笹の元へ歩いた。
小さな足を掴むと、子どもが両手を伸ばしてより高い位置へと短冊を結ぶ。夕暮れの中で、真っ白な短冊がひらひらと揺れた。子どもが書いた願い事をこっそりと見て笑うと、「見るな!」と言って子どもが頭に抱きついてくる。
沖田はすっかりこの子どもが可愛くなっていた。小さな中にも土方の片鱗を見つけたり無邪気さに微笑ましく思ったりと、不思議と見ていて飽きない。大きくなって仮面を被ることがすっかりと上手くなった土方の素直な部分を見られることが、単純に嬉しかった。
“早く大きくなりますように”。
子どもの願い事がそんなに早く叶わなければいいと、これが一時の幻だと知りながらそう思ってしまうぐらいには、沖田はこの時間を好ましく思っていた。
翌日の朝、土方はまだ子どもの姿だった。効果は一日、二十四時間と言っていたから、今日の昼ぐらいには元に戻るだろう。
同じ布団に入っているとよく分かるが、子どもの体温はやたらと高い。暑いぐらいに温もった布団の海でくぅくぅと寝息を立てる子どもを沖田は眺めていた。突っ突いた頬っぺたはやたら柔らかくて、それが面白くて何度も触って遊んだ。
「起きろ」
「うー」
「うー、じゃねェよ」
まるでいつもと逆だ。笑いながら子どもを起こし、食堂で朝ごはんを食べた。近藤や山崎がやたら世話を焼きたがって、その度に子どもはビクビクと震えた。まるで小動物だと沖田が茶化すと、ぷぅっと膨れる。今度は風船だとからかうと子どもはへそを曲げて、でもデザートで簡単に機嫌を直した。なんて単純。なんて素直。かわいいな、と躊躇いもなく思えた。
「十四郎」
この頃になると、子どもにせがまれて沖田は子どもを名前で呼ぶようになっていた。けれど屯所は誰が聞いているかも分からないから、私服で町へと出てからやっと呼んでやる。
子どもは名前を呼ぶと犬のように沖田を一心に見つめ返した。嬉しいと言わんばかりだ。その無邪気さと素直さに、沖田はどうしていいのか分からなくなる。
「そんなに見たら首が痛くなるだろ」
「大丈夫」
「そうかィ」
手を繋いでぶらぶらと歩く様は、まるで兄弟だ。これが鬼の副長なんて、誰が気付くだろう。ほら見なさいこの笑顔。スピーカーで触れまわってやりたいけど、きっと子どもが怖がるからやめておいた。
「沖田先輩は、今日が誕生日なのか?」
歩いていると、子どもがふと問うてきた。沖田は食堂での光景が思い出す。おめでとうの言葉を何度も貰ったから、隣に居た子どもにも自然に伝わったのだろう。
「そうでさァ」
「七夕の次の日って、なんだかいいな」
「そういう十四郎は子どもの日じゃねェか」
「・・・自分の誕生日はあんまり好きじゃないけど、沖田先輩の誕生日は素直に嬉しい」
子どもはそう言ってギュッと手を引っ張った。促されるように立ち止まると、子どもが満面の笑みを浮かべる。跳ねるような弾んだ声で言った。
「お誕生日、おめでとう!」
真っすぐと飛んできた言葉に、沖田は目を瞬いた。やがて水が染み込むように、じわじわと嬉しさが広がっていく。
年が経つにつれ、何よりも特別だった一日は少しずつ霞み、祝いの言葉に照れが混じるようになった。挨拶の代わりにお祝いを貰うように、言葉は軽さを増して、それで満足するようになっている。
だからこそ心からの、何よりも大切だと言わんばかりの声色がひどく新鮮だった。こんな風に言われたのはいつぶりだろう。鮮やかな色で飛び込んでくる言葉は、こんなにも綺麗だっただろうかと目を眇める思いだった。
沖田はゆっくりと愛好を崩した。子どもに、土方に言われた言葉だと思うと、素直に嬉しかった。貰った笑みをそのまま返す様に、目元を緩めて笑う。
「サンキュー」
青空を象った瞳が、日に照らされたように柔らかい色を伴った。子どもは綺麗な笑みに心を奪われたように立ち止まると、顔を真っ赤にして俯いた。沖田はくすくすと笑った。
「なんでィ。一丁前に照れてんのか?」
屈んで子どもと同じ目線になってからかうと、ううと子どもが唸った。顔を赤らめたまま、やや聞きにくそうに問うてくる。
「沖田先輩は俺のこと好き?」
「好きでさァ」
きっと大きくなったら恥ずかしくて言えない言葉も、子どもの前では何の躊躇いもなく言えた。本心で言われたからこそ返せた言葉だった。
子どもはあどけなく笑うと、「俺も!」と言って抱きついてきた。首に回すぐらいでしか、子どもの手では沖田を抱えることができない。これが大きくなると簡単に抱えられるのだから、可笑しくて仕方がなかった。
子どもが黒い頭をぐりぐりと押しつけてくる。くすぐったくて笑う。何よりも嬉しい誕生日かもしれないと思う自分も、大概幸せ者だ。
散歩を再開した後も、特に宛てもなく歩き、会話の話題も取りとめのない事ばかりだった。しかし確実に別れの時間は近付いてきていて、沖田は子どもの声や仕草、笑い方、繋いだ手の温かさをしっかり覚えておこうと子どもをそっと見守った。
「沖田先輩、目を瞑ってよ」
やがて河原で立ち止まった子どもはそんなことを言った。なんで、と聞いたが子どもは首を振るばかりで教えてくれなかった。
沖田は言われた通り目を瞑った。何かしてくるのか、と警戒したが、立っているので大した悪戯は出来ないだろうと高を括っていた。
暫くして、もういいか、と聞こうとした矢先だった。
唇に湿った感触がした。
「!」
驚いてパッと目を開けると、小さな子どもの姿はどこにもなかった。代わりに自分より七センチ背が高い、見慣れた男が立っている。一日ぶりに拝んだ顔だった。ご都合主義よろしく服はちゃんと着ていて、土方は不思議そうに辺りを見回していた。
「も、戻ったんですかィ」
「は? なんの話だ? つーか俺屯所に居たよな。なんでこんなところに居るんだ?」
「・・・覚えてないんですかィ?」
「だから何が?」
沖田は言葉に窮した。
子どもに対して、決して見せたことがない優しさを振りまいていた自覚が沖田にはあった。素直に言われたからこっちも素直になって、そんなつもりじゃなかったのにいろんな面を晒してしまった。
もし記憶があったらと、今更羞恥心が沖田を襲った。あまりにも突然で、心の準備も出来ていない。
けれど目の前の男は現状に心底不思議そうだ。もしかして、と沖田の中に希望が生まれる。覚えていなければ願ったりかなったりだ。
一応尋問をしてみたが、男は引っ掛からない。
「・・・じゃあなんでキスしたんですかィ」
「いや目の前に目を閉じてるお前が居たから」
なんて返答は、どうかと思うが。
(焦った。これは覚えてねェな)
それであればアレは子どもと沖田だけの秘密でいられる。それはどこか嬉しくもあった。
沖田は途端に機嫌が直って、屯所へと帰りながら意気揚々と土方が子どもになっていたと教えた。土方はげっそりとした顔をした。
「子どものアンタは本当に可愛げがなかったでさァ」
「・・・え、マジで? 本当にガキになってたのかよ。最悪」
「剣道もしてみたんですけどねィ。俺の全勝でしたよ」
「・・・子ども相手に本気だすなよ。あーもういい。黙れ総悟」
「いやいや、でも短冊に願いごとを書くアンタはちょっと可愛かったですねィ」
からからと沖田は土方をからかった。優しくしたことは黙って、ありもしないことも付け加えた。自分の言うことを真に受けて顔色を変える土方は、そうそう見られるものじゃない。なんていう優越感。それは子どもが消えた寂しさを塗りつぶしてくれるのだと、沖田は信じた。
身の内で子どもとの思い出をなぞりながら、沖田は問うた。
「アンタ、短冊になんて書いたと思いやす?」
「"早く大きくなりますように”」
「・・・え?」
思い浮かべた言葉をそのままなぞった声に、沖田は足を止めて大きく目を瞬いた。頭の中を覗かれたのかと思った。その言葉の意味を理解するとともに、血の気がさっと引いていく。
(まさか・・・)
青ざめる沖田の数歩先を行く黒髪の男は振り返ると、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべてこう言った。
「沖田先輩、俺のこと好き?」
「――ッ! やっぱ覚えて・・・ッ!」
顔を真っ赤にした沖田を愉しそうに眺めて、土方が笑う。嫌な大人だ。こんな大人に育ってしまった!
全身を覆う恥ずかしさに沖田が拳を握りしめると、土方が駆けだした。沖田はそれを全力で追った。
初夏を迎える午後の中、土手沿いを疾走する大人と、大きな背中を一生懸命追いかける子どもの姿があった。そんな七月八日の話。