※なんか土方と沖田がおかしいです。っぽくない似非注意。キャラ崩壊すみません。支離滅裂なのでお暇な時にお付き合いいただければ嬉しいです。
勝手気ままに踊るの
カキカキカキ
「おー。元気がいいなァ、おまえ」
――にゃあ
カキカキカキ
「ほら、もっと手を伸ばさねェと届かないぜ」
カキカキカキ
「あははっ、ちょ、くすぐってェ」
――にゃあ
カキカキカ、
「総悟、うるせぇ」
無言を貫き来訪者たちに背を向けたまま書類を捌いていた土方であったが、漸う我慢が出来なくなって手を止めた。
背後を窺えば、沖田が我が物顔で畳みに寝転がっており、その胸の上には白い子猫が乗っている。
猫はまだ生まれて間もないようで、ひどく小さい。なぁ、と小さく鳴き沖田が掲げているねこじゃらしに向かって飛びつこうとするが、届かず、白い塊はそのままドカッと畳みに落ちてしまう。猫とは思えない鈍間な仕草に、沖田がくすくすと笑った。
「仕方ないじゃないですか。あのままで居たら、コイツ、烏に殺られてやしたよ」
「だからって拾ってくんなよ」
「保護ですよ、保護」
沖田の白い指が、落ちた子猫を優しく撫でる。声色まで柔らかいものだから、土方は落ち着かない気分になった。いつもの無表情さを潜め慈愛に満ちた空色の瞳に、土方は顔を歪める。
「遊んでねぇで、仕事しろ、仕事。お前今日、内勤だろうが」
「書類より大事な仕事を見つけてしまいやしたから、今日はパスでさァ」
「猫と遊ぶことがか? じゃあせめて自分の部屋に行け」
「それが、俺の部屋今散らかってやして」
「あのなぁ、俺は今仕事をしてんだ! さっきから気になって仕方ねぇんだよ!」
青い目がちらりとこっちを向く。「俺だって仕事してやす」
「猫の保護っていう仕事でさァ」
「・・・・・・」
土方はひどく呆れた。「遊んでんじゃねぇか」と言葉が飛び出そうになったが、先程の空色を思い出して、口を閉ざす。
土方は沖田に対して、少しだけ、負い目があった。
一番隊の隊長として、多くの命を奪うことを課していることだ。沖田は腕が立つ。実力を考えれば妥当な役目だ、間違っていたとは思わない。
しかし土方の心情は、複雑だった。沖田を見ていると、どうしても武州時代の子どもが頭の中を掠めてしまう。生意気だったが、無邪気に笑う子どもだった。それがどうして、冷えた目で淡々と人を殺していくのだろう。どうしてこうなったのだろう、と。
たまにそんなことを考えてしまう、自分が居た。
「・・・静かにしてろよ」
だからだろうか、それ以外の部分がつい甘くなってしまう。
誰に指摘されたわけでもないのに、土方はそんな自分が急に恥ずかしくなった。
ぶっきらぼうな言葉を投げて再度文机に向かうと、沖田が可笑しそうにククッと笑う。黙認しやがった、と茶化されたが、返事はしなかった。それから本当に静かになって、時たまにゃあにゃあと鳴く猫の声だけが、昼下がりの空気に響く。
長閑なうえに確認して判子を押すという簡単な作業だっただろうか、土方は書類を捌きながら、子猫を優しく見守る沖田のことを思い出していた。
(アイツも、あんな顔するようになったんだな)
土方が知っているかぎり、あんな優しい目は常に沖田に向けられている目だった。
ミツバや近藤、道場の連中、小さい頃年上ばかりに囲まれていた沖田は、周りから優しく見守られてきた。柔らかな視線を送られては、屈託のない笑みを返すのだ。
土方にとっては全くもって可愛くない子どもだったが、周りが沖田を大切にしていることは一目で分かった。
そんな風に包まれて育った沖田が、自分より小さなものに、同じような目を向けている。あんな小さかった子どもが、他のものを慈しんでいる。
(大きくなった、ってことなんだろうけど)
土方はふっと息を吐いた。キリのいいところまで終わり、大きく伸びをする。肩をぐるぐると回し、ふと、背後が静かなことに気付いた。作業と思考の海にどっぷりと嵌っていたせいで、全く気付かなかった。
後ろを振り返ると、沖田がすぅすぅと寝息を立てていた。子猫も沖田の横でコテッと倒れたまま眠っている。
心地よい午後の風が、亜麻色の髪をさらりと撫でていく。アイマスクをしていない子どもの寝顔を見たのは、久しぶりだった。
「総悟?」
小さく呼び掛けるも、反応はない。ひとりと一匹は、無防備な姿を晒していた。ここには敵が居ないと言わんばかりに、安心しきっている。
土方はゆっくりと近寄り、傍らに置かれた猫じゃらしを手に取った。ゆらゆらと意味もなく揺らし、眠っている沖田の顔の上で振ってみる。当然眠っている沖田は動かない。静かな寝息を口の隙間から漏らしているだけだった。
「構えよ」
胡坐に肘をつき、土方は漏らした。幼さが残る寝顔をぼんやりと眺め、目を細める。「本当にお前は、勝手気ままだよ」するすると文句が出てくる。
「もっと、俺を相手にしろよ」
そう言って沖田を見る目がひどく柔らかいことに、土方は気付かない。
沖田が猫を保護して2日目のことだ。子猫の姿が見えなくなった。
沖田はいろんなところを探した。自分の部屋や土方の部屋は勿論、隊士たちの部屋、食堂、大広間、厠、中庭、しかし何処にも白い塊は居なかった。そろそろ育ての親でも探そうかとしていた矢先のことであった。
「どこ行っちまいやがったんでィ」
夕暮れ時になっても、沖田は猫を見つけられなかった。木の上へと登りキョロキョロと辺りを見回すが、屋根の上にも居やしない。
――にゃあ
聞きなれた声がして、沖田はハッと顔を上げた。視線を向けると、木の下で探していた猫がコクリと首を傾げてこっちを見ている。
「どこに行ってたんでさァ」子猫の無事な姿に安堵をつきつつ、沖田が木から下りようとすると、どこからか大きな猫がやってきた。それは子猫の首元を咥えると、あっ、と思った瞬間足早にそのまま連れ去ってしまう。
沖田はぱちりと目を瞬いた。それからふっと息をつく。子猫が嫌がる様子もなかったので、多分親猫なのだろうが。
「・・・なんでィ。ちゃんとお迎えが来たんじゃねェか」
構っていたものがあっさりと居なくなってしまって、沖田は苦笑を浮かべた。少し残念だが、親猫と再会出来たのであれば言うことはない。子猫が消えた先を沖田はぼんやりと眺めていた。
「おい」
そんな折、低い声がかかった。聞きなれた声に、沖田は自分の耳がピクリと動くのが分かった。沖田は近寄ってきた男を、木の上から眺める。まだ隊服を着ているのを見ると、警邏から戻ってきたばかりだろう。
「これはこれは、土方さんじゃありやせんか」
「お前、ンなとこで何やってんの?」
「登ったら下りれなくなりやした」
堂々と嘘を吐くと、土方は露骨に顔を歪めた。沖田を見上げたまま、呆れたような息をつく。失礼な奴だなァと沖田は思った。
(面倒なら放っておけばいいのに)
沖田は心の中で苦笑する。土方が沖田に甘いから沖田は余計につけ上がるのだと、いい加減気付けばいいのに、変なところで土方は鈍いのだ。でもそんな甘さが、沖田は嬉しかった。声が跳ねる。
「ねェ、土方さん。下りれなくなりやした」
「嘘つくんじゃねぇよ。お前、猫みてぇに木のぼり得意だろ」
「にゃあ」
「・・・無駄に鳴き声上手いし、なんか腹立つ。はぁ。ほら、下りてこいよ」
呆れた声色で、面倒だと言わんばかりの態度なのに、突き離さない言葉を放って、まっすぐと伸ばしてくる、その手が悪いのだ。
木の下で両手を伸ばした土方を見て、沖田は空色の目を細めた。可笑しくて、でも嬉しくて、口元が勝手ににやけてしまう。
(柄じゃねェや)
誤魔化すように、沖田は男の元へと飛び下りた。まさか飛び下りてくるとは思っていなかった土方が、黒い目を丸くして間抜けな顔をする。「え?」
―どんっ
子どもならまだしも、相手は成人に近い体だ。勿論受け止めきれず、土方は沖田に圧しかけられるかたちで地面へと倒れる。
「い、てぇー。おい総悟! 危ねぇだろッ!」
土方が顔を上げると、胸の上に手をついて腰に跨っている沖田が映った。
空色の瞳が夕焼け色に染まっている。宝石を埋め込んだような瞳の綺麗さに、言葉が吸いこまれる。
大きな瞳が言葉を失った土方を覗きこみ、どことなく嬉しそうに目元を和らげた。頭を打った土方を見て子どもが笑う。「だっせぇの」
「たんこぶ出来てやすね、きっと」
「お前が急に飛び下りてくるからだろ」
「下りてこいって言ったのは土方さんですぜィ」
「もっと人間的に下りてこい」
「あーあ。猫みたいって言ったり、人間的って言ったり、文句が多くていけねェや」
ニッと嫌な笑みを浮かべ、沖田は土方の上にぽてっと上体を倒した。そのままスリスリと胸の部分に頬を擦り寄せる。
「おい・・・」
まるで猫のようだ。土方はハァとため息をついた。暫くそうしてやってから、鎖骨部分に埋まる亜麻色の頭を見て、手を伸ばす。猫の耳が生えるとしたらこの辺りだろうかとその部分の髪を弄れば、沖田がのそりと顔を上げた。すっと目を細める様が猫そのもので、頭を撫でれば夕焼け色の瞳が気持ちよさそうに一層目を細くする。
「なあ、にゃあって鳴いてみろよ?」
髪を撫でていた手を今度は顎の下に持っていって撫でてみれば、調子に乗るなと言わんばかりに大きな猫が指に噛み付いてきた。上目遣いにこちらを見上げ、瞳に妖艶な色を浮かべる。
「俺が簡単に懐くとは思っちゃいけやせんぜ?」
「知ってる」
土方がふっと笑った。
「だから時間をかけて、手懐けてやるよ」
覚悟しとけ?
土方が挑戦的にそう言えば、沖田は満足そうな顔をした。噛んだ指を離し、ペロリと舐める。さっきまで悪戯気な顔をしていたと思えばもうこれだ。夕焼け色の瞳は人を惑わす色をしている。直に夜が訪れて、活動的になるだろう。
これだから、猫はいけない。
土方の指が亜麻色の髪を撫でると、大きな猫が伸びあがって口の端を舐めてきた。