実のところ彼を止まらせるのは難しい。
興味は人並みでも、執着はシャボン玉よりも薄い人間なのだ。
熱しやすく冷めやすい。それが人間関係、特に男女の間柄となると尚更。
長い間共にしているからこそ望まずとも知っていることだが、彼はよくモテる。そしてソイツは受け入れる。そんな姿を何度も見てきた。
それなのに長く続いた女は居らず、所詮夜だけの付き合い。来るもの拒まず去るもの追わずの利害一致人間。土方十四郎というというのはそういう人間だ。
そりゃ孕ませでもすれば大人しくはなるのだろうが、そこら辺はしっかりと抜け目がない。
結果今でも独りモンで、今夜も愛するは煙草とマヨのふたつだけ。悲しいものだ。
「総悟、」
そんな孤高の男が俺を抱く。
昼間は上司と部下、腐れ縁、犬猿悪友、ドSとヘタレ。まともな関係なんて何ひとつとしてないのに、何を血迷ったか男は平然と俺を女の位置に立たせて抱くのだ。
どうやら性格とは一変体の相性は悪くないようで、長く続いている秘密事は今夜とて同じだった。
頭の悪い俺はもういつからこんなことが続いているのか、日常の片隅に置き忘れてしまった。
けれどそれなりに、いや実は結構気持ちが良いからそんなのはどうでもよくて。
過程より結果を求めるのもお互い様、冷たい布団の上に押し倒された俺は今日も快楽を求める男の顔をまじまじと見つめ堪能する。
この男がこんな表情をするのもこの時だけだ。余裕のない顔、焦ったような顔、欲に塗れたオスの顔。
どれもこれも傑作で面白い。
しかも俺はそれを特等席で見ることが出来るのだ。なんたる優越感。こんなにも愉快で楽しいことがあるだろうか。だってそうだろィ? 普段と立場が逆だ。笑える。
なんでも持っていてなんでも持っていく。奪われた。全部。いけ好かないアンタが全部俺から奪っていった。昔からこの男に向けるのは憎悪と怨みと妬みばかりだった。俺の考え通りにいかないし動かない。腹立たしいことこの上ない。
記憶を巡らし武州時代のこの男を思い出してゆるやかな口元を作る。
そうだ。俺はこの男が嫌いだった。それは今でも変わらない。けれどああどうして。
「何、考えてンだよ」
「別にー。なんでもありやせん」
「嘘つけ。別の事考えてただろ。顔に書いてある」
ムッと拗ねたような声に、声を立てて笑うと男は眉を寄せて不機嫌そうな顔をする。
だって可笑しいじゃないですか。俺がアンタにそんな顔をさせているんでしょう?
その灯った熱も焦りも不安もアンタを突き動かしているこの衝動も、全部、俺がアンタに与えているものだ。
俺から奪ってばかりだったアンタに俺が与えているもの。
すべて俺だけが与えられるもの。
あの土方十四郎に、だ。そう考えるだけでああたまらない。
「アンタのことを考えてたんでさァ」
両手を伸ばし黒い頭を引き寄せてアツい口付けを交わす。
必死なこの人がとても大きな子どもに見えた。銀の糸を渡しながら離すと、至極近くでそれはもう嬉しそうに笑う。
完璧に中てられた。不意打ちだ。俺の顔を見て男が甘い顔をして俺の髪を撫でる。
どこの女と間違えてんでィ。平素を装って問うと、馬鹿野郎と男が笑って、真黒な夜の目でまっすぐ俺を見て言った。
誰とも間違ってねーよ。お前を見ているんだ、と。
不意打ちはやめろ。俺の思考が停止する。
昔は憎くてたまらなかったのに、なんでこの男のことをこんな風に甘ったるく感じるようになったのだろう。なんで俺の中はアンタでいっぱいなんだ。悔しいから絶対口に出してやらないけれど。
人生どうひっくり返るかなんて分からない。巡らす記憶、腹立たしい筈の過去が今こんなに懐かしくどこかいとおしく思えるのは何故だろう。不思議だ。七不思議。
もしかして。ふと思い当って目を瞬く。そんなはずはないと否定する。しかし先ほどのこの男の幸せそうな笑みを思い出して、ああほらまた俺はほだされる。
今日は月が綺麗だから素直になろう。言い訳だ。自分で自分を馬鹿にして声ではない声で呟く。
俺昔からアンタのことが好きだったかもしれない、そう言えばアンタはどんな言葉を俺にくれる?
問う代わりに頭を引き寄せて、仕方ないと自分に言い訳をして、今日も俺はアンタと繋がることを望む。