価値知らず4 |
「ほら、着いたぞ」
ユンファが重たい扉を開けると、そこにはルックが思っていたより割と多くの武器が揃っていた。
先代が率いていた解放軍の所持物か、どこからか集めてきたのか。裏事情はよく分からないが、よくもまあここまで揃っているとルックは変に感心する。
「兵力はともかく、これならいつ戦争が起こっても大丈夫そうだね」
「備えあれば憂いなしってな。元々この古城にあった使えそうな武器も合わせてこんだけありゃ、まあ十分だよな」
床には箱に入った弾薬が積まれている。
それを器用に避けて、ユンファは奥へと進んだ。
「で、こんな場所で僕に何をしろっていうのさ」
ルックは呆れたように周りを見回した。
武器庫とは言われているが、収納がまるでなってない。
使い勝手を考えて置いていると言うかは、適当に入れるだけ部屋に突っ込んでいるというかんじだ。
(まさかこんな重い物を整理しろ、なんて言わないよね)
力仕事はごめんだ。もしそうならば即行で逃げよう。
ルックがそんなことを思っていると、
「風読みはできるか?」
壁に立てかけている1本の槍を手に取りながら、ユンファが問いかけてきた。
「風読みというか、風の流れが分かればいい。風魔法は得意だろ?」
「得意だけど…見てどうするのさ?」
「この部屋に空気の隙間がないか調べてほしい。閉め切ってはいるが、隙間風があれば面倒だからな」
槍を戻しながらの言葉に、ルックはざっと四方を見回した。
「なるほどね。錆対策ってわけか」
「そういうこと。その為にここはまだ整理していないんだ」
解放軍の拠点は、トラン湖に佇んでいる。
周りを水に囲まれた古城だから、水不足に困ることはないがその分湿気が多い。
鉄なんかを錆びさせないためには湿気が入り込まない密室が必要となる。
特に武器庫には重要だ。
刃が錆びたら使い物にならない。
隙間風を調べ終えたら、何人かの兵で武器を整理するらしい。
重労働に比べたら随分と簡単な作業だ。
風動きなんて、感覚だけでも分かる。
ルックはふたつ返事で承諾した。
「魔法兵、お前から見てどんな感じだ?」
壁に石灰で印を付けながら、ユンファが問うた。
ルックは器用に風の気配を読み取りながら、ちらりと視線だけを傾ける。
「なんでそんなこと僕に聞くのさ」
「生憎魔法は専門外。詳しい奴もまだ解放軍にはいないからな。評価がしづらい」
「人手不足だね。そこの端、風が吹き込んでるよ」
指を差して示し、ルックは興味なさそうに答える。
「一言で言うと、全然ダメだね。あんなのが実践で役立つのかも怪しいところだよ」
「まあ結成してから間もないからな。魔法の威力を上げるのに時間はかかるのか?」
「さあ。素質や紋章との相性、訓練方法によって違うんじゃない」
「それならいい。今後に期待するさ」
「…随分いい加減な軍主様だね」
確かに結果論から見て言えば、戦いが勃発する前に魔法兵の魔力が戦力にさえなればいいのだ。
まだ時間があると言えばある。
けれど明日も分からない戦争中に、そんな悠長な考えでいいのだろうか。
「ま、誰かさんが煽ったから期待はできるさ」
「………。誰が煽ったって?」
半ば呆れながらもルックが再び風の動きを探ろうとしたところで、見透かしたようにユンファがぽつりと呟く。
聞き捨てならない言葉に、風読みを止めて怪訝そうにルックが睨んだ。
ユンファはどこ吹く風とばかりにガリガリと隙間風が吹く場所に印を付けながら、こちらは見ずに答えた。
「お前。自分たちより一回り年下、しかも石版守ってるだけの奴に難行を簡単に突破されちゃ、必死になって見返そうとするさ。
しかも俺が見てたし」
「………………」
「今頃きっと躍起になってるんじゃないか」
「…………」
(――コイツ、絶対謀った)
憤りに、ルックは拳を震わした。
魔法兵の力を上げる為に、知らず焚き付け役をさせられたってわけだ。
偶然通りがかったふりをして、魔法兵がいることも知っていたに違いない。
(……やられた―)
激情をどうにか息を吐くことでやり過ごし、額に軽く手を添えてルックは内心舌打ちをする。
嵌められたことは悔しいが、それ以上にまんまと嵌ってしまったことが情けない。
ユンファは石灰で印を付け終え、並べてある武器を手に取り品定めするように見ていた。
人を食ったように笑い、上手く掴むことのできない雰囲気を持つ、会ったことのない類の人間。
これが星を率いる天魁星なのか。こんなのだから運命を変える星を持つのか。
思考に耽りながらユンファを見て―――そうして、ルックはあることに気づいた。
ユンファは、あまりにも無防備なのだ。
前に会った時は、こんな緩みを見せる奴ではなかった。
いくら近くに棍があるからといっても、これでは狙いたい放題ではないか。
それでも軍主か?
これではアサシンに殺してくれと言っているようなものである。
背を向けているユンファの表情は、こちらからでは読み取れない。
そういえば書物の整理をしている時も、この男は隙だらけではなかっただろうか。
まさか自分に気を許しているというわけではないだろう。
相手にとっては敵か味方かも分からない、突然やって来た得体の知れない存在である。
素直に受け入られるのも怪しいところ――…。
「…………………」
(…ああ、そういうことか)
口の端を上げて、ルックは微笑む。
何故ユンファがこんなに隙だらけなのか、ようやく納得がいったからだ。
ルックはゆったりと、屈んでいるその背に近づいた。
真後ろに立ってもユンファは振り向かない。
ちらりと、棍が壁に立てかけているのを確認する。咄嗟に取ってどうにかというところだろうか。
笑みを深いものにし、ルックは手に風を纏わせ、風の刃を具現化させた。
それを振り上げ、迷うことなく無防備な首へ風の刃を振り落とす。
ヒュンッと風が風を切り、鋭利な刃物のごとく鋭さをもって風の刃がその首を切り裂く――
――その刹那の、肩越しにこちらを睨む、獣のように鋭い黒の双眸。
ガキンッ!!
風が首へ届く、その前に。
素早く構えた棍によって、仕掛けた刃は阻まれた。
風と棍を交差させ、睨み合うこと数秒。
ルックは手の風を雲散させ、棍を肩に乗せてユンファは立ち上がる。
彼は冷めた目で笑った。
「なんだ。もう終わりか? 他に誰もいないんだ、なんなら一騎打ちをしてもいいぞ」
殺るなら仕切りなおして。
挑戦的な言葉は、さすが武人とだけあって強い圧力を感じる。
背後から攻撃したんだ、当然の反応だろう。
ルックは興味がなさそうに意はなかったと告げる。
「勝手に言ってなよ。アンタなんか殺しても、僕にはなんの利益にもならないんだから」
それだけ言って踵を返す。
歩き出そうとするその背に、ユンファはさっと棍を差し向け静かに言った。
「じゃあなぜ俺に攻撃した? 止めなければ、俺は確実に死んでたぞ」
誰もが背筋を凍らす殺気だ。
返答しだいではそのまま棍が飛んでくるだろう。
予想通りな反応に、やっぱりだとルックは笑みを刻んだ。
「アンタが期待してたみたいだからね、僕は望み通りにやってやっただけだよ」
「……何を?」
「しらばっくれないでよ。あんなに隙だらけなほうが、どうかしていると思わないか」
振り返ったルックは勝ち誇ったように笑う。
「アンタは試してたんだ、僕のこと。軍にとって、アンタにとっての敵じゃないかって」
「……………」
「ふたりの時は隙を見せ、自らが囮役となった。そして僕が攻撃してきたら黒、つまり帝国側の使者。敵。
まあ、レックナート様は元は帝国の星見者だし、疑いたくなる気持ちも分かるけどね」
でもそれを言ったら、アンタも同じだろ? ユンファ・マクドール。
腰に手を当て不敵に笑うルックを、ユンファはしばらく見つめた。
どうやらすべてお見通しのようだ。
あまりに緩みすぎていて不自然に思われるかとは懸念していたが、ここまで完璧にばれるとは。
張り付いた緊張を解れさし、髪を掻き揚げながらユンファはつまらなそうに言う。
「…そこまで分かられちゃ、隠す意味もないか。正解。お前の言うとおりだよ」
負けを認めて悔しそうな言葉に、ルックは満足だ。
「見くびらないでほしいね。殺したければ、僕は会った瞬間に殺ってるよ」
「話して気付いた。どうやらそうらしいな」
「分かってもらえて光栄だね」
からかうように言って、ルックは今度こそ踵を返した。
部屋の穴はすべて見つけたし、もう用はないだろう。
武器庫を抜け、あいつの魂胆を見破ったことに珍しく気を良くしているルックは、さくさくと足取り軽く石版の間へと戻る。
しかしその途中、後ろから早足でその男が追い抜いたと思うと、がくんと引っ張られる感覚にルックは思わずたたらを踏んだ。
「――ちょっと! なんなのさ、一体?! 離せ!」
すれ違い様に手首を掴まれ、ルックが声を上げるが、原因たる天魁星は何食わぬ顔をしてそのままぐいぐいとルックを引っ張りながら歩みを進めた。
「疑ったままだと悪いからな。食事を奢るよ」
「いらない!」
「まあそう言うな。
マリーから聞いた話によると、レストランであまり見かけないらしいじゃないか。
ほっそい体して、その内倒れるぞ」
「余計なお世話だ!」
何を言っても聞く耳なし。
怒り募ってルックが沸々と殺意を表していると、抗いをあげる前にユンファが何気なく言ってきた。
「いいから食って体力つけろ。今度の遠征メンバーにはお前も入ってるんだからな」
「………………」
だからどうしてそう重要なことを最後に言うのか。
怒れるべきか呆れるべきなのか、ルックはなんだかよく分からなくなってきた。
言葉を交わして結局わかったことと言えば、天魁星はやっぱりよくわからないということだった。