価値知らず3

書物整理の次は武器庫の確認らしい。
何故そんな雑用を手伝わされなければならないのか、ルックには理解不能だ。
けれど次で最後だとユンファは言うし、命令なのだから結局は逆らえず、ルックは渋々ユンファの後を付いて歩いていた。
先程は抑えたが ―というか手首を掴まれ、発動を中断せざるおえなかったのだが―、もし武器庫で終わりでなかったらその時は遠慮なく魔法を放ってやればいい。
コツコツとブーツを鳴らしながら、ルックは危険なことを考えていた。
2歩先を歩くユンファは気が抜いているのか、軍主であるにも関わらず隙だらけである。
きっと今一発放っても確実に入るに違いないほどの警戒心のなさだ。


そのまま言葉を交わすことなく歩いていると、城壁が崩れているところ、壁向こうの突き出した空き地に人の集まりが見えた。
人だかりというわけではなく、数十人が隊列を整えて湖に向かって何かをしているようだ。
ルックは興味なくふいっと見やっただけだったが、階段を下りるはずの方向を変えてユンファがその方へ行くから声を上げたのはルックだ。


「ちょっと! 余計な寄り道しないでよ!」
「城内の様子を見るのも俺の仕事」
「っ、」


ひらひらと手を振りながらのユンファの言葉に、誰が手伝わさせているんだとルックは毒づく。
本当に腹が立つ奴だ。
苛立たしげに足音を立てながらルックもその方へ行くと、そこには長めの服を纏った人間たちがいた。


「どうかしたのか?」
「ユンファ様!」


背後から声をかけたユンファに、気づいた兵たちが軍式の敬礼をとる。
自分たちより年も背も小さい少年に敬意の意をとるのは、傍から見ればちょっとした異常な光景だ。
ユンファは再度問いかける。


「何をしているんだ?」
「はっ! 目標を前方のあの岩へと狙いを定め、魔法放出の訓練をしているところです」


兵たちのリーダーらしき人物が、一歩前へ出てしゃきっと姿勢を正して言う。
制御の杖に何かを象った模様を記した胸元のバッジ。
なるほどね、とルックは思った。


「魔力の訓練ってことは、これは魔法兵か」
「そうだ。並より魔力の高い者たちを集めた、まだ小さいグループだけどな」


兵たちの魔力を読み取れば、確かに普通の人間よりかは数値が高い。
けれど秀でているというわけではなく、ほんの少し、少しだけ魔力が高いというところだ。
こんなので戦いに通用できるかのだろうか。
思っていたより低い魔力に、はっきり言ってルックは呆れた。


「で、結果は?」
「そ、それが……、」


兵が言葉を濁す。
4・5百メートル先の、水面から突き出した3つの岩。
さすがこの城と同じ材質だけあって、風化し、剥きでた岩肌はちょっとやそっとでは傷つきそうにない。
そこに魔法が当たった形跡はなく、兵の答えようから言って結果は明らかだ。


成果がよろしくない結果にユンファと魔法兵が訓練方法について話し始め、ルックは大人しく待つ。
下手に口を出して絡まれるのはゴメンだ。
人使いの荒いこの男はきっと面倒なことを言ってくるに違いない。
ちらりと天魁星を見ると、ユンファは何かをアドバイスしているようだった。
こうして見ると、この男もちゃんと軍主らしく見えるから不思議だ。
先ほどとはがらりと雰囲気が違う。あった隙も今は潜め、立派な武人、軍主たる面構え。
帝国の使いとして島に来た時と雰囲気が違いすぎて、ルックは変な違和感を感じた。
胸に引っかかるような、蟠り。こんな人間だっただろうかとさえ訝しんでしまう。


話にいったん区切りをつけたユンファが、くるりと踵を向き直した。


「ルック。お前もその訓練やってみないか? 星見の弟子がどんなのか、見せてくれ」
「ヤだよ。なんで僕がそんなことをしなくちゃならないのさ、面倒くさい」
「減るもんじゃないだろ」
「減る。あんた、魔力をなんだと思ってるわけ?」


予想していた提案に、ルックは断固として承諾しない。
ただでさえこんな寄り道に腹が立っているのだ。


「こんなことなら僕はもう戻るからね」


やってられないと踵を返して歩き始めるルックに、ユンファから試すような一言。


「もしかして、できないのか?」
「…………………」


…挑発には乗らない。
けれど背中越しに届いた言葉。想像しただけで分かる。


――コイツ、絶対笑ってる。



「言ってくれるね。そんな簡単なこと、僕にできないとでも思ってるの?」


振り向いたルックはコツンと杖を打ち鳴らし、妖艶に笑った。
目が笑っていない。
ユンファは肩を竦めた。


「さあな。けど口だけじゃなんとでも言えるだろ。生憎、目で見ないと納得できない性質なんでね」
「いいさ。やってやるよ。風がどんなものか教えてやる」
「やってから後悔するなよ。これは正確さ、威力、遠方への魔力の放出が試されるんだからな」
「それぐらい見れば分かる。こんなの、1発で十分だね」


魔法兵が隅によって、道を開ける。
ルックは固定位置へと歩いた。
引っかかったとユンファが人知れず微笑むのには気づかずに。


切り立った崖の先端に立ったルックは、意識を集中させて魔力を生み出し、それを練り上げていく。
普段は抑えている魔力が徐々に溢れ出し、その魔力の強さにユンファと魔法兵たちは圧倒された。
制約に則った呪文を紡ぎ、ゆっくりと魔力の帯びた右手を上げる。
そして魔力とともに横に振り払い、放つ。


「切り裂き」


ドォンッ!!


巨大な風の刃が飛んで、3つの岩をすり抜けた。
斜めに入った亀裂に沿って、豪快な音を立てながら岩の塊が湖へ落ちていく。
なんていう魔法の威力だろう。
魔法兵は唖然としながら、ルックを見た。
華奢な体に男とは思えない腕の細さ。年は軍主より下だろう、紛れもなくまだ幼き少年だ。
その少年が、あんな膨大な魔力を操ったというのか。
遠目でしかわからないが、3つの岩の切り口はまるで鋭い刃で切ったようにきれいに横一線に切れている。


「どう? ちゃんと出来ただろ?」
「…お見事」


パチパチと乾いた拍手を送りながら、ユンファは引き攣った笑みを浮かべた。
やるだろうと思ってはいたが、ここまで強い魔法使いだとは思わなかったのだ。まったくもって予想外である。


(――さっき、魔法食らってたら死んでたな…)


書庫での出来事。
勝ち誇ったようにこちらを見る相手に、今更ながらあの時腕を掴んでよかったとユンファは自分の判断に感謝した。
ルックは性格だけでなく、術の面でも危険な存在であると改めて認識した日であった。