オデッサが率いていた前解放軍の副将、フリックを迎え入れたことによって、
ユンファ率いる解放軍はますますその勢力を強めていった。
フリックの要請により解放軍は次に反乱分子狩りが行われている西方へと出向くことになる。
西方の入り口、ガラン城塞を名実ともに反撃の狼を上げ、解放軍はそこを難なく突破した。
そしてその勢いに乗じ次に向かうのが、この西方の地を治める帝国五大将軍がひとり、ミルイヒ・オッペンハイマーの城である。
星 行 |
4.きみにできること |
広い地に孤立して建つその城はなんとも言えず不気味だった。
独自の文化を取り入れたような外見の派手さに、何よりも城を取り巻かんとするような巨大な花が一際大きく咲き誇っている。
「はっはっは。どんなもんだい。帝国軍なんて、偉そうにしていても所詮はこんなもんよ」
「しかしセンスの悪い城だなあ」
前線で馬の手綱を引いて操り、比較的城近くで縮こまっている帝国軍を見てビクトールが豪快にそう言って笑った。
同じく隣に並んだフリックもえらく遠慮気味の敵兵の配置に優勢の自信を持ち、口の端を引いてその城の見た目に理解できないなとばかりに溜息を吐く。
後ろを振り返れば多くの兵が出撃命令を待ち立ち並んでいた。
数で言えばおよそ七千―――どれもこれもこの国を変える為にここにいるのだ。
(見ろよ、オデッサ)
フリックは腰に下げた剣に触り、だんだん気分が高揚するのを感じていた。
すらりとその剣を抜くと掲げて、大声で叫ぶ。
「おい、みんな! 帝国軍なんかに屈しない俺たちの勢い、見せつけてやろうぜ!」
叫んで、フリックとビクトールは帝国軍へ飛び込んでいった。
ぬったりと包み込むような生ぬるい風に向かっているとも知らずに。
□■□■□
「あの陣形、どう思う? マッシュ」
「こちらが仕掛けているというのに、静かすぎます。何か策があるのかもしれません」
「だな」
今回は奥に陣取り様子を見ていたユンファは、マッシュの同意見を得て戦況を広く眺めた。
兵の数はざっと見ても向こうに分があるというのに、帝国軍に動きはない。
まるで並べられた人形のように、ただ城壁の前に軍勢が並んでいるだけだ。
その異様な光景に、ユンファは不吉な予感がしてならなかった。
「やはりここは偵察を出した方がよかったようです。
相手の手の内がわからないのに不用意に攻めるべきではありませんでした」
同じくマッシュも何か秘策が隠されているように感じるらしく、口苦くしてそう言った。
ガラン城塞に続いてのこの出陣、
今回のそれは多少勢いのついたフリックに押し切られた感もあるから、マッシュとしてはどことなく納得できてない節もあるらしい。
「まあしょうがないだろ。あの時のフリックの様子は例え止めたとしても、自軍だけで単身乗り込みそうな勢いだったしな」
「現解放軍の副将でもあるのですから、もっと冷静に状況を見てもらいたいものです」
「だから青いって言われてんじゃないの」
およそ戦場に似つかわしくない、凛とした子どもの声が突如割って入ってきた。
小さなつむじ風が起こって、少年の姿が忽然と現れる。
持ち場を離れて勝手にやって来た少年に何か言いたげな軍師の目を無視して、ルックはユンファを見た。
「伝達―――っていうか、報告。敵が魔法を使い出したよ」
「魔法?」
思ってもない言葉にユンファはばっと振り向いてもう一度戦場を見渡したが、けれどどこにも火柱や雷が落ちそうな気配はなく、ここから見る限り敵兵に動きはない。
変わったことといえば……、
「…風の向き、か?」
いつの間にか風が下へ吹いている。
それにルックが頷いた。
「そう。風向きが変わったんだ。
多分城壁の中か城の裏側から、城全体を包み込むように吹かせてる。魔法兵の姿は見えないけどこんな嫌な風、自然の風じゃないからね」
「…。一体何をするつもりなんだ…?」
その時―、地面が揺れた。
見れば前線の部隊が兵を率いてスカーレティシアに突撃するところである。
しまったとユンファは思った。
こんな工作を始めたということは、何かを仕掛ける気なのだ。
そしてユンファが撤退命令を出そうとした矢先――、
城に張り付いた巨大な薔薇が蠢き、城を中心に辺りが暗くなり始めた。
異様な光景に、後ろに控えた兵が息を呑む。
遠目でもわかるように巨大な薔薇は生き物のように蠢き、その中心から明らかに何かを噴き出していた。
風に乗ってそれがだんだん風下へと広がってゆく。
そしてその先にあるのは、今まさに攻め込まんとするフリックたちの軍勢――。
ユンファは急いで手綱を引き振り返った。
「マッシュ! すぐにガラン城塞まで引き返す!」
「わかりました。全軍退却命令」
すぐに命令を出すと、ユンファは次にルックに向き直った。
「ルック。魔法兵団で風向きを、いやあの花の異物とその靄を食い止めることはできるか?」
「できなくはないね。でも同等の風を逆にぶつけたらその衝撃で、逆にあれが広がるのを手伝うことになるかもしれないよ。風は相殺されるわけじゃないんだ」
おどけた調子で脅し半分、ルックが言うと、ユンファはにやりと笑う。
「じゃあ相手の風を上回る強い風をお見舞いしてやれ。解放軍の魔法兵団長ともあろう者が、こんな微弱な風に負けるわけがないだろ」
「………簡単に言ってくれるね…」
はっきりいってルックの計算からいうとこの距離から風下のこの位置で魔法を行使しても、いって相打ちぐらいだろうというのが正直な感想だった。
けれどそう含むような言い方をされては―――、
やってやらないわけがない。
ふんっと勝気に笑って、ルックはその自信を表すように杖を付く。
「見てなよ。魔法兵団の力を見せつけてやるよ」
そう言ってルックはつむじ風を纏って消える。
ユンファは撤退準備を始めた兵団たちを背後に、それを知らせる銅鑼の音を聞きながら前線へと目を移した。
「頼りにしてるぞ、ルック。それにフリックやビクトールたちの命がかかってるんだ」
毒々しい色の霧が、すぐそこまで迫ろうとしていた――。