自慢じゃないが、俺はよく、告白される。
 校舎裏とか人気がない場所に呼び出されて、洒落た言葉もなくて直球勝負「好きです」って震えた声で告げられる。
 真っ赤な顔、潤んだ瞳。緊張に飲み込まれそうなその姿は欲もなく見ても可愛いと思う。唇、目、声、手、足、すべてが震えていて一生懸命って言葉が真っすぐに伝わってくる。

「ごめん。俺気になっている奴がいるから」

 告げられる言葉に対して俺からの返答は、いつも決まりきったフレーズだった。首を縦に振ることはなく、真っすぐな言葉をくれたのだから俺も真っすぐと見返して返事を口にする。
 「うん、分かった」と泣きそうに笑うその健気さは、とても俺に真似出来そうにはない。


 自動ドアを潜ればドアの開閉を知らせる軽快な音楽が鳴る。
 コンビニの中は立ち読み客とアイスを選ぶカップルが居るぐらいで、忙しさとは程遠く、最近流行りの曲が店内を軽快に駆けていた。
 俺は真っ直ぐと人が居ない食料品コーナーに行くとそこに置いてあるマヨネーズを手に取る。コンビニで、しかも定価でマヨを買うなんて馬鹿らしいが毎回毎回コンビニで買う物なんて俺にはそれぐらいしかない。
 スタスタと真っ直ぐレジへと歩きながら段々と加速する鼓動に戦闘体勢準備よし、顔も心も引き締める。
 コトリとレジにマヨを置くと、明るい髪をした店員がお辞儀をしたのかも分からない微妙な角度で頭を下げる。

「いらっしゃいませー」

 語尾を伸ばしていつもの言葉、高鳴る心は何処に行く。

 俺は自慢じゃないがよく告白される。
 けれどそのほとんどを断っている。
 理由は、気になるヤツがいるからだ。

「これください」


 …男だけど。


い上げありがとうございます



 コンビニに通い初めて早3ヶ月。それは片想いの日にちと連動している。
 昔から付き合うだ恋人だと関係を作るのが早かった俺は、そういう関係を作ることに飽きるのも早かった。青春は来るのも早ければ、去るのも早い。
 彼女なんて居らねえと一匹狼で居た頃、偶然立ち寄ったコンビニで偶然俺はそいつを見つけた。
 コンビニのアルバイト店員で、紙パックのジュースを選んでいる俺の隣で、スイーツの棚卸しをしていた。ふと見た横顔が驚くほど綺麗で、俺は釘付けになる。

(人形みてえ)

 地毛なのか染めているのかサラリと絹糸のように流れる髪。夏の空のような青い瞳。動く度に見え隠れする耳に器用そうな指先。そいつのすべてが鮮やかに俺の目に飛び込んでくる。言葉を失って、時が止まるっていうのは多分こういうことを言うんだって柄にもなく思った。
 呆気に取られたように呆然としていると視線に気付いたそいつとふと目があってドキンとする。

「…何かお探しですかィ?」
「あ、いや、」

 そいつはどもった俺を真っすぐと見て、ちょこんとかわいらしく首を傾げた。ちょっとやめろ、それは反則だって俺の熱がドクンと飛び跳ねる。
 言いたい言葉はいくらでもあった。否定して誤魔化す道だってあった。それなのに言葉は理性をすり抜けて口から直接飛び出た。
 “沖田”ってネームプレートを胸にしていたソイツを指差して、

「いくらですか?」
「へ?」
「いやだからおいくら?」

 って、何を言ってんだ俺はぁぁぁぁぁああああ!!!!

 おいくらじゃねえよ! 商品じゃねえよ! 人間だから店員だから…ッ!!
 大きな目でぼけっと見られて恥ずかしくてでもそんな顔もかわいくて、ぶわっと火が付いたように熱くなった。

(どうしよう、もう死にたい)

 店員、沖田はぱちぱちと瞬きをひとつふたつしてから首を捻って後ろを見た。たった今自分が並べていたスイーツコーナーの中からティラミスを1つ手に取った。

「これ? これは210円ですぜィ。っつか上に値段のシール貼ってるんですけど」

 沖田はどうやら俺が指差したのがそれだと思ったようで、ほらここに書いてるでしょ、とシールの部分を指差した。
 「違ぇよ、聞きたいのはそんなんじゃなくてテメー自身だ」…なんて、言い返すことが出来るはずもなく、俺はよかったのやら残念やら複雑な気分でがっくりと肩を落として買う気もなかったティラミスを買って帰る羽目になったのだ。




 回想終了。
 ティラミスはおいしかったです。じゃなくて。
 一目見て心を奪われて、俺は一瞬で恋に落ちた。一目惚れなんて初めてだった。自覚した想いは一時の気の迷いだと思っていたのに3カ月経った今も胸の奥で熱を秘めて足が良くコンビニに通っている。

「いい加減顔も覚えられたよな」

 ふらっとよく来てマヨネーズを買っていく男を、沖田はどう思っているのだろう。初めても初めてだったし、変なイメージしかないだろうなと俺はため息をついた。
 このままじゃ拉致があかない。どうするべきかとつらつらと考え事をしていると、すれ違った男とどんっと肩がぶつかった。
 ああ゛?と見ると相手も同じような顔でこっちを見てきた。ふたり連れでどうにも柄が悪い。

「テメー、どこに目を付けてやがる」

 俺は目つきが悪くて、絡まれる、なんてことは結構な高確率で遭遇する。またか、なんて思いつつ、相手をギロリと睨んだ。元から謝る気なんて更々ない俺である。

「そっちこそ、だらだらと歩いてんじゃねぇよ。真っすぐ歩けねえのか?」
「ンだと?!」
「どこに目を付けてやがるだって? 笑わせんな。両目とも視力ばっちりだぜ。お前の馬鹿面がよく見える程にな」
「この野郎!!」

 ふたり組は青筋を立てて飛びかかってきた。ちょうど良い、俺も悶々としいていたところだ。ひとつ憂さ晴らしに付き合ってもらおう。
 1対2と数は違うけれど、それなりに場数をこなしてきた俺は自分で言うのもなんだが強い。
 一直線に飛び込んできたひとりに足蹴りを食らわせてもうひとりの鳩尾に強烈な拳を打ちこんで、圧倒的な俺の強さを見せつける。

(弱いな)

 全然俺の敵じゃない。
 よろっとよろけた男にとどめの蹴りだと足を踏ん張った時だった。


 パコン、となんとも間抜けな音を立てて固い何かが頭に当たった。カランと地面に落ちた空き缶。
 それに気を取られて隙を見せたのが悪かった。がしっと腕を取られて「しまった」と思った時には既に遅く、背負い投げで横のゴミ捨て場に叩きつけられる。

「っつー…」

 汚ない、臭い、っつか誰だ邪魔しやがったのは!
 ぐるりと一瞬回った頭をふるふると振って顔を上げると、喧嘩していた男たちの他に、もう1人の男が居てトントンと竹刀を肩に当てて笑っていた。
 それが俺のよく知る人物、ってかまさについ先ほどまで頭を占めていた人間で、信じきれなくて俺はぽかんと間抜けな顔を晒す。

「すいやせん。相手に当てるつもりがコントロール狂っちまって」
「なんでお前が…」

 コンビニ店員兼俺の片思い中の男、沖田は全く悪びれない口調で言うと肩を竦めた。突然の登場に俺だけじゃなくて相手も目をぱちぱちとさせていたが俺の知り合いだと分かると唸り声を上げる。

「誰だ、お前っ!!」
「ただの通りすがりでさァ。多勢に無勢だったんで、俺も加わろうかなァと思いやして」

 試合はフェアじゃねェと。
 そう言って沖田が不敵に笑う。

「それにこの人、俺がバイトしているコンビニの常連なんで、ここでアンタらにやられて入院でもされると店の売上が減っちまうんでさァ」
「馬鹿! 早く逃げろっ!」

 あまりにも突然の事態に呆けていた俺だが、やっと頭が追いついて叫んだ。コンビニの制服ではなく学生服を着た沖田と喧嘩相手では体格がまるっきり違っていて焦る。慌てて立ち上がろうとするがゴミが邪魔をして上手く立てやしない。くそっ。
 そうこうしている間に男が沖田に襲いかかって――

「沖田ッ!!」

 最悪の場面に俺は息を止める。
 目の前で小さな体が叩きつけられる。

 ――そう思っていたのに、そんなシーンはいつになってもやって来なかった。
 唖然とする俺の目の前に広がっていたのは、沖田が振った竹刀に倒れた男の姿だった。音を立てて倒れた男を見て沖田が竹刀で肩を叩きながらすっと目を細める。

「弱ェ」

 怯んだもう1人の男が声を上げて沖田に飛びかかった。沖田が鮮やかに竹刀を振るう。たった一筋。鈍い音がして男の体がゆっくりと崩れるのを、俺は信じられない気持ちで見ていた。

「なんでィ。期待はずれにも程があらァ」

 地面に倒れた男たちを冷めた目で見下ろして呆れた声を出した沖田は、肩をぐるぐると回すとぐるりと俺を見た。青い目がじっとこっちを見てぎょっとする。

「アンタも見かけ倒しですねィ」

 喧嘩強そうなのに。
 そう言って未だにゴミ捨て場に沈んだ俺に沖田が白い手を差し出す。
 初めて一目惚れをした相手が今目の前に居て、俺を助けて、強くて、対する俺はゴミに埋もれていて、口を開けたまま俺は呆然とするしかない。


 何、この展開。