※銀魂#471の話を含みます。
 「トシさんに手ェ出したらただじゃ済まねーぜ」
 「俺には全く懐かなかったのにどういう事だ!」の部分の話となります。
 が、その後の総くん辺りやオチ等はスルー状態です。(忘れてました・・・)
 上記2つの台詞とその時の状態だけでお楽しみいただければ幸いです。




する男の子


 坂田銀時との入れ換わり事件後、土方の機嫌は最悪だった。まあ当たり前と言えば当たり前だろう。何年もかけてやっと統制した組織を、たった一時の時間で銀時が手懐けてしまったのだ。
隊士たちのことをバカばっかりだと罵りつつ、今回のことは土方の心に多少の傷を付けた。信用していたものに一方的に裏切られたような苛立ちとショックが、拭えない傷となって残っている。

「もう本当、テメーたちには愛想が尽きた」

 土方はそう言ってカレーを掬ったスプーンを口の中に放り込んだ。例によって例の如くカレーはマヨネーズの餌食となっている。見慣れた光景に、向かい席に座った山崎は苦笑を浮かべた。確かにマヨを必要としない土方は異常だった。銀時が扮した土方に疑問を持たなかったわけではないが、あの時は「副長も考えが変わったんだなぁ」程度にしか思っていなかった。平和ボケと言われればそれまでである。

「すみません。でもほら、万事屋の旦那と副長ってどことなく似てるじゃないですか。だから間違えても仕方ないっていうか・・・」
「アァ゛? どこがだよ?!」

 土方の眉が跳ね上がった。射殺すような視線を向けられる。切腹させるぞ? なんて語る目が真剣で、山崎は「ひぃ!」と縮こまった。怖いなんて言うもんじゃない。殺される。
 よって、必死に話題の方向転換を試みる山崎である。「も、勿論みんな悪ノリですよ?! 」

「副長も羽目外したいんだろうなって思って、みんなあんな格好をしたんですよ! やだなぁ〜副長、本気にしちゃいました?」
「ふん。どうだかな」

 土方はマヨネーズを足しつつ、吐き捨てるように言った。

「じゃあアレもノリっていうのかよ?」
「アレっていうと?」
「総悟のバカだよ」
(キタ・・・!)

 山崎の背筋がピンと伸びた。組が手懐けられたことも土方の機嫌を損ねている一旦ではあるが、それだけじゃここまで長引かない。土方が苛立っている大部分を占めているのは、”中身が銀時の土方に沖田総悟が懐いた”というその一点である。

 『アイツ、俺のことトシさんって呼んだんだぜ?』

 元に戻った後、酒に酔い潰れて机に突っ伏した土方がぼやいた言葉を、山崎は思い出した。「俺には言ったことがないのに」拗ねた子どもように呟いた土方は、鬼の副長を捨てた、さながら恋する男の子そのものであったと山崎は記憶している。

(恋する男の子だって)

 あまりにも似合わない言葉に山崎は内心苦々しく舌を出しながら、勿論ですよ! となんの根拠もなく自分の発言を後押しした。

「ノリに決まってるじゃないですか。面白そうだから乗っかっただけですよきっと!」
「きっと、って今言った?」
「い、いやだなぁ〜。聞き間違いですよ」
「そうか。まぁ、それならそれでいいんだけど・・・」

 面白いから便乗した。いかにも沖田っぽい理由に、土方は納得したようだ。そうか、と土方の周りにポンっと花が咲く。なんたって恋する男の子だ。妄想が得意でちょっとしたことで幸せを掴む。単純だ。
 けれど巻き込まれてはたまらない。さっさと食べてこの場を去ろうと山崎はせっせと箸を進めた。唐揚げ、サラダ、味噌汁、ご飯。まんべんなく箸を動かしていると、視界の端にお盆がカシャンと置かれた。山崎の斜め前、つまり土方の隣の席である。なんだか嫌な予感がしておそるおそる顔を上げれば、悪魔がドカッと腰を下した。

「なんの話でィ」

 沖田総悟、本人である。
 沖田の登場に、土方の花がハラハラと散った。沖田が座るのを待って、「テメーが馬鹿なのがいけねぇんだ」と罵る。八つ当たりである。

「いいか、総悟。お前は誰にも懐くんじゃねぇぞ」
「ハァ。一体なんの話ですか? 病気? 目の病気? 俺が犬にでも見えるんですかねェ。ほらこれ何本に見えます?」
「一本だァァア! テメっ、箸で人の目をつつこうとすんじゃねぇ! どんなスプラッタ人間だ!」

 箸を握りしめ土方の目を刺そうとする沖田と、その手首を握り必死で動きを止める土方の攻防劇が山崎の目の前で繰り広げられる。一見すると狂気の現場だが、今更のことすぎて食堂に居る隊士たちは気にも留めない。つまり、この場を収めるのは山崎に一任されているわけである。
 仕方なく、まあまあと山崎は沖田を止めた。

「万事屋の旦那が入った副長に沖田隊長が懐いたのが、副長悔しいんですよ」

 事件の鎮静化と恋する男の子を応援しようという純粋な気持ちで、山崎はきっと土方が恥ずかしくて言えないだろう言葉を沖田に伝えた。すると奇声を発した土方が拳を飛ばしてくる。「ぐはッ」理不尽である。
 山崎の言葉に沖田はきょとんと大きな目を瞬かせた。

「懐いたって記憶はねェけど、まァ面白そうだったから乗っかっただけでィ」
「そうですよね!」
「・・・なんでィ山崎。嬉しそうな顔しやがって気持ち悪ィ」

 ほら副長言った通りでしょう! と目配せをすると、土方は何とも言えない苦々しい顔をした。言葉にすると、テメーの言う通りなのは腹が立つ、だろう。・・・ハ●ーワーク、行こうかな。山崎は遠くを見る。

「俺が旦那に懐いたのが悔しい、ねィ。土方さんも殊勝なことを考えまさァ」

 沖田は鯖の煮付けを口に入れて咀嚼する。土方は沖田の攻撃が止んだことに安堵しつつ、ため息をつきながらやや疲れたようにカレーを掬った。

「そりゃ、手ぇばっかり噛む犬が他人に懐いたら、腹立つだろ」
「そんなもんですかねェ」

 土方がそのままカレーを口へ運ぼうとすると、横から沖田の手が伸びてきた。土方の手を掴むと、動きを止めたスプーンに沖田が顔を近づける。そしてスプーンに乗ったカレーをパクっと半分ほど食べた。沖田は眉を顰め、「やっぱ犬の餌だ」と吐き捨てる。
 土方は「何食べてんだよ」という顔をしつつも何も言わず、平然とスプーンに残ったカレーを口へ運んだ。

(え・・・?)

 上司たちの衝撃映像に、見ていた山崎が絶句して箸からから揚げを落とした。

「テメー、どうやったら懐くんだよ。ちょっとトシさんって呼んでみ?」
「嫌でィ。まぁアンタがマヨと煙草を止めたら、呼んでやってもいいですぜ」
「それ俺に死ねって言ってるだろ」
「そうかも」
「ふ、ふふふ副長!」

 なんでもなかったように食事を再開するふたりを見て、山崎が悲鳴にも似た声を出した。手を止めて土方が、あ? と睨んでくる。いや「あ?」じゃなくて。

(懐いてんでしょ、それ!!!)

 人の手にある物を食べるなんて、お互いが気を許していないと出来ない。自分だって、よっぽど腹が減っているかそういう相手じゃないとやらないだろう。いや、そもそもやろうなんて発想がない。

(だって「あーん」じゃないんだよ!! 自分から食べに行ったよあの人!! しかも副長も黙認だし!!)

 山崎はもう何からツッコんでいいのか、分からなかった。言葉にならない声を出している山崎を土方と沖田は不審そうに眺め、やがて飽きたのか食事を再開しふたりで言葉を投げ合っている。仲が良いのか悪いのか分からない。
 山崎は暫く呆然としていたが、とうとう思考を巡らすことに疲れ果てた。目の前のふたりを見ていると、自分ひとりが必死に頭を働かせていることが馬鹿らしくなってくる。大きなため息を吐き出し、山崎は唐揚げを口の中へ抛り込んだ。肉汁が疲れに沁みて美味しい。

「・・・副長、手を噛むのも、犬の愛情表現のひとつだと思いますよ」
「は?」

 土方が訝しげに山崎を見る中、沖田が嫌いなピーマンをせっせと土方の皿に乗せていた。