Attention!
※現行沖田と初期設定の沖田が体ごと入れ換わる話です。
※現行沖田と土方は恋仲、初期設定のふたりは上司と部下の関係です。
※入れ換わったとは言っても、現行土方×初期沖田、初期土方×現行沖田のようなややこしい関係にはなりません。
- 現行沖田
なんかデレデレ。土方にデレデレ。おかしい。 - 現行土方
ヘタレ。いつも通りヘタレ。問題なし。 - 初期沖田
戦いが全てと思っている。戦闘狂ではなく、それが真選組に居る為、自分の存在意味だと思っている。物事に関してあまり関心がない。土方のことは大切に思っているが、それ以上でも以下でもない。 - 初期土方
沖田同様物事に関してあまり関心がない。組の為には容赦がなく、隙を見せず他者を寄せ付けない。沖田のことは妹のように接しているつもりだが、不器用と照れが混じり対応は他とあまり変わらない。 - 初期永倉
入隊してあまり経っていない為、一番隊に入り扱かれている。やがては二番隊の隊長になるがまだ先。沖田の強さと容姿を慕い、強く憧れている。
みたいな初期設定勢でお送りします。
中身はないので、暇つぶし程度にお付き合いくださいませ。 ---進む---
愛しの子
沖田は寝起きが悪い。元々朝が弱いわけではなかったが、この仕事を始めてからというもの夜番やら急な出動で不規則な生活となり、時間になっても布団にしがみ付くという寝汚い日々を繰り返している。
そんな沖田を起こすのは、専ら土方の役目だった。起こすというより「いつまで寝てやがる!」と怒鳴り込んでくる。沖田にとっては目覚まし代わりだ。土方の声は鶏の鳴き声と同意といっていい。
沖田はその日も布団の中でぬくぬくとしていた。しかし今日は意識が覚醒している。時間になっても土方の怒鳴り声がまだ聞こえてこないのだ。鶏が鳴かないと沖田の朝はやってこない。あの声はまだかと沖田は首を長くして待っている。
カタンッ。
いい加減起きてしまおうかと思った時、障子が音を立てて開いた。沖田は体を丸めて眠ったフリをする。起きていると分かれば、面倒な小言を言われるだろう。沖田はなるべく息を殺した。
来訪者はゆっくり部屋へ入ってくると、そっと襖を閉めて、おそるおそる近付いてきた。「沖田さん? 朝ですよ?」と呼びかけてくる。知らない声だった。
「誰でィ?」
沖田は飛び起きた。転がるように後退し枕元の刀を取る。いつでも飛びかかれる状態で、相手を見据えた。
視線の先、突然起きた沖田に来訪者は驚いて腰を抜かしていた。黒い髪に短くツンツンと跳ねた髪。どこか幼い顔立ちは、やはり沖田の知る者ではない。しかし男が着ている服は真選組の隊服で、沖田は不思議そうに眉を顰めた。
「お前、新入りか?」
「あ、あなたこそ誰ですか?! え? え? 沖田さんは?」
新入りは不躾に人を指差し怒鳴ると、何かを探す様に部屋をキョロキョロと見回す。隙だらけの相手に、沖田はひとつ息をつくと纏っていた殺気を雲散した。この様子だと新入りが顔も知らない隊長を起こすよう、誰かに命令されたのだろうと結論付ける。
「沖田さん、沖田さん」と新入りは親鳥とはぐれた雛のように沖田の名を呼んでいた。沖田の部屋に入ってきたのだから、部屋に居るのが沖田だろうにと沖田は呆れた。
「俺が沖田でィ」
本当のことを告げたのに、新入りは途端に疑わし気な目を向けてきた。ジロジロと沖田のことを見ると、眉を寄せたまま首を傾げる。
「まあ確かに沖田さんに似てますよね。親戚の人ですか? 沖田さんはどこです?」
「だから、俺が沖田さんだって言ってんだろ」
「いや、そうじゃなくて。真選組一番隊隊長の沖田さんですよ」
「だから俺だって」
堂々巡りの問答に、全く拉致が開かない。どうしたものかと思案していると、また襖が開いた。
「長倉ァ。お前沖田起こすのにどんだけ手間取ってるんだよ」
顔を覗かせた銀髪頭に、沖田はパチパチと目を瞬かせた。旦那だ。何故銀時が屯所に居るのだろうと寝起きの頭が分かりやすく混乱する。しかも銀時はいつも吸わない煙草をくわえて、しっかりと隊服を着ていた。まるで土方のようなその出で立ちに、沖田は呆然とする。
「旦那、なんで・・・」
「あ、副長!」
沖田の呟きと新入りの懇願する声が重なった。男は気怠そうな目で沖田を見ると、襖に掛けた手にコツンと頭を付けて覇気のない声で問う。
「なにお前、髪でも切ったの?」
沖田は部屋を出た時から不機嫌だった。非常に不愉快だ。理由は、廊下で出会う隊士たちの視線だった。みんなが不躾にジロジロとこっちを見て絶句する。失礼な態度に、せっかくの朝が台無しの気分だった。
(なにか文句があるなら言えばいいのに)
恰好は鏡でチェック済みだ。顔には何も付いていないし隊服だってちゃんと着ている。いつも通りだ。どこも可笑しな点はない。それなのにみんなが驚いた顔をする。理由が分からず、沖田の足は自然と乱暴なものとなっていた。
「永倉ァ、ちょっと」
沖田はとある部屋へ着くと、相手の返事を聞く前にスパンッと襖を開け放った。部屋の中には一番隊の部下が居るはずだ。可愛くてイジメ甲斐のある部下である。
「・・・誰?」
しかし開け放った向こうに居たのは、何故か室内でミントンの素振りに励む男であった。永倉と同じ黒髪であるが、顔は似ても似つかない地味な顔の男である。可愛くない。
沖田の問いにミントン男は顔色を青くすると、ワーッ! と叫んだ。ラケットを放り投げると、沖田に近寄り「沖田さんですよね」と当たり前のことを聞いてくる。
「そうだけど・・・」
「どうしたんですか一体。またあの宗教のウイルスでも浴びたんですか? でもそんな報告は聞いてないし・・・」
「ねえ」
「とりあえず副長に報告して、えーとそれから、」
「ねえってば!」
あまりにもひとりでぶつぶつ言うものだから、沖田は声を荒げた。人にはジロジロと見られる上に話の内容も訳が分からない。自分の外で回り続ける世界に、沖田の我慢は限界だ。持っていた傘を持ち上げ、銃口を冴えない男の頭に向ける。
「あんた誰?」
冴えない男が間抜けな顔をした。
「沖田さん、寝ぼけてます? そういえばまだ朝早いし・・・」
「質問には手短に答えて。そうじゃないとあたし撃っちゃうから」
男は怯えた猫のように体を震わせた。対峙する沖田の目も殺気も本気だった。地味顔の男たごくりと唾を飲み込む。そんな時だった。
「おい山崎。お前朝っぱからなんつー声出してんだ」
煙草をくわえた黒髪の男が、不機嫌そうな顔で部屋の前に立っている。幹部仕様の隊服を着ていて雰囲気や様がどことなく銀髪の上司を彷彿とさせたが、沖田の知らない顔だ。警戒は解かず、沖田は新たな侵入者を睨みつける。
一方威勢よく部屋へと入ってきた男は沖田を見て、目を丸くするとポロリと煙草を落とした。畳みが焼けて、住人であるジミ男が悲鳴を上げる。
「お前、なんでまた女になってんだよ」
呆れたような声を出して、現物かと確かめるように男は大きな手で沖田の髪をそっと触った。
あ、これ変態かもしれない。
沖田は容赦なく回し蹴りで男を蹴り飛ばした。
「つまりお前の言うことを整理すると、お前は別世界の沖田ってこと?」
「へィ」
「で、そこでも真選組はあるけど、ここと人が違うと」
「その通りでさァ。俺ンとこのアンタは黒髪で天パじゃありやせん」
「へぇ」
青空が晴れ渡る平和な日に、非現実な話を交わし合う。とりあえず部屋を副長室へと移動し、沖田は自分の現状を把握した。
どうやら沖田は自分たちが暮らす世界とは別の世界へ迷いこんでしまったらしい。そこでも真選組はあって、地名や時代は同じようだが生きている人が違う。ここの沖田は女とのことだった。写真を見せてもらうと確かに以前不慮の事故で性転換してしまった時と同じ容姿の女が写っている。
「本当ですか? 全部嘘で、沖田隊長をどっかに監禁してるんじゃないですか?」
沖田が知る土方と銀時を足して2で割ったような土方が紙にすらすらと事情を書き留める中、部屋の隅にちょこんと座った永倉だけが未だに沖田のことを疑っていた。まるで犬のようだと沖田は思った。飼い主を探し求めて唸っている犬だ。頭が悪い。
沖田は鬱陶しそうな顔をした。
「お前、こっちの俺に惚れてるんで?」
「そ、そんなこと・・・!」
永倉は焦った声を出して、そっぽを向いた。態度が全てを物語っているが、他人の恋愛事情に首を突っ込んでいる場合ではない。沖田は早々に興味を失くして、視線を目の前の土方に戻した。
見れば見るほど、それはよく似ている。容姿は銀時で、仕草や思考は土方寄り。だがやる気のなさは銀時の色が強い。けれどそれ以上に、この土方は掴みどころがないように見えた。隙がなく、真っ白な雲に覆われたように身の内がまるで見えない。
視線を感じたのか、土方が手を止めて沖田を見た。煙をふっと吐き出す。
「戻り方とか分かるの?」
「さァ。気付いたら居やしたから」
「ふーん」
土方はさっきから一通りの質問をしてくるが、何を返しても声に抑揚がない。まるでどうでもいいとばかりの返答で、逆に沖田が困惑した。元の沖田を取り戻したいなら、永倉のように疑ったりその方法に必死になるはずだ。しかしこの土方に焦りはない。今日の天気を聞く様に、平然としている。
(ここの俺って、あんまり土方さんと仲良くなかったのかもしんねェ)
沖田の世界で、土方と沖田は所謂恋仲というやつだ。だからここの沖田が女と聞いた時、少しだけ、いいなと思った。自分が男であることに不満はないが、女だったら、と考えたことがないわけではない。
しかし男と女であるこの世界のふたりに、そんな繋がりはないように見えた。
不思議なもんだな。沖田はぼんやり思った。自分たちがそうだから、てっきりここのふたりもそうだろうと思っていた。けれど実際は、沖田は別の人を愛し、土方は別の人を愛する。他人事なのに、それが沖田には少し物悲しく感じた。
「じゃあ沖田、今日は一番隊と共に行動しろ」
トントンと文机を叩きながら言われた言葉に、沖田は絶句した。こんな状況だから、てっきり自室待機か自由にしていいものだと思っていたのだ。沖田が知る土方ならきっとそうしただろう。そしてそれは永倉も同じだったようで、意義を唱えるように沖田の後ろで腰を浮かしている。
「お、俺働くんですかィ?」
「当たり前だ。あっちでも一番隊の隊長だったんだろ。だったら仕事もあんま変わんねーだろうから、大丈夫だろ」
「副長! 俺は反対ですよ! こんなどこも誰かも分からない奴を隊務に就かせるなんて!」
「沖田の遠い親戚と周りには言っておくさ。ちょうど近藤さんも居ねぇから良かったよ。永倉、お前は沖田のフォローしてやれ」
「副長!」
唖然とする沖田と永倉を無視して、土方は煙草を灰皿に押し付けると、ゆっくりと立ち上がった。もうこの話をする気はないらしい。じゃあ朝会でもするかと頭を掻きながら部屋を出て行く。
ぽいっと放り投げられたような無関心さに、沖田は呆然とまだ残る煙のにおいを嗅いでいた。煙草のにおいは全く同じなのに、これは別の土方なのだと痛感した。
なんでこんなことになったんだろうと、沖田は思わず遠くを見る。情報を交わし合って出てきた答えはあまりにも非現実で、沖田の理解を越えている。けれど黒髪の土方は驚いたような呆れたような顔をすると、気が済んだように落ち着いた。肝が据わっているのか順応性が高いのか、沖田にはよく分からない。
「要するに、お前は別世界の沖田ってことだな」
「そうみたいだけど、納得するの?」
「いろんな事があるからな、ここじゃ。まあそういうのもあるだろう」
ないよ。絶対ない。沖田は心中で愚痴る。どうやらこっちの世界はファンタジーなことが頻繁に起きるようだ。
沖田は面倒な世界だなぁと思った。沖田が居た世界の方はもっと単純だ。イレギュラーなんてほとんどなくて、悪い奴が居てやっつけるだけ。単純で分かりやすい世界だ。
「ねぇ、こっちのあたしは男なんでしょ?」
「そうだな」
「写真とかないの?」
煙をふっと吐き出した土方は、その言葉にどこか拗ねたような顔をした。それは土方の照れ隠しでもあるが、そんな土方を知らない沖田には、分かる由もなかった。
「写真。あー写真な」
「うん」
「・・・見るの?」
沖田はコクンと頷いた。土方は同じような顔をして斜め上を見ると、やがて観念したように眉を寄せて携帯を取り出した。ちょこちょこと弄り、画面に写真を表示したまま携帯を沖田へ渡す。
沖田は期待を抱いて、携帯を見た。画面には竹刀を振るっているひとりの青年が居た。汗を掻きながら真剣な目をしている。沖田と顔はそう変わらない。
(なーんだ。期待はずれ)
沖田は顔に出さず、微かな落胆を抱いた。男というから胸毛なんかボーボーに生えた屈強な男をイメージしていたのに、童顔という言葉がよく似合う優男である。ワイルドとは程遠い。
しかし男である事実に、沖田は少しの嫉妬と憧れを抱いた。戦いを好む沖田は、男に生まれ変わりたいといつも思っていた。男ならどんなによかったかと思う場面が何度もあって、その度に性の違いを痛感する。
ここの沖田は、沖田の望む世界を持っている。真選組のみんなと歩いていける、素敵な世界だ。出来るなら、沖田もその世界を選びたかった。
「もういいだろ」
ぼんやりと画面を見ていると、土方が焦ったように携帯を取り上げた。その際にボタンが押され、次の写真が携帯に表示される。ほんの一瞬だったけれど、こっちの沖田の写真だったように思う。沖田は純粋に不思議がった。顔を上げて土方に問う。
「土方さんはこっちのあたしと仲良いの?」
「はぁ?!」
「だって何枚も写真持ってるじゃない」
「たまたまだ、たまたま」
土方は誤魔化すように煙草を吸った。これは照れているんだって、今度は沖田にも分かった。どうやらこっちの土方と沖田の関係は、自分たちより円滑らしい。沖田が知る土方はきっと自分の写真なんて、集合写真ぐらいしか持ってないだろう。
「土方さん、あたし仕事に行って来る」
「え?」
当たり前のことを言えば、土方はひどく驚いた顔をした。とぼけた顔に、逆に沖田の方が訝しむ。
「何か変? 始業時間、だいぶ過ぎてるよ。多分仕事も一緒だと思うから、大丈夫だと思うんだけど」
「いや、でもこんなことになって大変だろ。戻るまで休みにしてやるよ」
「平気」
沖田はすげなく言うと、すっと立ち上がった。同じ土方でも、世界が違えばこんなに違うのだと思った。
「一番隊居るんだよね。あたしはあたしの部下と一緒に居るから、貴方は貴方の仕事をして」
突き放すような言葉に、土方はボケっとした顔をする。変な顔をするものだと沖田は思った。沖田と土方の間じゃ、自然なやり取りだろうに。
「じゃあ行ってきまーす」
「おい、待て!」
背中を向けて沖田が部屋を出ようとすると、土方が焦った声を出して手を伸ばしてくる。でも途中で何かに気付いたように、土方は手を止めた。触れてこない手に構わず、沖田は止まることなく去って行く。
町はあまり変化がないように見えた。とりわけ大きな仕事もないようで、今日の隊務は警邏だけである。
「なァ。ここの俺と土方さんって仲悪いの?」
朝からずっと警戒心剥き出しの犬のように唸っている永倉に、沖田は問うた。永倉はそんな質問が飛んでくるとは思っていなかったようで、ぱちくりと大きな目を瞬かせて首を傾げる。
「沖田隊長と土方さんですか? すごく仲良い、ってわけでもないですけど、昔から一緒に居るみたいですし、悪くはないと思います。ってかなんでそんなこと?!」
「俺が知ってる土方さんと全然違ったからでさァ」
沖田はゆっくりと歩きながら、脳内で自分が知っている土方とこの世界の土方を比べてみた。同じ土方でも世界が異なれば全くの別人で、役職や名前以外結びつくところが何もないように思えた。
「あの、そっちの土方さんはどんな人なんですか?」
沖田の話を全面的に信じたわけではないだろうが、永倉も興味はあるらしい。不本意そうに沖田を見上げて問うてくる。そうだなァと沖田は頭の後ろで手を組み、マヨネーズ星人を思い描いた。
「ヘタレで不器用で怒りっぽくて、運もなけりゃあ人の苦労を背負う貧乏性。口じゃ偉ぶってやがるけど、弄られ上司だなァ、ありゃあ。鬼なんて言われてるけど結構繊細だし。ああ、あとマヨが死ぬほど好きだぜ。チューチュー吸ってやがる」
「・・・それ本当に副長なんですか?」
永倉を信じさせる貴重な時間だったのに、沖田の言葉を聞いた永倉は一層疑わしそうな目を沖田へ向けた。漂う雲をぼんやりと眺めながら、さァなと沖田は小さく息をつく。
「こっちがしっかりしすぎて、俺たちが居る世界はもしかしたら偽物ばっかりを寄せ集めた世界かもしれねェって俺も思い始めたところだ」
昨日までは当たり前だったのに、随分とその世界は遠くに行ってしまったように感じた。もしかしたら戻れないかもしれないという危惧が、沖田の心を過る。そうなれば、ここで暮らして、女の沖田が向こうで暮らすのだろうか。
(土方さん、抱くかなァ)
ぼんやりと、沖田は考えないようにしていた疑問をなぞった。正直、絶対ないとは言えなかった。土方の浮世は知っているし、沖田と土方だって気付けばそんな関係になっていたのだ。どう転ぶかは分からない。
「そっちの副長は、お節介ですか?」
永倉が問いかけてくる。
「そうでさァ。ンで面倒なことになるのに、全部自分でやろうとするんでィ」
「でも不器用だから雁字搦めになっちゃって」
「弱いとこ見せないのがカッコイイとか思ってやがるから、やっぱ誰にも言わないで」
「ひとりで苦労してる」
「ありゃいつか禿げるぜ」
永倉はふっと笑った。漸く警戒を解いた顔で、「なんだ」と安心したように目元を下げる。
「そっちの副長もあまり変わらないんですね」
永倉の言葉に、沖田は足を止めてぱちりと目を瞬いた。そうなのだろうか。沖田にはよく分からない。見上げた空の青さに、沖田はただただ漠然とした途方さに暮れた。
隊士たちに言った土方の説明は全くもって酷いものだった。「沖田が変なものを拾い飲みして、体も頭も変になった」。そんな説明で納得するのだろうか。沖田は訝しんだが、隊士たちはすんなりとそれを受け入れた。曰く、またか、である。この世界はほんとどうなっているんだろうと、それは心底沖田を呆れさせた。この世界というか、ここの沖田は多分変わり者だ。自分を差し置いて沖田はそう思う。
沖田は一番隊隊士たちと共に、市中を回った。沖田の隣には何かあった時の為にと土方の命により、冴えない男である山崎が同行している。
「貴方も大変だね」
歩きながら沖田が問うと、山崎が不思議そうな顔をした。
「何がですか?」
「あたしの同行を命じられて」
「あはは。まあこれもお仕事ですから」
「でもあたしのは突発的だもの。他に今日やるお仕事があったんじゃないの?」
もし沖田が山崎なら、仕事の予定を変えられて迷惑もいいところだ。大変だろうな、と沖田が問うと、山崎が無駄に目を瞬いた。息を止めるほど驚いていて、沖田はやっぱりここの住人はおかしいと思った。
「なに?」
「いや、沖田さんが仕事のことを気に掛けるのにビックリしちゃって」
「・・・ここのあたし、もしかして素行悪い?」
「まぁ、それなりに? あんまり大きな声で言えませんけど」
山崎の疲れたような声に、沖田はふうんとひとつ頷いた。声色が全てを物語っていて、聞かなくてもおおよその予想はつく。どうやら不真面目らしい。
「ここの土方さん過保護そうだから、甘えたなあたしなのかもね」
「そっちの土方さんは違うんですか?」
山崎の問いに、沖田はうーんと考え込んだ。過保護ではないが、土方がどういう人かなど客観的に考えことがなくて言葉に悩んだ。
「鬼、だよ。冷徹な鬼。何考えてるのか誰にも言わなくて、全部自分でやっちゃうの。しかもポーカーフェイス上手いから、結構厄介。でも変なとこが不器用だから、上手く出来なくて、どうしようもなくなるの。助けて、って言えばいいのに、プライドが高くて言えない可哀想な人」
「ふふ、あんまり変わらないんですね」
沖田が指折り数えて土方を形容すると、山崎が嬉しそうに笑った。お互い苦労する上司ですよね、と言って機嫌良く笑みを零す。今度は沖田が驚く番だった。
「ここの土方さんもそうなの? そうは見えなかったけど」
「根っこは同じですよ。まあ沖田さんが相手じゃ多少甘くなっちゃう部分はありますけど」
沖田は難しい顔をした。沖田相手だから対応が変わる土方というのが、どうにも想像が付かなかった。自分が知る土方は、全員に対して同じ面しか見せない。沖田は土方に甘やかされたり特別扱いされた記憶はなかった。そこに寂しさは感じるわけではない。沖田自身、土方の特別でありたいと思ったことはない。
けれど同じ土方と沖田であるのに、この差はなんだろうと考えると、無性に遣る瀬無さが襲った。
(ここは調子が狂う)
沖田は足を止め、頭上に広がる青空を眺めた。ここに居れば、何かが変わってしまうように感じた。自分を形成するパーツの角が丸みを帯びていくような、漠然とした不安だ。このままここに居ることになったらどうしよう。沖田は青空を睨む。ここは温かくて穏やかで甘い。ここは、沖田の戦う場所じゃない。