拝啓 土方十四郎様
生まれて初めて貰ったそいつからの文は、書き出しこそどこか形式にそった恭しい文面だったが途中で「やっぱり気持ち悪いから止める」との言葉を置いて聞きなれたあいつらしい言葉口調に戻った。
たどたどしく綴られていて纏まりがない。真ん中でぱっと思いついたのだろう、なんの脈絡もなく、俺に手紙を残して行くのは単なる気まぐれだと誰もツッコミなどしないのに丁寧に言い訳までしていた。素直じゃないあいつらしくて、ついつい笑ってしまう。
「もう冬になりましたね」
「ああ」
沖田総悟が誰にも何も言わず姿を消して、一年と四ヶ月が過ぎた。外を見ると陽が昇っているというのに底冷えするような寒さだった。それに託けて温かいもんを強請る子どもの声は、もう随分と聞いていない。夢から覚めるとそんな現実が俺を待っている。
雪は嫌いだ。
だってお前の姿が見えなくなる。
雪の花、雪の傷痕
真選組だ。
そう告げれば蜘蛛の子のように散っていく敵の姿を俺は冷えた目でつまらなさそうに見やる。真正面から刃向かってこないのはそれだけ俺たちの強さが恐怖の対象として捉えられているからだ。それでいい。真選組を阻む者は誰であろうと容赦はしない。絶対的テリトリーを守る獣のように、俺は敵を見定める。
「二番隊は」
「すでに定位置で待機中」
「五番隊」
「いつでも」
悪い芽は早々に摘み取っておくのが得策だ。昔から相場はそう決まっている。目星を付けていた連中が建物の中に居るのを知った上で、古びた建物に向かってすっと手を伸ばす、それが合図だった。
ドンッ!
刹那に響く轟音と絶叫、夜の空が惨劇の熱を身をもって映し出している。あっという間に作り出されたあついあつい火の海に敵は踊っていた。背後に陣取っている四番隊と七番隊からは砲撃後特有の濃い火薬の臭いが漂ってきたが、もう慣れたもので俺はただじっと、渦を巻く火の海を見つめる。
(あつい…)
強烈な熱に手の平がじっとりと汗を掻く。刀を前線で振るうでもなくまるでお前はもういらないのだよとでも言うかのようにかつての愛刀を地面へと突き刺し、それを支えに命令を飛ばす。
いつからか剣より銃器を使う回数の方が増えていた。時代だというものもいる。堕ちたものだ、こんな遠くから見ていたのでは命の危険さえ感じない、ひどく実感のない戦い。それでも真選組が生き残れるならば形振りなんて構っていられない、見て見ないフリをして目を閉じ、俺は命令を飛ばす。
「殲滅しろ」
『知ってやすかい。巷じゃあ「真選組の副長が着ている隊服は死神の死に装束」、なんて噂されてるんですよ、アンタ。自覚あります?』
『はっ。上等じゃねェか。言わせたい奴には言わせときゃいいんだよ』
『良いわけないでしょーよ。アンタの印象が悪いと組全体の印象まで悪くなる。まるで近藤さんが悪人みたいじゃないですか。あの人が悪役なんて天地がひっくり返っても似合いやせん。アンタは悪人面だからいいとして』
『一言多いんだよ、テメェはッ』
『それに死神の仇名は俺のモンです。勝手に横取りすんじゃねェよ土方』
『あーあー悪かったよ。お前は外面と中身が天国と地獄だけどな』
『何言ってんですかィ。俺はとっくに地獄行きですよ』
『アンタも一緒にね』
「事実確認が取れました。やはり立川は裏で攘夷と繋がっているようです」
「そうか。隊士が寝返るのは厄介だな。この屋敷の見取り図も情報も流れるから、早々にケジメ付けさせないといけねェ」
「情報では次の会合が開かれるのは明後日かと」
「十分だ」
―――必ず、帰りますから。
待ってください。そんな戯言が聞こえた。
「わ、私が間違っていました!この通り、罰は受けるのでどうか命だけはッ」
こちらが待っているとは露知らずのうのうと現れたそいつを攘夷の連中もろ共しょっ引いた。弾き出されるように俺の前に出て来たそいつは、見下ろす俺を見上げるなり血相を変えて青い顔でじりじりと後ろに下がり懇願する。なんという無様な様だろう。これが真選組の者だったというのか。醜い姿に反吐が出る。俺の心は一層曇るばかりで変わらない。
「私は今まで必死に真選組に、いや貴方に尽くしてきたんですッ!どうかお許しを!」
「副長。こいつは上との縁があります。ここで殺すのはどうかと」
「知らねェなあ」
耳打ちするヤツの忠告も鬼を止める言葉にはならない。ゆらり、刀を抜けば尚引き攣るソイツの顔。いっそ愉快なほどだった。
「俺が重要視するのはたったひとつだ。お前、攘夷と組んで何をしようとした?」
「作戦ですか? それだったらなんでも喋ります! そ、そうだ、そもそも俺は攘夷の動向を探ろうとして」
「そんなのはどうでもいいんだよ。攘夷と組んで真選組に危害を加える企てをしてたんだろって言ってんだよ」
「それは…」
「いつも散々言ってたはずなんだけどなァ。真選組に仇名す野郎は許さないってな」
俺とコイツを中心に円を描いて取り巻く隊士や隊長格の奴らは何も言わない。言っても俺が聞く耳を持たないと知っているからだ。真選組に危害を加えようとした。それだけで十分。それさえあれば俺の敵と見定めるべき理由になる。信じるのは己とたったひとりの大将だけ。もうひとりは居なくなったのだからあとは全部意味を持たないのを知っている。
「真選組の敵になった。それがお前の罪で罰だ」
また、命が零れる音がする。