価値知らず2 |
「何で僕がこんなことを…」
連れて来られたとある部屋で、ルックは渡されたメモの通りに積まれた書物を小分けしていた。
兵法や陣形の戦術、地形誌、歴史書などが大半を占めるそれらは、多分マッシュが解放軍へ持ってきた私物なのだろう。
ぶつくさと文句を言いながらやってはいるが、本を整理する作業は嫌いではない。
むしろ魔術師の塔では書庫の整理もしていたから、手馴れたものである。
けれど何故こんなところにまで来てこんなことをしなくてはならないのか。ルックとしては非常に不本意だった。
「こんな雑用、暇そうな奴に押し付ければいいのに」
「とくに働いているわけでもなく立っているだけの人間。ぴったりじゃないか」
分類し終えた本を担ぎ上げ、ユンファはそれを棚に並べていく。
隅に置かれた棚は、もう半分以上はきれいに埋まっていた。
書物をどさりと床に置いて、ルックはぎろりとユンファを睨みつける。
「冗談じゃない。僕には僕の仕事がある」
「それは俺が決めることだ。毎日こんなことしろって言ってんじゃないから我慢しろよ。
ほら、次、そこの本」
「……………」
…どことなく子ども扱いされているような気がするのは、はたして気のせいだろうか。
腹が立つ。
ユンファが指した一冊の本をルックは押し付けるようにユンファへ渡した。
そして一刻も早くこの男と別れたくて、ムッとしながらも黙々と作業を続ける。
そんなルックの心情を知ってか知らずか、書物の整理をしながらユンファは話しかけてきた。
「しかし、最初はやってくれたよな」
「…なにが」
「俺の初任務の時、いきなりクレイドール仕掛けてきて。あれ、嫌がらせだっただろ」
「あんなの、ただの遊びじゃないか」
「おまけに無駄に長い階段上らされるし」
「手応えのある任になってよかっただろ」
動きは止めず交わされる言葉に、不機嫌と面倒くささが相まってルックの返答は投げやりだ。
パサリと。
最後の一冊の書物を置いて、ルックは使った筋肉を解すように腕を回した。
「言われた通りのことはちゃんとやったからね。僕は石版の守りへ戻らさせてもらうよ」
まだ棚へ書物を収めているユンファへそれだけ言って、ルックはさっさと扉へと向かう。
勝手に向こうが手伝えと言ってきただけのこと。もとより手伝う気なんてさらさらなかった。
そのまま扉をくぐろうとしたところで、
「ちょっと待てよ」
と制止の声が届く。
あと1歩で部屋の外というところで止められ、まだ何かあるのかとルックは眉を顰めて振り返った。
「何? まだ何かあるわけ?」
「ある。っていうかまだ終わってない」
「何が?」
本の小分けならもう済んだよ。
ルックはユンファに向けてそう言うが、軍主は書棚に本を並べながら違う違うと言う。
なんなんだ、コイツ。
より一層不機嫌に眉を顰めるルックを余所に、ユンファは最後の書物を棚に収め、よし、と満足そうに頷きやっとこちらへ向きかえる。
「だからまだ仕事は終わってないんだよ。雑用はまだ残ってるってこと」
「…そんなの、僕の知ったことじゃないね。あんたが勝手にやりなよ」
「だからこれはお前の仕事でもあるんだって」
それに軍主命令だ。
…そう言われては反論する術はなく。
ルックはこの憤りをどこにぶつけていいものか、重い溜め息に変えて半眼で相手を睨んだ。
「…アンタ、まがりにも軍主ならそういう必要事項は最初に言っておくべきじゃないの」
一度ではない。石版の間でも、コイツはこの仕事のことを最後に言ってきたのだ。
しかもわざわざ人の神経を逆なでするように、意地悪い笑みとともに。
「そりゃ必要なことは一番最初に言うさ」
「じゃあなんで言わないんだよ」
「え、だって、」
苛立ちの言葉に、きょとんと瞬いて、ユンファは悪びれもなく言ってのける。
「からかわないと割に合わないじゃないか」
お前口悪いから。
「…………………」
本当に切り裂いてやろうと、瞬時ルックの手に魔力が走りユンファは顔を青ざめた。