鬼灯
人狩りというものがある。名の通り人間を狩ることだ。理由は食べる為。ただし狩りに残虐度を求める奴もいるから、中には用もないのに殺したがる鬼もいる。それは認めよう。
そして同じように鬼狩りというものがある。
理由は駆除のためだ。
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庭を森を、全速力で駆けた。息苦しいなんて初めての経験じゃないだろうか。長い道のりに腹が立つ。
いつもは静かな森が騒がしかった。ところどころで煙が昇っている、火は消し止められたのだろうかいやそれよりも。
「鬼が人間の子どもを飼うなんてどういうつもりだ」
鬼狩りだと乗り込んで来たくせに逆に簡単に仕止められた人間の、血をだらだらと流しながら笑って溢した言葉が気になった。
銀の鬼も黒の長髪も片目の鬼だって一瞬息を飲む。気付けば俺は走り出していた。
人間の子どもなんて、この辺りにはたったひとりしかいない。
鬼狩りと言っても狙うは鬼ばかり、住みかが森の奥なこと総悟が人間だということ。すぐに片付くと安易に考えていたのが間違いだったのか、総悟には「出るな」と一言言っただけだった。
悪い予感がしてならない。こんな時に限って本音が暴れる。頼むから無事にいてくれ。
「総悟ッ!」
家は跡形もなく、焼かれていた。その前でぐったりと倒れ込んでいる総悟を見つけて俺は足を縺れさせながら駆け寄る。
抱き起こすと細い体がくたんと折れた。斬り傷などの外傷はないが白い肌に無数に生える痣が痛々しい、呼吸が浅く今にも潰えてしまいそうな尊い命。
「クソッ」
誰だ、誰がこんなことを!脳裏にあの血だらけで笑う男の顔が蘇る。いやそんなことはどうでもいい、総悟を揺らさないように抱えて俺はまた森を駆けた。
外傷はないがだからといって安心は出来ない。腹は?内蔵は?目に見えないところがどうなっているのかがひどく不安で怖かった。
走りながら必死に考えても、どうすればいいのかさっぱりで俺は焦る。
鬼は自己治癒力が早い。傷口に薬草でも塗っておけばどうってことない。でも人間はどうだ?人間の脆さしか俺は知らない。しかもこの背に居るのは子どもだ。簡単に壊れてしまいそうに小さく脆く柔らかく…
「ッ」
「どうしたんだ?」
急に沸いた衝動に舌打ち抑え込むのに必死になっていると、見知らぬ声がかかった。振り返るとがたいのいい人間の男が立っている。どうやら知らないうちに人里に下りてきていたらしい。男はぐったりとした総悟を見るなり血相を変えて近寄ってきた。
「これは大変だ!早く治療しなければッ」
「触るな」
同じ人間のくせに、こんな仕打ちをしたのは誰のせいだ。唸る。
(お前が近くに居たからさ)
「………」
ああ、そうか…。
「大丈夫だ。弱った時は鬼も人も関係ねェ。そこに居ろ、今医者を呼んで来る」
大男はそう言ってまた駆けて行った。強い言葉、確信はないが信じたい。きっとあの男なら本当に医者を呼んで来るに違いないと。安心していい、総悟は助かるんだと。
男を見送って、俺は子どもを近くの木の下に下ろした。
息が浅い、慈しむように頬をひとつ撫でて、じっと子どもの顔を見つめる。
大きな目で俺の一挙一動を追っていたかと思えば、口を開けば生意気な言葉ばかり並べた。初めの頃はこの小さな手をギュッと握って、俺との時間に耐えていた。足を踏み鳴らして歩く、逃げ足だけは一番だ。負けん気は誰よりも強い。ああ言い出したらキリがない。
「元気で」
人間の世界に帰りな。楽しかった。
先ほどの男が帰って来る前に、俺は急いで森に消えた。これでよかったのだ。初めからこうするべきだった。
森はまだ鬼狩りが沈下していないみたいで、そこら辺から笑い声や悲鳴銃撃が反響してくる。いっそ清々しい気分だった。抜けた先で出会った人間をふたり殺した。やはりここが俺の場所だ。何も変わらない、元に戻っただけだ。なのに。
いつの間にか来ていた。取るのが日常にもなっていた山葡萄の木が真っ赤に燃えていて、それを見た瞬間の、この胸を締め付ける苦しさはなんだというのか。